一畑電車の雲州平田駅を出発後、県道275号線を北上して十六島湾へ出た。
宍道湖から日本海までは地図を見る限り山が連なっているので相当な上りを覚悟したけど、実際走ってみると谷筋の道なので意外なほどあっさりと海側に出ることができた。
「出雲国風土記」でいうところの「去豆の折絶」である。

荻原千鶴全訳注「出雲国風土記」では「折絶」のことを「『断間』などと同じく土地のとだえた地形をいうか」と解説している。
ここから西は八束水臣津野命が出雲国を大きくする際、最初に「志羅紀の三埼」から引っ張ってきた場所である。
現在の小津から杵築までをひとかたまりとすれば、引っ張ってきた当時は県道275号線に当たる部分は土地の縁に当たりとだえた場所となる。

十六島湾に出てからは日本海沿いを西に走って一路、伊奈西波岐神社へと向かった。
青い海と青い空、風もなく照りつける陽光もジリジリしておらず優しい。
島根県(隠岐と出雲しか知らないが)は変化に富んだコースが多く、サイクリストにとっては走りがいがあり楽しいと思う。
変速機が搭載されたロードバイクなら、と付け加える必要があるが。
逆にいえば変速機がついておらず、タイヤの幅もロードバイクの数倍あるFATBIKEにとっては苦行である。

十六島湾にある海苔採取場のコンクリートのたたきを眺めながら走る道は上り基調。
一瞬だけ下り坂になったかと思えば、人骨や土器が発見された猪目洞窟を過ぎると激坂になりFATBIKEから降りて押し歩いた。
でもトンネルを越えると神社がある鷺浦まではすぐだ。

山側に身を寄せ合うように密集する漁師町。
集落を抜けると湾口に向かって鎮座する境内が見えてきた。
社名が刻まれた自然石の台座にFATBIKEを立てかけて鳥居をくぐる。
正面の拝殿まで87歩。

「延喜式」の「同社大穴持伊那西波伎神社」で出雲大社の摂社でもあるが、大社近くの摂社と比べて本殿自体が大きく、境内も広い。
太陽の光が敷き詰められた玉砂利に反射してまぶしい。
何はともあれ、ここまで来れたことに感謝して手を合わせた。

木々に囲まれた本殿は瑞垣があるため裏手に回ることはできない。
向かって左側には年月をへて胴がよじれてしまいウロが生じた巨樹が立っていた。

祭神は「日本書紀」で、国譲りの際、美保の崎で釣りをしていた事代主命を呼び戻すため遣わされた稲背脛命。
「古事記」では天鳥船命が同じ役割で登場するが、同神とされる。