毎日、神社を回っていると、少しずつだけど終わりに近づきつつあることを感じるようになってきた。

それは今日の話。
杵築大社、つまり出雲大社に関わることである。
出雲大社ももちろん式内社、しかも出雲国唯二(もう一社は意宇郡の熊野坐神社)の名神大社でもある。
これまで式内社を訪ねている割にはなかなか(出雲大社を)意識することがなかったのに、今日、稲佐の浜をへて大社前の道路を横切り、出雲大社摂社を数社回っただけなんだけど、もうすぐ出雲大社かぁ、終わりに近づくなぁ、とやけに感傷的にな気分になった。

出雲大社を最後に行こうと考えているわけではないけど、JRでも一畑電車でも思い立てばいつでも行けそうである。
難敵が多い出雲国で少しずつ可能なところから攻めていき、ときをうかがいながら本丸を、という作戦である。

本当は松江に来てすぐにでも大国主命に「プチ移住」の報告しなくてはいけなかったんだけど。
今後はある日の予定のなかの一社として回るのではなく、出雲大社をメーンに、何か特別な回り方はできないだろうか。
僕の「プチ移住」は出雲の神社を訪ねるためのもの。
だから出雲大社の回り方にはラグジュアリー感を求めたいのだ。