■屋根神さま探訪記(瀬戸編)
「焼きのものまちで屋根神さまを探し歩いてみる」

 屋根神さまは名古屋独特の信仰か? その疑問を解き明かすため名古屋以外の屋根神さまを探して小牧、犬山を歩いてきた。小牧では名古屋と同じ形状の社殿が見られ、犬山では屋根にまつられている秋葉さまと出合った。そしてさらに名古屋以外の屋根神さまとの出合いを求め、名古屋東部、来年「愛・地球博」(愛知万博)が開催される瀬戸を歩いてみた。
 
 名古屋の中心・栄から瀬戸電に乗って30分余り、陶器のまち・瀬戸に到着。始発の栄町駅と東大手駅は地下駅だが大曽根に向かうにしたがって高架へ、すると車窓も周囲の建物を見下ろす景色に変わっていく。さらに守山から尾張旭にかけては家々が点在しはじめ郊外色が強くなっていく。久しぶりの瀬戸駅。以前は仕事で訪れた瀬戸。まさか屋根神さまを求めやってくるとは思いもよらなかった。

 まず犬山でと同じように観光案内所で周辺地図を入手する。小牧でも犬山でもそうだが、名古屋のように屋根神さまが集中してかたまっている場所が分かればいいが、事前に情報を得られない場合はその土地の古い街並が残る場所か、街道沿いを探すことにしている。滞在時間が短いだけに狭い地域で徹底的に探すことが肝要だ。

 観光案内所を出てすぐアーケードのある末広商店街に入る。商店街を歩くと古い建物もちらほら見かける。アーケードのおかげで外にある家よりも色つやがあり若々しいような気がする。松千代旅館もその一つ。屋根に注意しながら歩いていたら一階ひさし屋根の上に祠を見つけた。社殿自体は名古屋で見なれたものと比較しするとじゃっかん小さい気がするが、建物とのバランスもよい。建物は現在ギャラリーとして使用してされているようだが、その昔全国から瀬戸物を買い付けにきた商人たちが利用
した旅館であると、説明書きがされていた。

 自転車でふらふらしてみるが窯元が多い山側には古い建物があっても屋根神さまらしきものは見当たらない。まち側に降りてきて偶然曲った角の右手にブロック塀の間に社殿を埋め込んだ神さまを見つけた。正確にはブロック塀二列分を取り除き、そこに木製の箱をはめ込みなかに社殿を取り付けたという形。どの地域でも見られるが、神さまのまつり方にマニュアルはないというように、屋根にまつったり塀の上にまつったり新しい家の壁に埋め込んだりと様々だ。それだけ神さまに対する畏敬の念を抱き、地域の安全、ひいては自分自身の安全を守っていきたいという願いの現れなのだろう。しかし祭神をうかがわせる神紋やお札などが見えないのでどの神さまをまつっているのか不明である。

 この神さまを屋根神さまとして分類していいのか分からない一方で、名古屋のそれに近い神さまを見つけた。宮前橋を南に進み突き当たりを東に折れてすぐの店の物置きの上にまつられていた神さまには秋葉神社と津島神社のお札が納められているのが見えた。神明造の社殿は天王社で見られる赤い玉垣で囲われていた。社殿にかぶさるような覆殿にはフックのようなものが取り付けられており、祭礼時には提灯などで飾り付けを行うのだろう。

 再びまちの中心に戻り銀座通り商店街に向かう。商店街を西に進みアーケードが終わった辺りで空中に祠らしきものを見つけた。よく見ると鉄製の脚上に社殿がまつられている。ここでも祭神を示すものなどはなかった。名古屋でも小牧でも見かけるようにもとある場所を新改築したさい神さまを降ろしたり祭を放棄せず、もとの位置にまつろうという意志が感じられる方法だと思う。

 瀬戸のまちで屋根や高いところにまつられている神さまのほかにも地域の守護神として地上にまつられている神さまも多く見かけた。なかでも天王社が特に目立った。赤い玉垣に覆われているものや社殿時代が朱色のものなど様々だ。社殿をまつる近所のおじいさんに聞くと「この辺には天王社といって津島神社を各町内で一つずつまつっとるよ」という。秋葉神社は一緒にまつらないのかという問いには「秋葉神社は山を上がったところにあるで」と教えてくれた。その秋葉神社に行ってみると旧東海道で見られるような立派な常夜灯が立てられている。さらに驚いたのはその町名、なんと瀬戸市秋葉だった。

 焼き物のまち瀬戸は窯元で火を使うために秋葉信仰が盛んであると聞いたことがあるが、この秋葉神社はまさに瀬戸秋葉の中心的存在なのだろう。ではお天王さまこと津島神社が多く見られながらも合祀しないのは、津島神社は各地域のもの秋葉神社は瀬戸全体のものという意識があるのだろうか。残念なことに祭神を確認した屋根神さまは一社だけ。その一社には秋葉、津島の両社がまつられていた。取材当日が祭礼日でなく話を聞ける人にも出会わなかったため疑問を残して帰りの瀬戸電に乗り込むこととなった。