「月次祭見に津島再訪」

 1月22日以来、また再びの津島。先日もレポートした通り、津島の屋根神さまの祭神は熱田神宮の代わりに伊勢神宮がまつられているものの、基本的には名古屋と同じ三つの神社を祭神とする点を図書館で得た文献「津島の屋根神様」にて確認することができた。しかし文献が発行されてからすでに17年の歳月が流れている。そこで手に入れたばかりの新しい移動手段である「HANDY BIKE」の試乗もかねて冷たい風が吹くなか10日ぶりに津島を訪れた。
 
 先日訪れたときもそうだったが、当日も大変寒い。それ以上の言葉が思いつかないくらいの寒さだ。ニュースでは岐阜県などの山沿いの地方では積雪が70cmを超えたという(岐阜県郡上市)。しかし出発の朝は雲の切れ目から陽光がさんさんと輝いている。吹く風は冷たいが自転車に乗れば温かくなるはずだ。風邪が完治していないのが心配の種ではあるが、津島の月次祭を見てみたいというはやる気持ちも押さえられない。午後からは別の用事があるので午前中だけのタイムリミットを課し、熱田区の自宅を出発した。

 津島へは名鉄金山駅で弥富行電車に乗り換え20分ほど。輪行といってもBD-1のようにかさばることもなく、しかも機材はカメラ1台にレンズは2本の軽装である。ブログ版でもお伝えしたように今回のお供の「HANDY BIKE」はいっとき流行したキックボードを自転車に作り直したようなスタイル。自転車として乗れる状態はそれほど大きくなく、最大高さ、ホイールベースともに90cm。しかも折り畳むと高さはなんと43センチまで小さくなり、さらに重量は7.9キロときているからその名の通り持ち運びには大変便利な代物だ。ちなみに折り畳み方法は、まずサドルを降ろす。次にサドルの下側を内側に畳む。ハンドルをくるっと180度内向きに回して付け根を内側に折り畳む。これで出来上がりだ。

 津島駅でさっと自転車を組み立ていざ出発。駅からまっすぐ津島神社に伸びる天王通をひた走る。ついうっかりして地図と資料の「津島の屋根神様」を家に忘れてきてしまった。記憶をたどりながら津島神社の方向へと走ってみるが...。あっ、確かここに屋根神さまがあったはずだと、引き返してみるが、屋根神さまの社殿は閉じられたまま。古い社殿だからまっ仕方ないか、と大目に見ることにして次に進む。同じ天王通にあるもう一つの社殿を見ても提灯どころかお供物も見当たらない。筆者は午前9時少し前に津島入りをしているが、いくら冬といっても早朝とはいえない時間である。おかしいなあ、吹く風にブルブル震えながらペダルをこぐ。

 津島神社の朱色の社殿が視界に入ってきた。先日津島に来たときに津島神社へは行かずじまいでお参りしていなかったから、今日はどこの神さまも準備してないのかなあ。肩を落としてため息をつきながら馬場町にある公園の中を見るや落胆から喜びにかわる瞬間! 公園の中ほどにまつってある覆殿の扉は開けられ、6個の提灯が吊り下げられていた(写真をブログ版で掲載)。左から秋葉神社、天照皇太神宮、津島神社の三社の提灯がそれぞれ2個ずつが風に吹かれゆらゆらゆれていた。覆殿のなかにまつられた社殿の扉も開いており祭神のお札が確認できた。名古屋市内以外でのはじめての月次祭に感激してカメラを構えると、近所の老夫妻が神さまに向かって手を合わせてた。「写真撮らせてもらっていいですか」、「いいよ、撮ってちょうでゃー、珍しいでな」。

 しかし月次祭が行なわれているところはほとんど見当たらなかった。馬場町から天王通をはさんだ向い側の町、浦方町の白木造の立派な屋根神さまも、朝日でお社の白さが際立つだけで特別なおまつりはやっていない。先日訪れた神さまを記憶をもとにたどってみるのだが、どこも祭礼を行なっている気配はない。

 一方、南本町付近で見つけた「南三神社」は資料には掲載されていなかった社だが、天照皇太神宮と津島神社の提灯を吊るしており、お神酒や塩などが供えられていた。三社用の神棚の中央と向かって右側の扉が開いており、それぞれのお札を見ることができたが、秋葉神社はまつられてはいないらしい。コンクリート製の玉垣に囲まれた社殿は新しさが残っている。協賛者一覧が書かれた横には「平成十一年十二月吉日」と記されていた。

 その後、確認した社でも月次祭の模様は見られず残念な結果に終わったが、そもそも残念という言葉を使うのは間違いではないかとも思った。名古屋市内と津島市内では屋根神という共通点があっても、成り立ちや性質自体が別物である可能性もある。「津島の屋根神様」では名古屋市内に残る屋根神さまを挿入句に津島に残る社を論じていた。しかし形態は似ていてもその中身については最初から共通点のみを見ていくよりも、違うことを前提に見ていかなくてはいけない部分もあるのではないか。

 これまで尾張では小牧や犬山、瀬戸、三河では西尾や岡崎を見てきた。だがほとんどの社が秋葉神社のみを祭神としてまつってあるという現状から、「名古屋とは似て非なるもの」という前提を導入句として、のちに共通する部分を探っていったつもりだ。その証拠に「屋根神さま」という言葉よりも「秋葉さま」と祭神である秋葉神社を親しげに呼ぶ姿が大部分であるし、社によっては秋葉神紋が社殿の装飾として刻まれており、秋葉神社であることを示していた。残念な気持ちもないではないが、それよりも2回も津島の屋根神さまに出合い、しかも今回は月次祭の調査に来れたことを満足と思わなければ。

 結果的に津島では当初の目論み通りに月次祭風景を写真に納めることはできなかったが、津島という小さなエリアで名古屋とは似て非なる方法でまつられている姿をこの目で確かめることができた。津島は津島神社の門前として古くから栄えてきたマチだからそうした習慣が残っているだろう。だが愛知県にはまだまだ屋根に神さまをまつるという行為が行なわれている地域があるかもしれない。2005年もすでにひと月が過ぎた。名古屋以外の地域を見ることにより名古屋市内の屋根神さまの姿がより鮮明に見えてくることを信じ、小さな自転車と少ない機材で小回りを効かせながらフィールドワークを楽しみたい。