屋根神さまには様々な特徴がありますが、社を目の前にしたとき目につきやすいのは社殿の造りだと思います。名古屋市内に残る屋根神さまには重厚で豪華なものが多く、またそこに施された彫刻もすばらしい。単に「ミニチュア神社」という以上の芸術品です。このような芸術品が普通に町なかに存在しているわけですから、いまよりももっと多かった当時は、どこに目を向けてもいろいろな形態の社が目に飛び込んできたことでしょう。だからこそ、「目立ちたい」「ほかの町内とは違ったものを」と考えたとしてもおかしくはありません。屋根神さまが集中している西区栄生や同菊井を見ても、ひとつとして同じ形の社はありません。むしろ競ったように個性的な社が多い。もちろん社の製作費用は町内や隣組がまかなうわけですから、世帯数が多くまた寄付の多い町内では大型で立派な彫刻を施した「芸術品」を社にできる。反対に、少数の隣組で寄付が少ないところは小さな社を、ということになります。

 ですが、今となっては社殿の大小を問うことは意味あることではありません。かつては大きな芸術品であったとしても現存していないのは、何かしらの理由でおまつりができなくなったということです。時代の流れに逆らえずなくしてしまったところもあるでしょう。一方では、小さな社でも頑として月次祭はじめ地域の祭にはきれいに飾りつけを行なう。素朴ですが、そこには屋根神さまを大切にしてきた人々の姿が見てとれます。だから社の大小が信仰心の強弱を決めるわけではない、と思います。

 さて、屋根神さまの社殿ですが、芥子川律治先生の「屋根神さま」*と近藤宗光先生の「名古屋市における屋根神様とその起源」*にはそれぞれ六つ、「西区の屋根神さまマップ」*には九つの様式が掲載されています。その中で私が大切だと思う、形態を七つ取り上げて見ていきたいと思います。

*1、「屋根神さま」・芥子川律治/名古屋文化財叢書/1981年
*2、「名古屋市における屋根神様とその起源」・近藤宗光/郷土文化第31巻3号/1977年
*3、「西区の屋根神さまマップ」・特色あるまちづくり西区研究委員会/西区役所/2002年