■その他
 これまで六つの代表的な造りを見てきましたが、一番多いのはじつはこの「その他」ではないかと思います。「西区の屋根神さまマップ」には「板宮造」を独立した項目としていますが、これは神明造や流造を簡素にさせた形態であるので、私はあえて「その他」としました。同書には「社殿造営技術の伝承が難しいこと」からこういった造形変化につながったと書かれていますが、私はむしろ、大型社殿をつくらせていた地域の経済力の低下(もちろんお社の設置にはそれ相当の費用がかかりますが)や大型社殿造営という「流行」が過ぎ去りシンプルなものへと時代がシフトしたことが理由ではないかと考えています。 
 簡素な「板宮造」とは逆に、さらに豪華な社として「権現造」も見逃せません。数年前まで西区則武新町の駐車場内にまつられていました。流造と尾張造と唐破風造を足して三で割ったような形態だといえるでしょう。山地英樹さんの「なごやの屋根神さま」を見ると西区、東区に多く残っていたようですが、残念ながら名古屋市内ではすでに「絶滅」、見られなくなりました。こういったものが多く残っている名古屋のまちはきっと今よりも壮観だったような気がします。なぜそれをもっとPRしなかったのか、いや、できなかったのか。行政側の見識不足と怠慢が感じられて仕方ありません。
 代表的な社:
「板宮造」は西区則武新町(西-22)、西区樋の口町(西-40)、西区枇杷島(西-54)
「権現造」は西区則武新町(西-23/廃社)、熱田区明野町(熱田-6/社殿新築のため現在は他形態)

[板宮造]
<1-1>西区則武新町(西-22)
西-22














<1-2>西区樋の口町(西-40)
西-40












<1-3>西区枇杷島(西-54)
西-54













[権現造]
<2-1>西区則武新町(西-23/廃社)
西-23/廃社












<2-2>熱田区明野町(熱田-6/旧)
熱田-6_旧












★神輿をそのまま社にしてしまったものもあります。
<3-1>千種区千種(千種-5)

千種-5