昨日、実家に帰ったついでに、どうしても寄りたいところがあった。

小学校時代、家から学校までの通学路の途中にあった西八幡社。
自宅から緩い坂を上がっていくと丘の上に神社は鎮座する。
その北側には公民館があり、入口付近に「中根銅鐸発見地」という教育委員会の説明板が立てられている。

「明治三年、農業丹羽利吉が、この付近の道路改修中に発見したもので三遠式に属し、高さ八三・二cm、袈裟襷文で六つに区画された中を、三段ずつの連続渦巻き文で飾り、中央縦帯には凸線の両側に雷文を並べた施文が特色である」

専門的すぎて何のことやらさっぱり分からないが、現在の説明板は僕が小学生のころにあったものとは違い新しくなっていた。

当時はこの近くから銅鐸が出たことを取り立てて珍しいとは思わなかった。
小学校の校章も銅鐸がモチーフであるし、「銅鐸もなか」を売っている和菓子屋さんがあった。
銅鐸は身近な存在だった。

しかしあるときふと思った。
これだけ身近なはずの中根銅鐸の実物って見たことないな、と。