先日、久しぶりに会った大学時代の友人は現在、新潟で単身赴任生活を送り、すでに四年目になるという。
当初は一年の予定がそのうち「一、二年は辛抱して」になり、二年を過ぎても戻れる気配はなく、しまいには「最低四年」といわれてしまったそうだ。
本人は「早く帰りたいけど後釜がいないから当分帰れない」と嘆いていた。
社命で行くわけだから本人の意志は二の次ということだろう。

我が父も僕が小学三年のとき東京の本社へ単身で赴任し、翌年は家族で移り住んだ。
「嫌だ、行きたくない」という僕に父は「行かなかったら、お父さんはお仕事やめなきゃいけないんだよ」と諭すように話していたことをいまも覚えている。

明日から島根に旅立つことになった。
一ヶ月の「プチ移住」はある意味、自己都合での単身赴任でもある。
前述の友人とは真逆の単身赴任であり、四十五歳になりだれからも命令されない自由な時間をひと月過ごすことになる。

「ひと月の間、松江に住む」

休職してから会った友人にそのことを話すと皆がみな一様に、話の趣旨を理解できないでいた。
この年齢でまず「あり得ない」ことだからだろう。
もちろん、僕にはそれが許されるだけの環境、理解してくれる周囲の人々の協力があって初めてできることである。

でもさ、万にひとつでも、「常識的に無理」とか「こんなことできない」「四十にもなって非常識な」と思っていたら自分でも「プチ移住」なんてこと、頭の片隅にも思い浮かばなかったんじゃないか。
とにかく「行きたい」という気持ちが普通の四十代のひとより少し強く出てしまった。
その自分の気持ちがいまの境遇とうまく重なり、行きたい道に進めた、というだけである。
でもこれって大きいことだ。
神さまや自分の周囲のあらゆるひとたちに感謝してもしきれないくらい。
それくらい嬉しいことであるのだ。