昨日、松江しんじ湖温泉駅から一畑電車に乗ったときのこと。

僕の隣に二十代くらいの男とその横に彼の母親が座っていた。
男は鉄道が好きらしく、電車が駅に止まるたびにその駅や近くに何があるとか、その次の駅でひとがたくさん降りるとかの情報を母親に話しかけていた。
母親はうなずくだけで彼の声しか聞こえてこない。

僕は本を読みながら彼の声を聞くともなしに聞いていると、話す言葉のイントネーションから、このひともしかして同郷かな、と感じることが多かった。
その後も本を開きながら注意深く聞き耳を立ててみた。
やっぱり、愛知県出身者の僕が聞いても違和感はない。
昨日は一畑電車の感謝祭だったから鉄道好きな彼は母親と連れだってわざわざやって来たのかな、と勝手な想像を巡らせた。

が、僕の推理は間違っていた。
相変わらず耳をそばだてていると語尾が「〜けん」といっている。
やっぱり違うか、でも似てる。

一方、本日五月十三日付、山陰中央日報の連載記事「令和彩るホーランエンヤ」
地元のひとたちに混じって記者が櫂かきを体験する場面で、水のかき方が分からず前後のひとの櫂にぶつからないよう気を配っていたとき、周りのひとがこういったそうだ。

「もっと深くかかんと。かけてないがね」

思わず、「名古屋弁だがね」と口走ってしまった。

記事は文字の羅列なので実際の発音は違うかもしれない。
でも文字に起こしたとき「〜がね」と出てきてしまうのはななぜだろう。

大学生のころ、広島出身の先輩に「出身って広島なの?」と聞かれたことがある。
先輩は「すごく言葉が似てたから」といっていた。

そう考えたら同じ中国地方の島根言葉も名古屋の言葉との共通点があるのかもしれない。
東海地方も中国地方も関西という独特の言葉を話す地域に隣接しながら、関西言葉とは違った言葉を話す。
そんなこと考えたら気になってきた。

神社探訪に加えてこれからは島根言葉にも聞き耳を立てなくては。