出雲国大原郡の御代(みしろ)神社。
またの名を尾留大明神という。

社名の意味するところは記紀神話でよく知られた素戔嗚尊による八岐大蛇退治のお話。
大蛇は尊により仕留められ尾っぽは三代(みしろ)の地に留め置かれた。
社名の尾留とはここから来ていて、御代神社の社名は尾を留め置いた三代から来ているという。

尊が大蛇の尻尾に剣で切りつけると持っていた剣が折れてしまい、なかから違った剣が出てきた。
尾から出てきた剣とは天叢雲剣である。

先の五月一日、先代の天皇退位とともに新天皇が即位した。
その際に継承されたのが玉、鏡、剣のいわゆる三種の神器である。
天叢雲剣とはそのうちのひとつで、熱田神宮のご神体といわれている。

本日の古社巡礼は出雲国の最終日。
木次線木次駅で下車、河辺神社から始まり斐伊川沿いの神社を巡った。
不思議なことに祭神に素戔嗚尊をまつる神社が多く、土地柄、八岐大蛇退治にまつわる説話が残されていた。
先に挙げた御代神社が尾なら、近くの八口神社は八岐大蛇の八つの頭を切り伏した故事にちなむ。

さて、名古屋から出雲国の古社巡礼にやってきて以来、143社の神社を巡った。
最終日の今日、不思議なことに出雲と名古屋がこれほど近いと思った日はなかった。
大蛇の尾を留め置いた三代の地に鎮座する御代神社は天叢雲剣発祥の地でもあった。

しかしどういう経緯で出雲で得られた剣が尾張に届いたのか。
銅鐸が多数出土した加茂岩倉遺跡と同じく銅剣が多数出土した荒神谷遺跡が近いけど、それとは関係があるのかないのか。
さらに熱田神宮から遠くない距離にある僕のふるさと、中根銅鐸が出土したこととは関係はないのか。

御代神社境内に座っていろいろと想像してみた。
知らないだけで、出雲と尾張にはただならぬ太くて大きな縁があるんじゃないか。