隠岐の島は大きく「島前」(どうぜん)と「島後」(どうご)の二つに分かれる。
今回の旅ではまず、境港から「島後」の隠岐の島町に渡った。

僕が古社巡りのテキストにしている「式内社調査報告」によれば隠岐国全体の式内社数は十五社。
島前に八社、島後に七社でそのうち名神大社は島前二社、島後二社の計四社。
名神大社だけで比較すれば、杵築大社(出雲大社)と熊野大社の二社しかない出雲国よりも多いことになる。

坂道に悩まされながら一日で予定通り島後の式内社を回り終えたから、今日からは島前へ。
今朝八時台の隠岐汽船のフェリーで島後・西郷港から島前の海士町に向かった。

島前の式内社は八社、ただ島後と違い海士町、西ノ島町、知夫村の三カ島に分かれているため、島の行き来ができるかが悩みの種だった。
しかし松江の観光協会で手にした隠岐の島のパンフレットで、島前三カ島を結ぶ航路が一日八便出ていることを知った。
一回三百円と安いし、利用客が少なければ自転車ごと乗せられるそうだから、メリットは大きい。
これを利用すればなんとか隠岐国も順調に回れそうだ。
早速、海士町の式内社を訪問後、同町菱浦港から島前内航船で西ノ島町へ。

順序が何だか変だが、隠岐国の旅は「島後の前半」から「島前の後半」戦へと突入した。