190508熊野坐神社1

出雲国の式内社は、まつられている神々の数でいえば187座と大和国、伊勢国に次いで多い。

しかし「名神大社」という創建年代が古く由緒のある神社は、不思議なことに意宇郡の熊野坐神社(現熊野大社)と出雲郡の杵築大社(現出雲大社)の二社のみである。
近隣と比較すると、名神大社がない伯耆国と石見国は別として、一社である因幡国よりは多く、隠岐国の四社より少ない。

ちなみに大和国の名神大社は128座と突出しており、伊勢国はかなり減って18座。
いずれも出雲国よりは十分多い。
都が奈良から京都に遷都されたのは794年、延喜式が施行されたのは967年。
依然、国家から重要と思われていた神社は旧都である奈良に多いが、出雲も神社の数はそれなりに多いにも関わらず、名神大社数でこれだけ水をあけられているのは何か意図的な理由でもあるのだろうかと不思議に思う。

根元に立てかけたFATBIKEが小さく見える巨大な鳥居をくぐり、整然と立ち並ぶスギ木立を経て境内へ。
広い境内を通り抜け拝殿まで240歩、まずは参拝。
僕はこのとき二礼二拍手一礼の作法で参拝したのだけど、あとで参拝に来たおばあさんは二拍手を四拍手で参拝していた。
四拍手は出雲大社だけの礼儀なはず。

でもちょっと待て。
境内にはかの有名な鑽火殿がある。
歴代出雲国造は熊野大社できり出された火で調理された食物を食べることで新しい国造となったそうだ。
と考えると郡は違えど、出雲大社とは切っても切れない関係であることが分かる。
だから、おばあさんの参拝方法はあながち間違いとはいえないのかもしれない。
ただそこまで深読みしていたかどうかは疑問だが。

意宇川沿いの新緑を眺めながらのサイクリング。
出雲国の古社巡礼初日の光景である。

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