190511鷹日神社1

松江での生活も名古屋同様、早起きが基本である。
毎日午前四時起床。
コンビニで買った新聞を読みながら淹れたてのコーヒーを飲む。
五時、近くのお寺の鐘が鳴るのを合図にご飯と味噌汁で朝食をとり、当日回る神社を確認し、昼食用のおにぎりを握って、六時から六時半の間に出発していた。

鷹日神社からスタートしたこの日、起きようとすると体の節々に痛みを感じた。
風邪や病気の痛みではなく筋肉痛のようだ。

松江での「プチ移住」生活を満喫するために当初は「十勤一休」、つまり十日活動して一日休むことを考えていた。
遠い島根県までやって来た以上は出雲国だけでなく隠岐や石見も回ってやろう、欲張って本気でそう考えていたのだ。
大学サイクリング部にいた十代から二十代のころならその野望も手の届くところにあっただろう。

あれから二十数年。
いくら介護の現場にいたとはいえFATBIKEで100km近くを走ったあとで小山をひとつ登山した翌日に体が悲鳴をあげるのは無理もないことである。
十勤一休の計画は頓挫、四十路半ばの体力を直視し三勤一休へと計画変更を余儀なくされた。

体に痛みを感じながら訪れた鷹日神社。
境内を囲むように背の高い木々が立ち並ぶ。
入り口の鳥居をくぐり石段を上がって丘の中腹にある拝殿まで90歩、まずは参拝。

本殿裏手の広々とした森には稲荷社などの小祠がまつられていたり、地元の荒神さんの石祠や自然石が集められた一角があったりと出雲の神社とはこういうものなのか、と興味津々で境内を歩き回った。

「式内社調査報告」には主祭神として高皇産霊尊が挙げられているが、境内で目立つのは「鷹日道祖神」と書かれた幟。
かつて東北や甲信地方の道祖神を巡り歩いたことがある。
道祖神といえば男女が並んだ双体像が有名だけど、丸石や石棒、自然石などひとくちに道祖神といっても実態はかなり多様である

境内を見渡し道祖神らしきものを探したけど、それらしきものは見当たらない。
うろうろと境内を歩いていたら、拝殿手前に岐戸大神の神像が浮き彫りになった板碑が立っていた。
平成十九年に米子の在日のひとによって建てられた碑だった。

写真は島根県松江市。

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