190513宍道神社氷川4

好奇心。
生きていく上で大切なもののひとつ。
これがなくてはいくらお金がたくさんあったとしても、どんな豪邸に住んでいようが生きていかれないと思う。

僕が大学に入学したとき、父親は広辞苑を買ってくれた。
一日一ページ読んでいけばいつか一冊読んでしまうだろうと。
残念ながら真面目な学生じゃなかった僕はそのアドバイス通り大学時代の四年間を通して広辞苑を「読む」ことはなかった。
そのとき贈られた広辞苑はいまでも書斎の本棚に納められていて、知らない言葉や気になる言葉を調べるときに活用している。

その広辞苑で「好奇心」という言葉を調べると「珍しい物事、未知の事柄に対する興味」と書かれている。
手前みそだけど、好奇心がなければ日本全国にある式内社を回ってみようなんて思わなかっただろう。
今年四十六歳になる僕は、貯金や資産はないけど幸い好奇心だけは衰えないから、ありがたいと思っている。

このところ、自宅のある熱田区から大須観音のある中区まで歩くようにしているけど、なるべく違う道を通るように心がけている。
名古屋なんて大きな町ではないから、通る道をひと筋違えるだけで、いままで通ったことのない道や知らない小さなお店を発見したりできる。
好奇心がなければいつもと同じ道でいいやと思ってしまうだろう。
ほんの小さなことでもいいから発見を積み重ねたい、そんな人生であってほしいと思うのだ。

出雲国の神社を巡る旅は好奇心がなければ実現しない旅だったろうと思う。
四十代ともなれば二十代のころにくらべて安定を求めるようになる。
結婚して子どもを産み育てる時期だから、安定を重視するのは当然だろう。
僕は妻と二人暮らしだからこんな自由が許されるのだと思う。
おかげで体調の悪化を防ぐことができただけでなく、自分がやりたいと思うことをひと月もの長い間、やり続けることができた。
今日はちょうど、松江での生活を終えて一ヶ月。
ひとえ理解のある妻のおかげ、感謝の言葉しか思い浮かばない。

氷川神社は完道神社の論社のひとつ。
境内から少し離れた一の鳥居から拝殿まで150歩、まずは参拝。
同じく完道神社の論社である石宮神社や大森神社のように宍道の郷の伝承につながる犬石や猪石は境内に見当たらない。
由緒によれば明治四十年代に神社合祀が行われた際、三崎神社(宍道社?)が合祀されたことから論社のひとつと考えられた。
もとは祇園社であったが埼玉県にある氷川神社の分霊を勧請したことで、現在の社名となったという。

写真は島根県松江市。

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