190511同社坐韓國伊太氐神社2

揖夜神社を訪ねようというとき、司馬遼太郎が関心を持った「荒神社」とともに事前に楽しみにしていたのが「カラクニイダテ神社」を参ることである。

他国の式内社にはなく出雲国独特の神社で、延喜式を見ると、意宇郡には玉作湯神社の次の「同社坐韓国伊太氐神社」、揖夜神社の次の「同社坐韓国伊大氐神社」、佐久多神社の次の「同社坐韓国伊太氐神社」の三社の名前が記されている。

ただ残念ながら、先に訪れた玉作湯神社では本殿に合祀されているので、形ある社ではない。
一方、「式内社調査報告」によれば揖夜神社境内にまつられている「同社坐韓国伊大氐神社」は摂社として鎮座しているという。
だから実体のあるカラクニイダテ神社がどんな姿をしているのか楽しみにしていたのだ。

僕が松江に「プチ移住」しているときは総じて雨が少なかった。
入梅を心配していたけど、五月中は暑い日が続き、ときには夏日を記録することもあった。
この日もFATBIKEに乗り数社を回ってから揖夜神社に到着。
普段ハンドルを握るときにグローブをはめないから、手水の水で手を清めると冷たさがとても気持ちよかった。
拝殿の建物のなかに入り、参拝がてら強い日差しから束の間の避難をする。

本殿をお参りし、カラクニイダテ神社の場所を探すうち、拝殿本殿を通り越して森の方まで歩いていった。
小祠がまつられていたので手を合わせるも稲荷社などで、どこか違う。
森から戻ると本殿の側面に道が見えた。
本殿に向かって右側に当たる場所には摂社である「三穂津姫神社」がまつられていた。
もしやと思いその反対側、本殿左側の小祠の破風下をのぞき込むと扁額に「式内韓國伊太氐神社」と記してあった。
祭神は素戔嗚尊と五十猛命。
手を合わせてから改めて社の姿をじっくり観察した。
小型の大社造といった雰囲気だが、格別特色にあふれた建物、というわけではない。
でも形ある社を見たい! という希望は叶えられたわけだから、目的達成を素直に喜ばなくてはいけない。

先日も書いたように、カラクニイダテ神社は出雲国内でも意宇郡と出雲郡にしか存在しない。
社名の一部である「同社坐」、これは本社(当社の場合は揖夜神社)と同社であったといわれているが、意宇郡における「同社坐」も出雲郡では「同社」だけで「坐」の表記がない。
さらに、手元の「延喜式」や「式内社調査報告」でも確認したのだけど、玉作湯神社の次の神社は「同社坐韓国伊太氐神社」で揖夜神社の次の神社は「同社坐韓国伊大氐神社」(境内には「韓国伊太氐神社」と表示)である。
前者は「太」で後者は「大」となっているのだ。
単なる表記ミスかもしれないし、何か事情があってのことかもしれない。

じつに謎多き神社である。

写真は島根県松江市。

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