190524山狭神社(上社)2

下山狭神社を出発、山狭川沿いを走る。
視界いっぱいに広がる緑。
天気はいいけど日差しはきつくなく、五月半ばのカラッとした陽気が肌を包み込む。

自転車に乗るのに暑くなく寒くなくだけど、ペダルを漕いでいると大量の汗をかく。
こんな山合いに水分補給できるところなんてないだろうと諦めていたら、道が交わる地点に自販機を発見。
ゴミを出したりする地区の中心になっていた。
ベンチまであるからちょっとした休憩にはありがたい。

下山狭神社から上山狭神社へは幸い大きなアップダウンはなかった。
のんびりペダルを漕いでいたらいつの間にか境内へ至る石段が視界に入ってきた。
社名が書かれた標柱の先に立つ鳥居くぐり石段を上がる。
入り口から境内までは距離があり、拝殿まで150歩。
手を合わせてうしろを振り返る。
ただ何も考えず一段一段、石段を上がっただけなのに、いつのまにかかなりの高台まで上がっていた。
また周りの風景から浮くくらい突出して背丈の高い木が石段を挟んで立っていた。

社前に張られた告知によれば神社は式年遷宮を行うようだ。
仮遷宮祭が平成31年3月10日に斎行されたので工事はすでに始まっていた。
社殿にはブルーシートがかけられており、抜き取られた玉垣は積み重ねられていた。
一度きりの訪問者の目にも遷宮の準備は着々と進んでいるのがよく分かる。

先に訪れた下山狭の山狭神社から当社までの距離はFATBIKEに乗ってもそれほど遠くは感じない。
ということはもともと山狭神社はひとつだったのだろうか。

「式内社調査報告」によると「出雲国風土記」の時代に「夜麻佐の社」が二社あったことから、二社のうち一社が山狭神社、もう一社が同社坐久志美気濃神社に相当するとされる。
式内社の時代には後者の社名に「同社坐」とあることから二社は一緒になった。

しかし近世になると山狭地区は上下に分かれ、それに伴い神社も上に二所大明神、下に熊野神社がそれぞれ成立。
明治になると両社とも「山狭神社」に社名を戻し、上に山狭神社、下に同社坐久志美気濃神社がまつられるようになった、そうな。

写真は島根県安来市。

190524山狭神社(上社)4