190530久米神社(里宮)1

伊邪那美命が眠るといわれる比婆山山頂。

安来駅から一時間をかけて走ってきて、久米神社の奥宮が山の山頂と知って「まじか」と少々落胆した。
実際の標高は320mと高くないが登山には変わりない。
どうしても次の訪問先があるわが「FATBIKE古社巡礼!」
一日の予定のなかに低山であっても登山があるとなると気持ち的に少々重荷になる。
でもそこに神社がある以上、登らないわけにはいかない。

里宮に到着し、鳥居をくぐって拝殿まで47歩。
拝殿後方に回り込むと、本殿の建物は出雲地方には珍しい神明造である。
参拝してから奥宮まで登ろうか逡巡していると鳥居の手前に蛇の脱皮の抜け殻が落ちていた。
俗信では蛇の抜け殻を財布のなかに入れていくと金運が上がるといわれてる。
あいにく抜け殻は蛇の体そのままの状態で落ちていたからそれを刻んで財布に入れる勇気はなかったけど、金運上昇アイテムを目にしたようでとてもラッキーな気分になった。
だからその勢いで登ってしまおう。
山頂に奥宮がある以上、登るのがわが古社巡礼の作法でもあるから。

拝殿に向かって左側に登山道の入口がある。
蛇の抜け殻はいいけど中身である本物は出ないでね、と心のなかで祈りながら登り始めた。
案内によれば山頂まで1050mの距離。

午前8時半に登り始め、山頂に到着したのは手元の時計で8時55分だった。
木々の間の道を通り抜け、山頂近くの大鳥居から奥宮の拝殿まで280歩。
まずは参拝。
山頂にある説明によると奥宮が鎮座する比婆山は出雲国と伯耆国の境に当たるようで奥宮の扁額には「雲伯堺」の文字が見えた。
本殿の後方には草に覆われた盛り土があり、説明によれば伊邪那美命の陵墓とある。
近くで観察すると円墳のようだ。

伊邪那美命は死後、黄泉の国へ入った。
夫である伊邪那岐命は妻に会おうと黄泉比良坂を越え黄泉の国に入ったがすでに妻は、死後の世界の食べ物を口にしたため戻ることができない。
古事記にはそう書かれていたことを記憶している。

黄泉比良坂といわれる場所が揖夜神社の西側にあり、古墳がある当社はそのさらに東側にあるので、位置関係からすれば黄泉の国は松江の東側に存在したということになる。
神話のなかの存在である神が墓に葬られるというのはあまりにも人間的な話である気もするが。

「古事記編纂1300年 参拝記念」と書かれたスタンプをノートに押して再び下山した。

写真は島根県安来市。

190530久米神社(奥ノ宮)2