190514久良彌神社1

『「北門の良波の国を、国の余り有りやと見れば、国の余り有り」と詔りたまひて、童女の胸鉏所取らして、大魚のきだ衝き別けて、はたすすき穂振りて、三身の綱打ち挂けて、霜黒葛くるやくるやに、河船のもそろもそろに、国来々々と引き来縫へる国は、宇波の折絶より、闇見の国、是也』

「出雲国風土記」に出てくる国引き神話の一節だ。
国引き神話は、出雲の国が小さいことを嘆いた八束水臣津野命が、朝鮮半島の新羅や隠岐の島、北陸地方からそれぞれ余っている土地を引っ張ってきて島根半島を造成する壮大はスケールの神話である。

冒頭の文章は八束水臣津野命が三番目に引っ張ってきた場所についての記述である。
これを見ると、「北門の良波の国」から余った土地を引っ張ってきて「闇見の国」を作ったと読むことができる。
荻原千鶴訳注「出雲国風土記」の解説によれば、「北門」とは出雲国にとっての北の門、つまり隠岐の島を指し、「良波の国」については不明としながらも、「隠岐の島のいずれかの地域名とみるのがよい」という。

一方の「闇見の国」は、国とはいっても島根半島内の一地方で現在、久良弥神社がある辺りとしている。
現在では国名がそのまま生き続けているのは「椋見谷(くらみだに、久良弥谷)、久良弥神社の遺稿が存するにすぎない」とは「式内社調査報告」の記述である。

いざ久良弥神社へ。
中海沿いの道を走っていると道端に「闇見国総社久良弥神社」と神社へと誘う看板が出ていた。
看板が示す矢印に従って丘の際を山側に入っていくと鳥居が見えてくる。
どこからともなくトンボが飛んできた。
僕のすぐ前をつかず離れず飛びながら鳥居まで案内してくれた。

二本の鳥居をくぐり正面の拝殿までは50歩、まずは参拝。
いつ雨が降ってきてもおかしくない曇り空。
こんな日に神社に来る参拝者はおらず境内にひと気はなかったが、ウグイスを始め名前を知らぬ小鳥たちのさえずりがとても間近に聞こえ、同時に水場が近いせいかカエルも負けじと声を張り上げて鳴いていた。

久良弥神社の祭神は闇於加美神、水の神である。
水は生命のもと、水によって生かされている動物たちがこの場所で命を謳歌しているといえる。
だがもともとの久良弥神社は現位置から南西一キロ奥の「久良弥谷」に鎮座していた。
当時は久良弥神社と同社坐波夜都武自神社の二社が鎮座していたというが洪水のため現在地に遷座された。
風神である後者は速都牟自別神として久良弥神社に合祀されている。

写真は島根県松江市。

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