許豆神社は延喜式上、不思議というか珍しい神社のひとつである。

延喜式を眺めていると時々同じ名前の神社を見つけることがある。
これまで「大井神社」や「大水分神社」、「丹生神社」なんかは何度も訪ねたことがあった。
同名の神社とはいっても尾張や伊勢といった国が違ったりその下の郡が違ったりしていた。
同じような地形があればそれを目にしたひとが同じような神性を感じ同じような名前をつける。
そこには「同じ名前をつけようぜ」といった横の連携があったわけではなく、似たようなものの感じ方、メンタリティーを当時のひとたちが持ち合わせていたからなのだろう。

しかし許豆神社の場合は同じ社名の神社とはいっても出雲国楯縫郡のなかで隣あって存在している。

能呂志神社
許豆神社
許豆神社
水神社

といった具合で。

式内社を訪ね始めて四年ほど、まだまだ訪ねた国の数は少ないけど、これまでの経験上、こういったケースは珍しい。

その許豆神社はそれぞれ「北の宮」「南の宮」と呼ばれている。
二つの神社が鎮座するのは十六島湾の湾入部の集落近くで、ともに山の中腹のような場所にまつられていた。
地図上にはちゃんと神社記号があり決して分りにくい場所ではないものの、実際たどり着くのに難儀したのを記憶している。

「北の宮」の場所を尋ねようとひとを探していたところ、港近くの建物からトントンと何かを修理するような音が聞こえてきた。
声をかけると建物のなかから男性が出てきた。

「ここから100mくらい行ったところを左に入ると階段があるんです」

すでに何度も通っていたから階段なんてあったかな、というような表情をしていたのだろう。

「一緒に行きましょうか」

荷台に板を載せた漁師仕様(?)の自転車で神社の前まで連れてってくれた。

写真を撮ろうとFATBIKEを止めるも先客の車が止まっていた。
車体には「出雲市」の文字。
用件はすでに終わったらしく車はすぐに出ていった。
神社の案内をしていたのかひとり残った氏子のおじいさんに声をかけた。

それをきっかけにいろいろなことを立ち話した。
とくに僕が愛知県から来たこと、ひと月松江に滞在しながら神社を回っていることに興味を持ったらしい。

「そんな話なかなか聞けないから、コーヒーでも飲みながら聞きたいけどね。あなたも忙しいだろうから」

先ほど車が止まっていた場所を進むと鳥居が立っている。
石段を上がり境内に出ると正面に拝殿が建っていた。
鳥居から70歩、まずは参拝。
境内からは向かいの山に建つ「南の宮」の鳥居を眺めることができる。

一見するとありふれた神社の境内だが、かつてここには古墳があり勾玉などの副葬品が多く出土した。
古墳はすでになく、副葬品は東京国立博物館に収蔵されている。
氏子さんは立ち話の間にいろいろな話を聞かせてくださった。
十六島湾をのぞむ山塊の尾根には古墳がたくさんあること、許豆神社は北の宮、南の宮だけでなく五ヶ所あったことなど興味深い話がたくさん出てきた。
さらに氏子さんの甥は愛知県在住、トヨタ自動車にお勤めだそうで、そのため名古屋にも何度か行ったことがあると話していた。

「いつか名古屋にも来てください」
「飛行機に乗ればすぐだから丈夫なうちにもう一度くらい行きたいとけど。都会は苦手で...」

十六島湾とそれを取り巻くような豊かな緑を目にしていたせいか、最後のひと言がとても印象的だった。