「へんろ道」
そう書かれた道しるべを何度か見かけた。
大きな通りに沿って通る古くて狭い道で、さしずめ旧街道といった趣である。

讃岐国の古社巡礼最終日の今日、FATBIKEで高松市内からお隣のさぬき市まで走った。
逗留先を午前六時四十五分に出発し、最初の目的地、和爾賀波神社の論社である引宮神社に到着したのは七時三十分ころ。
そこから同じく論社の白山神社、鰐川神社、和爾賀波神社をへて、多和神社(長尾)に向かう道が「へんろ道」だった。

昨日までは香川県内にいかにうどん屋が多いかを語ったけど、今日は珍しくうどん屋を目にする機会が少なかった。
それよりも「へんろ道」に代表されるように、お遍路さんに関するものを多く見かけた一日だった。

物心ついたころから祖父母が四国へ巡拝に出かけていたので四国遍路の存在は何となく知ってはいた。
祖父母は年齢、体力ともに歩き遍路は難しかったようでバスを利用したバス遍路だった。
それでもこつこつ札所を巡っていたようだ。
弘法大師を中心に八十八カ所の朱印を押した掛け軸が床の間に飾られていたのを記憶している。
祖父母にとって四国は親戚がいるわけでもなくかといって観光地巡りをしていた気配はない。
お参り主体の場所だった。

対する僕は人生二回目の四国。
FATBIKEで「へんろ道」を走っていると祖父母を思い出した。
バス遍路とはいっても途中途中では歩いていただろうから、この道を通ったんだろうか、そう考えることも多かった。

高松暮らしがスタートしてから、サドルにまたがりながら四国、讃岐国独特の風景って何だろうと考えた。
うどん屋然り、きれいな円錐形の山々然り、ため池然り。
そこにお遍路さんの姿も加えておきたい。

今日一日だけでもお遍路さんの姿を何度目にしたことだろう。
白装束に金剛杖、「同行二人」と書かれた菅傘をかぶった歩き遍路。
なかにはキャンプ道具一式を背負って歩くバックパッキング風だったり、夫婦二人が連れ添ってだったり、ひとそれぞれのスタイルで歩いていた。

ちなみにだが、古社巡礼をしている最中、出会ったひとからFATBIKEを指さしこんなことをいわれた。

「この自転車だったらお遍路さん行くのにいいだろうね。途中で、山もあるからさ」

でも僕、お寺じゃなくて神社を巡っているんですけど...