ことでん志度線の終点でもあるさぬき市志度。
ここにも多和神社が鎮座する。
数時間前に山側の多和神社を訪れたばかりで今度は海側の神社にやって来た。

志度に到着するとどことなく町なかがにぎやかだった。
やけに警察官の姿が多く、コンビニの前を通ると法被姿の若衆が海の方に向かって歩いていった。
当日が多和神社の祭礼日であることに気づいたのはだれもいない境内に入っていったとき。
静かな境内にいると海側から歌声が聞こえてきた。

JR高徳線の線路を渡ると社名が書かれた石板が立っていた。
鳥居をくぐると細かい石段が二の鳥居まで続く。
そこで終わりと思いきや隋神門をくぐるとさらに山側へと入っていった。
鬱蒼と茂った木々を両脇に眺めながら境内へと上がっていくのだが、その道について「式内社調査報告」で多和神社を執筆された渡辺寛先生は「まことに清々しい浄路」と表現されている。
まさにその通りだ。
拝殿まで550歩。

志度の多和神社は海の近くにありながら境内自体は山の奥にひっそりと鎮座する。
といいたいところだが当日は例大祭。
境内に入りまず目についたのは神紋が染め抜かれた幕に覆われた拝殿、その手前に立てられた先に鉾や鏡が取りつけられた槍。
さらに氏子さんの名前が入った行灯が所狭しと吊るされていた。
祭礼日以外に来たとしたらここまで飾り付けられた光景を目にすることはなかっただろう。
やはり祭礼日は特別である。

式典はすでに終わっており、境内はひとっこひとりいない。

参拝を終えてFATBIKEにまたがり旧家が並ぶ街道然とした道筋に向かうと「祭礼のため通行止め」と書かれた看板が立っていた。
FATBIKEを押して進むと法被姿の男衆が休憩していた。
傍には神輿のような太鼓台が置かれていた。

先回りしてFATBIKEを止めてから街道に戻ると目の前では信じられない光景が繰り広げられていた。
二本の太い柱の中心に据えられた太鼓台。
そこに四人の子どもが乗っていて太鼓を叩いていた。
柱を肩に担いだ男衆は歌を歌いながら太鼓台が地面に落ちない程度に九十度ほど倒して地面に近づけた。
右に倒したら次は左に。
倒した太鼓台を元に戻すのもすごい。
宙に浮いていたもう一方の柱をつかんで勢いよく元に戻す。
だから反動で太鼓台の四方に吊るされた飾りの紐が大きく揺れた。
その勇壮さに思わず近づいて写真と動画を撮っていた。

高松に「プチ移住」してから讃岐国の式内社を回り続けた。
志度の多和神社は僕にとって讃岐国最後の神社である。
大トリにこんなステキな祭礼に出会えるなんて!