逗留先のマンションを出てことでん長尾線沿いを走った。

十月第二日曜日であるこの日、通過先の町内では法被を着たひとたちが朝早くから動き回っていた。
秋祭りの準備だろう。
ということは当日訪れる予定である神社でも祭礼が行われる場所もあるかもしれない。
その予感は的中し、訪問社中二カ所が祭礼日で、そのうちの一社が先に書いた志度の多和神社である。

延喜式によれば讃岐国三木郡の神社は和爾賀波神社一社しかないが、論社には引宮神社と白山神社、鰐河神社、和爾賀波神社の四社が存在する。
引宮神社について、「式内社調査報告」には「讃岐国官社考説」を引用した「香川県神社史」の内容として、「社家記録中に当社の地図ありて、和爾賀波神社と載せ、又社地傍の川を鰐川と記せり」と書いている。
当社を和爾賀波神社と見るのはそういういきさつがあってのことだろう。

高松市内から南東方向に走り一時間ほどでさぬき市の引宮神社に到着。
神社の南側の敷地内には青地に赤文字が染め抜かれた幟が立っていたが、引宮神社ではなく八坂神社と染め抜かれていた。
詳しくは分からないが当社とは違う氏子地域に当たるのかもしれない。

境内はコンクリートで固められた高台の上にある。
一見すると神社に見えないが緑が多いことでもしやと思ったら、入口鳥居の近くに社名が書かれた石板が埋め込まれていた。

鳥居をくぐり石段を上がり拝殿まで60歩、まずは参拝。
拝殿を見上げると精巧に作られた獅子と鯱が屋根の上に載っている。

日曜日の朝早くに訪れたから境内にひとの姿はなかった。
歩くたびに蜘蛛の巣に引っかかったものだから、参拝に来るひとが少ないように感じられた。

「讃岐国官社考説」に書かれているように神社の近くには川があるにはあるが、橋に表示されていたのは鰐川ではなく寒国川だった。