白山の麓に鎮座する白山神社をあとにして南に下り鰐河神社へ。
境内は平野にあり、社叢のおかげで遠くからでもすぐに神社だと分かる。
社叢の木々が茂る方向にゆっくりペダルを漕いだ。

祭礼日である白山神社には礼服を着た氏子さんたちの姿があったり、拝殿の扉が開いていてスタンバイしている神輿が見えたりと祭独特の雰囲気が感じられたが、鰐河神社の境内は対照的にひっそりしていた。
それもそのはず、祭礼は一種間前に終わっている。
しかし耳を澄ませば近隣の祭礼で囃される囃の音色が風に乗って聞こえてきた。

入口には堀のような細い川が流れ、両脇に擬宝珠がつき中心が膨らんだ太鼓橋を渡ると境内。
橋に向かって左側には「鰐川神社」右側には式内社としての名前である「和尓賀波神社」と書かれた石柱が立っていた。

橋を渡ると鳥居があり、くぐって拝殿まで50歩、まずは参拝。
広前は境内を囲む木々が日光を遮っている。
涼しいというほどではないけど、高松から自転車で走ってきたので心地よく感じる一方、ベンチに座ると蚊の大群が寄ってきた。
十月も半ばなのに...

祭神は豊玉姫。
掲げられた「讃岐三木鰐川神社由来」によると浦島太郎が竜宮城を去った後、乙姫が太郎を慕い現在の屋島、蒲生の里にたどり着いた。
乙姫は太郎の子を身ごもっており、神武天皇の父となる鵜葺草葺不尊を産んだ。
尊を産んだ乙姫は鰐に乗り新川を遡って三木町の高田郷に着き永住した。
乙姫は豊玉姫と呼ば、当社の祭神となった、らしい。
浦島太郎の話を知っているだけに少々強引な附会のような気もするが。