鰐河神社も広い神社だが、和爾賀波神社はさらに輪をかけて広い神社だった。
縦に長い森。
裏側から境内に近づいてしまったようでいったん入口まで戻ったが、一の鳥居までかなり長い距離だった。

FATBIKEを降りて押しながら木立が並ぶ参道を再び境内に向かって歩き、随神門が見えたところで左手に手水舎があったので手と口を清めた。
門をくぐれば正面に拝殿が見えてくる。
拝殿まで直進し手を合わせた。
一の鳥居から345歩、まずは参拝。

拝殿は柱も壁板も木の表面を見る限りかなり古そうだ。
なかをのぞけば建物に負けず劣らず古い絵画が飾られていた。
逆に新しいもの、といっていいのか分からないが、祭礼のたびに撮影された集合写真が何枚も飾られていた。
祭礼時の恒例なのだろう。

由緒は随神門の手前に石碑として立てられていた。
だが、オール漢字の難文のためすべてを読み通すだけの力量は僕にはなかった。
そこで文字を拾い読みすると「豊玉姫命」という神名を見つけた。
鰐河神社も同神を祭神としてまつっているので当社もそうなのだろうと思う。

ちなみに三つ巴の神紋も同じであるし、どちらも広い境内を持ち、関係あるかどうかは別として神社がある場所からは白山の秀麗な姿を仰ぎ見ることができるというのも共通だ。
ただ、鰐河神社にあったようにその由緒が浦島太郎話から派生したものかどうかは分からない。
難文中には浦島太郎の文字はなかったような気がするが...