田村神社は讃岐国の名神大社の一社にして香川郡ゆいいつの式内社、さらに一宮でもある。

高松市内の逗留先からはことでんに沿って南下すること三十分ほど。
一宮町の交差点から大鳥居が視界に入ったので、鳥居の方に進路を取ってペダルを漕いだものの鳥居の先にあるのは駐車場だった。
境内図によれば僕が入ったのは正面とは逆の裏門だったようだ。
古社巡礼ではどこも初めて訪ねる神社だから、よくあることである。
裏門の大鳥居をくぐると真ん前にはかっぷくのよい布袋さんが鎮座。
しかも金ぴかである。

境内に入りいったん正面鳥居に向かう。
鳥居をくぐって再び境内に入り直し、拝殿までは245歩、まずは参拝。
参道には大名行列で使用するような槍など長物の祭具が並べられ、行列の見本となるような絵が飾られていた。
どうやら今日は祭礼日のようだ。

普段、神社に着くと手を合わせてから境内をくまなく歩き回るのだが、さすがに当日は氏子さんや神社の職員が慌ただしく動いていたから迷惑になるのでやめておいた。
本殿横の宇都伎社に参拝してから近くにあったベンチに腰掛けた。

神社で話を聞けなかったので「式内社調査報告」に助けを求めると面白いことが書かれていた。

「田村神社の建物配置は、本殿の奥にさらに「奥殿」と称せられる殿舎が続き御神座はこの奥殿内部の一段低いところにある由である。そしてその床下に深淵があり、厚い板をもつてこれを蔽っている。奥殿内部は盛夏といえども冷気が満ちてをり、宮司といへども、決してその淵の内部を窺い見ることはしないといふ」

もちろん奥殿を目にすることはなかったけど、この文章を読んで想像する限り田村神社の御神体とは湧き水のようだ。
ここに来て当社が名神大社で一宮である所以がなんとなく分かってきた。
湧き水が出るこの地には古くからひとが住みついていた。
現在でさえもため池が多く水を得るのに労苦が多い讃岐国において、水がこんこんと湧き出るということは奇跡であり、そのありがたみは文字通り湯水のごとく水を使っている現代人の僕では計り知れないものがあったのだろう。
だからこの湧き水自体を神としてまつったのが当社の由来ではないだろうか。
水という第一級の自然神がここに坐すのだ。

しかし、休憩にベンチに座ると、目の前には昇り竜の置物とそこにお供えするおびただしい数の小判。
先ほどの布袋さんといい、確かに縁起物ではあると思う。
でも、なんといえばいいのだろう、この違和感。
僕が知っている一宮や名神大社にあるような大きく静かな「森感」や「自然感」は感じられないどころか、田村神社自体が持つ水という自然とはかけ離れた俗世が目の前に広がるようだった。

ため息をつきながら、FATBIKEをとめていた裏門に戻る途中、石祠が並ぶ一角があった。
近辺にまつられていたものを移築したのだろう。
石祠は三体。
中心は祠というか柱のようで、途中から折れた痕跡が見受けられ、注連縄とともに竹筒にさした幣がまつられている。
右端の祠には丸石が数個納められ、左端には木の扉がありなかは見えないが、右端のものと同じように内部に石が納めてあるのかもしれない。

小さな石の神たちに自然を見つけた気がして、なんだかホッとした。