櫛梨神社を訪れたその日は自走の一日だった。
高松市内の逗留先を出発後、予定していた七社すべてを回り、走って高松市内に戻った。
出発は午前七時で、帰宅したのは午後五時ころだった。
正確な距離は測っていないけどあえていうなれば、はるか遠くに見えていた飯野山がいつしか目の前に現れた。
秀麗な山容を楽しみながらペダルを漕いでいたら真横にあったはずのその姿が次第に遠ざかり、気がついたら視界から消えていた。
そんな距離感。

FATBIKEで長距離を走るのは体力的に厳しいものがあり、無理に走ったせいか、走行中はサドルに当たる尻が痛み、帰宅後は頭痛に翌日には筋肉痛に見舞われた。
でも一日休憩を挟むと復活し、翌々日には再びサドルにまたがってペダルを漕いでいた。

体調もさることながら、天候に恵まれたことが何よりも運がよかったと思う。
この原稿を書いている十一月半ばは吹く風に冷たさを感じ、そろそろ厚めの防寒着が恋しくなる。
しかしひと月前の当日は快晴。
朝のうち冷え込んだくらいで日中は自転車に乗っているとしっかり汗をかき、日焼けするほどで半袖を着ていても暑く感じられた。
天気に助けられた高松での「プチ移住」と古社巡礼だった。

櫛梨神社に到着するころには太陽も西にが傾いていたが、如意山の麓に鎮座する境内に入ると多くの木々が強い西日をカットしてくれ、時折涼しげな風も吹き抜けた。
入口の鳥居をくぐり、石段を上がって拝殿まで125歩、まずは参拝。
とてもひっそりとしているから竹藪からピキピキと竹が割れるような音がすると境内に響き渡った。

「櫛梨神社之碑」によると、櫛皇子による悪魚征伐潭が神社の創始と結びつけられているようだ。
悪魚を退治した櫛皇子(神櫛皇子命)は当国にとどまって城山に城を築き、国造に任ぜられた。
仲哀天皇八年に亡くなり、櫛梨山に葬った後、廟を建てて奉斎、それを皇宮大明神と呼んだという。
この由緒からすると当社は廟の発展系の神社、ということになる。