丸亀駅まで輪行したFATBIKEを駅前で組み立てていると、「すごい自転車ですね」と声をかけられた。

「よくバイクと間違われますけど、こう見えて自転車なんです」

タイヤをフロントフォークにさしながらそう答える。
組み立て中でも逆に輪行のための分解中でも話しかけられれば答えるのが僕の主義である。
FATBIKEの宣伝・普及(?)のためにFATBIKEに乗る人間が無愛想ではFATBIKEの印象にもつながってしまう。

聞かれることはだいたい決まっている。
,海譴亘榲に自転車か、
△匹海鯀る自転車か、
最後に値段。

不思議なことに聞かれる内容は毎回ほぼ同じなので、普段は喋りが苦手な僕も答えに窮することなくこのときばかりは饒舌になっている。
最後に「どうですか、一台?」と聞いて即答で「買うぞ」というひとは滅多におらず、適当に笑ってごまかしながら去っていくパターンが多い。

駅から最初に向かったのは神野神社。
扁額に「神野神社 八幡大神」と書かれた鳥居をくぐり、FATBIKEを押して境内に向かった。
隋神門の前辺りにFATBIKEを立てかけると「それ自転車かいな」という声がした。
向かい側にある社務所からおじいさんが笑顔でこちらを向いていた。

「おはようございます。自転車ですよ」

そう答えるとおじいさんはにこやかに、うんうんとうなずいた。

鳥居から拝殿まで120歩。
隋神門や手水舍、そして拝殿には写真や木工などが飾りつけられている。
それも決して派手でけばけばしいものではなく手作りの素朴なものだった。
まずは参拝。

境内の森は大きくクスノキをはじめとする木々で緑豊かである。
満濃池の畔に鎮座し池の守護神である神野神社とはまったく違った印象である。

再び社務所のあるところで先ほどのおじいさんに声をかけ立ち話をすると、どこからか社伝を出してきてくださった。
表紙には「延喜式内二十四社之一 神野正八幡宮社傳 社務所」と几帳面な文字で書かれてる。
「社傳」は表紙、由緒、境内配置図の三枚で構成されている。
かんじんなのは二枚目の由緒。
祭神は天穂日命。
神社の創始は継体天皇二年。
伊予国神野郡の久留島氏、和気氏の一族が当地に移住しその祖神である伊曾乃神社を迎えて創祀したのが始まりとされる。

二つの氏族のうち和気氏は初め神野郷に移住したがのちに郡衙の所在地である郡家に移ったという。

神野郷とは先に見た満濃池のある辺りで、この文章を読む限りでは、いったんは満濃池の辺りに移住したが、転じて現社地が鎮座する郡家に移ったようだ。

満濃池近くの神野神社は最初の移住先で郡家は次の移転先ということになるのだろう。
場所は違うが両社とも主祭神には天穂日命をおまつりしている。
やっぱりまったく別の神社というわけではないようである。