古社巡礼の途上で出会ったひとにFATBIKEに乗って神社を訪ねているというと一様に不思議な顔をされる。
なぜだろう、自分では好きなことをやっているだけなのだけど。
でもよくよく考えると香川県というか四国での巡礼といえば「四国八十八所巡り」、つまりお寺巡りが有名だからだろう。

じゃあ、香川県で一番有名な神社はどこだろうと考えると、「こんぴらさん」として親しまれている金刀比羅宮が一番に思いつく。
しかし、県なり地域なりで有名な神社ってだいたい式内社に入っているのだけど、金刀比羅宮は式内社ではないから、残念ながら讃岐国の古社巡礼コースには入っていない。
なぜ式内社に入っていないのか。
金刀比羅宮の歴史については勉強不足で知らないし、式内社に入っていない理由も知らない。
これだけ大きく由緒ある神社なので逆に入っていないということに大きな理由があるに違いないと思う。

そのことに関連して「式内社調査報告」第一巻の「序並に解題」にはこんなエピソードが書かれていた。
「式内社調査報告」出版に先立って、國學院大學と皇學館大学の関係者が中心となり調査会が立ち上げられた。
そして各県にそれぞれ旧国の担当を決める段になった。
しかし香川県神社庁長である金刀比羅宮宮司から同会への出欠の返事がないどころか、会議が夜間に及ぶものには社務所を貸さないと難色を示したらしい。
その理由についての返答はなかったそうだが、どうやら金刀比羅宮が式内社ではないことからだんまりを決め込んだようだ。
式内社調査会会長の瀧川政次郎氏は他県神社庁から物心両面の援助を受けたことに対する謝意とともに、香川県だけがこの処遇だったことにご立腹の様子で、式内社の問題は神社界の問題だけに「反省を促したい」と強い調子で書かれていた。

さて前置きが長くなったけど、なぜ金刀比羅宮の話をしたかというと、多度郡大麻神社は金刀比羅宮のある琴平山の北側に連なる大麻山の麓に鎮座するからである。
山全体が古墳群で銅鐸や境内近くからは銅剣まで出土する筋金入りの遺跡でもある。
事前に情報を得ていたので興奮を抑えながら神社に向かった。

金刀比羅宮周辺のにぎやかな界隈を離れ北側に向かい土讃線を渡るとすぐに鳥居が見えてきた。
FATBIKEを下車してまっすぐに伸びる参道を歩いて行く。
二の鳥居付近にFATBIKEをとめ置き石段を上がると広前に出た。
拝殿まで450歩と長い距離だった。まずは参拝。

拝殿には「延喜式内大麻神社」と書かれた扁額があり、木板に由緒が書かれてはいたが、古いのと全体に目を通しても銅鐸や銅剣についての記述はなかったので途中で読むのをやめてしまった。
当然かもしれないが境内に遺跡の雰囲気は感じられなかったので後日、ネットで調べてみると標高400mの場所には野田院古墳が、また中腹には椀貸塚古墳があるそうだ。
飯野山同様、讃岐の登山や遺跡探訪は次回の楽しみにとっておこう。

境内には僕以外だれもおらずひっそりとしていた。
なお社叢は県指定記念物として指定されている。