「天空の鳥居」
高屋神社本宮境内に立つ鳥居はそのように呼ばれている。
鳥居越しに観音寺市内と瀬戸内海を一望できるから、まさに天空に立って眺める風景と遜色ないということだろう。

神社が鎮座する稲積山に登る前には琴引公園で銭形砂絵を見た。
公園内の高台にある展望台に立つと眼前に砂に築かれた「寛永通宝」の銭形が広がる。
展望台も十分高い位置にあったので銭形の全ぼうをくっきりと眺めることができたが、高屋神社本宮から眺める銭形は小銭のように小さかった。
本宮がいかに高い場所に鎮座するかを再確認するに十分だった。

琴引公園から下宮に向かう途中、前方にそびえる稲積山を見上げると山頂付近に鳥居らしきものが見えた。
あの鳥居が立つ場所まで行くのかと思うと正直心配になった。
毎回、時間に縛られる僕の古社巡礼。
本当に行けるだろうか。
下宮を参拝した時点で手元の時計は午後一時を指していた。
行って戻って来られるか気にかかったが、せっかくここまで来たのだから、今回登らずに次はない。
FATBIKEを里宮の建物の柱にくくりつけ、エコバッグにカメラとペットボトルの麦茶を突っ込んだ。
覚悟を決めて登ることにした。

注連柱前で頭を下げて登拝開始。
急な斜面に、歩いては休みを繰り返す。
思った以上にきつい道のり。
靴のヒモを結び直し、帰りのことを考えて走るように登っていった。

十一丁から始まった登山道は登るにつれてその数を減らしていく。
最初こそキツかったもののエンジンがかかると次第にハイペースで登るようになった。
普段、介護+市場配達+ホテル清掃という激務で鍛えられているおかげだろう。
これまでも式内社と考えられている神社がまつられた山を何度か登拝してきたけど、高屋神社が鎮座する稲積山ほどいいペースで登れたことはなかった。
日頃の鍛錬の成果かもしれない。

登っていると所々、木々の隙間から瀬戸内海を眺めることができたが、とにかく先を急ぎたい僕は一目散に登っていった。
登山道が石段に変わりその先には鳥居が立っていた。
麓から見えた鳥居はもうすぐだ。
ついに鳥居をくぐり境内に入るとそこには若い男女のカップルはじめ何人ものひとの姿があった。
登山道で出会ったのは地元のおじさんグループと外国人カップルだけ。
しかもそこにいるひといたちは皆、涼しそうな顔をしている。
その理由は神社後方の磐座を訪れたときに分かった。
駐車場が整備されていて、山頂近くまで車で来られるようになっていたのだ。

何はともあれ山頂に到着したのでまずは本宮に参拝。
そして後ろを振り返ると鳥居越しに瀬戸内海がくっきりと眺められた。
これまでの疲れが一気に吹き飛ぶ絶景だ。

山頂に来たついでに足を伸ばして磐座が鎮座する場所に向かった。
海を向いてそびえる巨岩。
本宮前のベンチから眺める風景とはひと味違う。
磐座の上に立ち青い海を眺めると何だか神秘的な気分になる。
立っていることさえ怖いくらいだ。
強い風が吹けば体ごと吹き飛ばされてしまうだろう。
同じ場所に古代の人々も立って、そこからの眺めに何かを感じ取っていたのかもしれない。
目の前の風景に感動したのか、それとも恐怖心を感じたのだろうか。