十二月二十八日朝、市場での仕事は仕事納めとなった。
市場自体は三十日までやっており可能なら出て欲しいといわれたが、介護の仕事を優先させたいのでお断りした。

二十九、三十の両日は毎年恒例となった利用者さんの支援に入る。
十数年間、毎年のことなのでとくに身構える必要もない。
一緒に映画を観に行って彼の大好きなマックでお昼を食べて帰って来る。
今年もこの仕事に入れることになった。
ある時期まではもうやることはないと思っていたから、ありがたい。

四月初旬、休職という理由ではあったけど職場を離れることになった。
その後、松江での生活に入るわけだけど、FATBIKEで神社を巡っているときも仕事のことを考えることはなかった。
復帰するか、別の仕事をするか、たまに頭をよぎるけど、いま考えることではない、そのうちなんとかなると、深く考えることを避けた。

転機はヘルパーさんからの電話。
僕が抜けたあと、事務所の運営はボロボロになったそうだ。
ご自身もほぼ休みなく出勤、体力的に限界であることを訴えられた。

それでも放っておけばそれまでだ。
休職期間も半分を過ぎたけど、焦りというものもなく、ただその日一日を精一杯過ごすだけ。
でもわざわざ電話して訴えてきたからには本当に大変なんだろう。
内情はなんとなく想像はついていたが。

そして七月。
以前のように管理者、責任者はやらないという条件で、再び復帰を果たした。
そして自分なりにこう決めた。
仕事で休みを犠牲にしない。
週休二日は必ず取る。
仕事より体を優先。
収入を一ヶ所に頼らず数カ所に分散する。

休職から復帰後、介護、市場、ホテルの三ヶ所で働くようになった。
四十代ともなると新しい仕事に慣れるまではしんどい。
その分、普通の四十代にはない新しい人間関係ができたり、知らないことを知ることができる。
体はきつい。
自分で選んだ道だし、いまはなかなか悪くないと思う。

新しい年まで数日残っている。
一日一日を大切にして、いろいろあった2019年を終えたい。