日本民俗大辞典(吉川弘文館、2000年)によれば「愛知県名古屋市・津島市、岐阜市など濃尾平野の都市下町にある棟割り長屋の庇の上にまつられている小さな祠。通常、道を挟んだ両側の十戸から二十数戸でまつっている。名古屋では明治の初めごろからまつられるようになり、大正から昭和初期にかけて最盛期を迎え、現在でも市内に二百四十を数える。明治の初期には疫病除け祈願としての津島神社、火事除けとしての秋葉神社の二社をまつっていたが、日清・日露戦争のころから武運長久祈願の色彩が強くなり、尚武の神として氏神の熱田神宮をまつり三社宮とした」とあります。

 これに私が注釈を加えるとすれば、「屋根神とは名古屋だけではなく愛知県尾張地方や三河でも見られる形態であるが、祭神はその地域よって違う。名古屋では熱田、津島、秋葉の三社をまつるが、他地域では秋葉神社と津島神社の二社、秋葉神社のみをまつる社もある。屋根神さまという名前のほかにも軒神さま、秋葉さま、お天王さま、町神さまと呼び名は様々。名古屋市内では屋根や軒など高所になくても三社をまつっている社を屋根神さまと呼ぶ地域もある。現在名古屋市内には西区を中心に約百四十ほどが残っているが祭祀を行う人々の高齢化や都市化のため急速に減少の一途をたどっている」というところでしょうか。

※この記事は「屋根神さまのある風景」に掲載されていた文章です。