瑞穂-廃社平郷






瑞穂-廃社
所在地:名古屋市瑞穂区平郷町
    Nagoya-shi Mizuho-ku heigo-cho
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:軒(屋根に切れ込みを入れて)
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭・名古屋まつり
氏神社:一之御前神社
地 図
メ モ

・09年5月22日
 久しぶりに平郷町を訪れました。屋根神さまがおまつりされていた当時は頻繁に訪れたのですが、なくなってしまって以来、あまり来る機会がなくなってしまいました。かつて社のあった部分はトタン板でふさがれてはいますが、社の存在を感じさせる“温もり”はまだ残っていました。瑞穂区の屋根神さまもあと二社となってしまいました。寂しいものです。

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・05年1月19日
 屋根神さまを撮っているとこんなことがある。同じ屋根神さまを何度か写真に収めていると情が湧き様々な角度から撮ってみたり、月次祭とは関係ない写真まで撮ってしまうのだ。フィルムの整理をしながら同じ場所の屋根神さまの写真の多さに我ながらへき易しながらもあの現場ではああだった、こうだったなど、そのときの状況をひとり考えてはほくそ笑んだりする。
 瑞穂区平郷町には私にとってお気に入りの屋根神さまがまつられていた。昔ながらの長屋のひさしに隙間をつくり社殿をまつった“労作”でもある。私がひかれた理由はといえば自分が当時住んでいた瑞穂区にある、という単純なものだが、近いからこそ何度か通っているうちに神さまにも愛着が湧き、神さまをまつる近隣の方々とも親しくなっていった。
 特に神さまのはす向かいに住むおばあさんはいろいろな話を聞かせてくれた。屋根神さまの由来やら一年のうちのいつに祭を行うかなど。おばあさんが準備をしている横からファインダーをのぞいていると、「榊がうまく供えれん」と声がかかるや「手伝いますよ」とカメラを肩に掛けていうことをきかない榊の葉を前に向けた。おばあさんがおまつりの準備をしている様子を当時まだ出たてのデジタルカメラで撮った。はじめて一眼レフを買ってすぐに平郷町まで自転車で走っていき、屋根神さまの写真を撮った。その日は月次祭でもないのに。そして今、そこには屋根神さまの姿はない。社殿を備え付けていた隙間をトタン板がふさいでいる。偶然通りかかったときにはすでになくなっていた。一昨年前の話である。近所の人に聞くと「この辺りには昔はたくさんあったんだけど、だんだんなくなってね。ここが一番最後まで残ったけどね」と少し残念そうに話してくれた。
 屋根神さまのある風景はこうして名古屋の街角から少しずつ多くの人に振り向かれることなくひっそりと消えていくのである。

・01年08月01日
 午前6時に訪れたが準備はしてあるものの提灯は出ていなかったが、筆者が引っ張り出して向かいの家のおばあさんに飾り付けしてもらった。
 おばあさんによると、平郷町には以前屋根神さまが13箇所あったが、今はここだけになってしまった。社殿の中はいたみが激しい。宮大工でなければ直すことはできないだろう。
 夏季は午前5時ころ(暑いから)、冬季は6時ころに準備を行う。
 また近所の人はこの神さまのことを「屋根宮」と呼んでいたと教えて下さった。

・00年10月15日
 神さまの向かい側に住むおばあさんの話。
 お供え物は野菜、果物、海の物(コブなど)で、海に感謝、土に感謝の意味がある。熱田神宮には塩と酒を供える。お榊は毎日供える。お供え物は当番が買って自分が下げる。
 平郷町は13組町内会があるが、現在も月次祭を行っているのはここだけ。皆、年寄りばかりなので、屋根神を撤去してしまった。はしごに上がる作業が危ない。年寄りが多くなった。
 作業時間は午前6時半くらいで、午後5時にしまう。あまり朝早いと寝ているひとがいるので、午前6時半くらいには支度するようにしている。屋根神さまの前の道を車が通るので、神さまにお参りしながらケガしたらやっとれん。
 正月に札受けする。出費は自分で、1月の当番が札受けする。
 10月のお祭は名古屋まつりと合わせてやりたい。00年は運良く合致した。地域のお祭と連動してやる。
 昔は平郷町全体にあった。今残っているのはここだけ。しかし消滅は時間の問題。まつりを行うのが年寄りだけ。若いひと関心ない。維持費がかかる。