■干潟と万博と屋根神さま<下>

 さて、今月25日から名古屋市の近郊である長久手町と瀬戸市で愛知万博が開催される。名古屋に住みながらなかなか万博を実感することはできなかったが、開催が迫ってきて連日マスコミの報道の中に万博関連のニュースの露出が多くなるといつしか自分の中でのカウントダウンが始まっていた。かくいう筆者もこの半年間、地元で開催されるこのイベントに関わっていくことになった。日本といえば東京や大阪ばかりが取り上げられているなかで、名古屋を中心としたマチを国内外の人に見てもらいたい、という気持ちが強かった。名古屋に残る消えゆく風景を記録し多くの人々に知ってもらいたいと思っている私にとってこの機会を逃す手はないと思ったのだ。

 じつはご存知の方も多いとは思うが、今回の万博のテーマは「自然の叡智」、そしてサブテーマのひとつが「循環型社会」、万博の柱のひとつとして「環境に配慮した万博」という考え方で推進される。実際に万博会場でこの理想が100%体現できるかというのは疑問であり賛否両論あるが(万博開催そのものが環境破壊であるという指摘もある)、仮にそうだとしても会期終了後の名古屋がどうかわるかが大変楽しみである。環境への配慮として万博で採用される施策としては「パーク&ライド」、「ゼロエミッション」などがあり、ゴミは日常生活以上の分別(9種類)で会場内への外部からの持ち込み(弁当など)も規制される。いざふたを空けてみないことには分からないけれども、実際にはかなりの面倒であると思う。クルマ社会の名古屋では「クルマに乗って行けない=行かない」という人もいるだろうし、パビリオンで長い時間待たされたあげくに面倒なゴミの分別までしなくてはいけないのか、という怒りの声が聞かれるかもしれない。筆者も客として会場を訪れれば絶対そう思うだろう。でも藤前に来てみると、面倒臭いと分かっていながら名古屋人は真面目にやりこなしてしまうんだなあ(もちろんそうでない人もいるけど)、と妙に安心してしまった。

 筆者が小学生のときに開催された筑波科学博(1985年)では子供ながらに各パビリオンで繰り広げられた近未来のショーに胸をときめかせたものだ。一番思いで深かったのは夢の乗り物とうたわれた「HSST」、つまりリニアモーターカーである。ほんの短い区間ではあったが、宙に浮いた車体に身を任せると子供心にこれが未来なんだな、と自分自身のその後の生き方に多少なりとも影響を与えたかどうかは分からないが、その感動の余韻を今でも思い出すことができる。あれから20年、磁気浮上式リニアモーターカーは筑波ではなく少年の故郷・名古屋ではじめて開通した。

 だが20年の歳月でHSSTが夢から現実の乗り物になった半面、人間の生活は科学だけではまかないきれないことも分かってきた。科学が人間の生活を便利にする一方で環境破壊の一助となっている現実。人間同志のつながりも現実から仮想空間に広がりつつあるが、その分地域のつながりも希薄になり、犯罪が多発する社会になった。自殺者数もここ数年は年間3万人以上にのぼる。何かがおかしくなってきている。

 万博はあくまでも理想の追求事業であるが、そこで披露されたひとつひとつが時間をかけながらでも広く普及・定着しなくては意味がない。HSSTがリニモになるだけでなく、藤前を守った名古屋人の心が万博を通して多くの人々にその意味を問うてもらえるようになってほしい。環境を考えるという観点からなら青少年公園よりも藤前がいいと思うが、いくらラムサール条約に登録されていても満潮時に行けばただの海だし、干潮時に行っても単なる泥地には変わりない。派手なパビリオンはなくともそこでは干潟が何かを見て、泥に生きる生物の生きる声を聞き、飛来する鳥を見ながら鳥たちにとっては大切なところなんだと感じることはできる。だからひとりでも多くの人に訪れてもらいたいものだ。

 そして筆者にとって万博のもうひとつの意味は、屋根神さまという存在をさらに多くの人々に知ってもらいたい、という期待がこもっている。雑誌をはじめとするメディアでは名古屋が多く取り上げられている。新空港や万博の開催が拍車をかける。名古屋の景気はトヨタという巨大企業の存在なしには考えられないという「デメリット」もあるが、普段注目を浴びることのないわが故郷に国内外からの視線が集中する(するだろう)この機会をどうにか利用したいものだ。名古屋名物といえば食べ物や名古屋弁ばかりが先行しているような感がある。しかし藤前をはじめ地味だけど先進的かつこの地域独特のものが紹介されても面白いと思う。名古屋人の生活様式のなかでの屋根神さまなんて地味すぎるけど、各媒体で紹介された名古屋を見て関心を持って下さる方にはぜひ知ってもらいたい。それにはまず自分が何をやらなければいけないだろうか。
 万博まであと10日。