名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

名古屋市:中区

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん その二

141130中区御園タブノキ6

伏見通沿いの歩道からタブノキを見上げてみた。

同じ常緑樹とはいえ中央分離帯に植えられたクスノキとはどこか趣が違う。
クスノキの葉は黄緑色で明るい緑なのに対し、タブノキの葉は濃緑色をしており暗い緑である。
そのせいか木が植えられている辺りは明るくても木立のなかは暗く感じる。

タブノキは墓場などにも植えられるため、ひとの死に関わりある木としてあまり好まれないこともあるらしい。
若狭で見たニソの杜は祖先をまつった葬地でもあるという。

幹は根元から二つに分かれており、地上三mくらいの所でくっついている。
ちょうどその位置に注連縄が巻かれ、鉄製のポールが幹と太い枝を支えている。

「昔から白蛇が宿る神木として、また川の船着場の守り神として大事にされてきた」

山形健介著「タブノキ」にはこう紹介されている。
太い幹、そこから伸びる曲がりくねった枝は蛇を想像させる。
また樹幹に空いた洞は、なかに蛇がいてもおかしくない雰囲気を醸し出している。

写真は愛知県名古屋市。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地1

そのクスノキは「クスノキさん」と呼ばれている。

僕が巨樹、なかでもクスノキに関心を抱いてからというもの、熱田神宮や高蔵神社のような大きな神社の境内地に植えられているクスノキから、村上社のように木をご神体にまつる神社のクスノキまで、樹高にしろ尋常でない幹の太さにしろ、そのすごさに圧倒されてきた。

クスノキさんは第二次世界大戦の空襲で燃えてしまったため、幹のなかは空洞になってしまっている。
だからこそ、これまで目にしたどのクスノキよりも異形で異質である。

いまでは隣のクスノキの方が大きくなってしまって、クスノキさんの頭上に枝を伸ばすほどの樹勢だ。
密度の濃い葉に覆われているクスノキさんの姿は、まるで森の奥に住む木霊である。

柵の外側からでもクスノキさんは十分に眺めることはできる。
でも可能ならば近くで見てみたい、樹皮を触ってその生命力を感じてみたい、と思った。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地3

「地図に出てこないのになんで本に載ってるんだろう」

クスノキのある雲龍神社は「中区」の「松原」にあるはずである。
Googleで検索してみると、木の空洞部分に社殿を納めた写真が出てきた。
書店で見つけてから、いても立ってもいられない気持ちで前のめりになっている。
いったん立ち止まりスマホ画面を眺めた。

「松原緑地」

かつて雲龍神社があった場所から神社はなくなり緑地になっているようだ。

僕が名古屋の屋根神さまに興味を持っているときに、おまつりが大変だからといって神さまをなくす現場に立ち会ったことがある。
同じような理由で雲龍神社もなくされたのだろうか、それともほかの理由があってなのだろうか。

栄から歩いて20分ほど。
水主町の交差点東側、高台にある住宅街にそのクスノキは立っていた。
住宅の屋根の上あたりにまで枝が伸びているので場所は簡単に分かった。
緑地は柵で囲まれ入口は施錠されている。
近くで見ることはできないけど、柵の外側からでも十分に眺めることはできる。

それは、幹が空洞になってぽっかり穴の開いてしまったクスノキだった。
立派、を通り越して、神々しい、という言葉がぴったりだった。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140511中区松原緑地4


大須近辺のクスノキを紹介するなら、ここをはずすわけにはいかないだろう。
とはいうものの、僕もクスノキについて知ろうと思わなければおそらく、関心も興味も持つことがなかったのではないかと思う。

そのクスノキ、いや「クスノキさん」を初めて知ったのは、栄にある書店、よく立ち寄る民俗コーナーではなく森林や植物、生物の本が多い自然科学系のコーナーでだった。
とはいえ理科系の専門的で難しいことは分からない。

僕が手にしたのは東海地方の巨樹を紹介する本だった。
目次から愛知県を、そして名古屋市を探し出す。
うる覚えだが、名古屋市内にある巨木の数はそれほど多くはなかった。
でも所在地に「中区松原」という文字を見つけたとき、「近いじゃん」という言葉が反射的に出てしまった。
栄からなら歩いてだって行ける距離である。

場所は歩きながらiPhoneで確認すればよい。
大須方面に歩みを向けながら地図アプリに「中区松原 雲龍神社」と入れてみる。

しかし、なぜか目的の場所は出てこない。

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区大須三輪神社1

同じく大須商店街の北側に位置する三輪神社。

境内社である幸宮社は、社宮司や三狐神社と関連する社でもとは独立してまつられており、「オシャグジさま」と呼ばれていたという。

本殿を参拝して幸宮社に向かおうとしたとき、クスノキの幹に何やら巻きつけられていた。
とはいっても神木を象徴する注連縄ではなく、ハートマークを形どったものと破魔矢である。
縁結び祈願か近くには同様のものがいくつもつるされていた。

クスノキと縁結び? 

いまいちその理由が分からなかったけど、幸宮社になら理由を求められるのかもしれない。

幸宮社の祭神は猿田彦命、「古事記」天孫降臨の場面で、邇邇芸命が天から降臨する際に八衢に立っていた神である。
猿田彦命に言葉をかけた天鈿女命とは後に夫婦となることから、道祖神としてまつられることがある。
猿田彦命が夫婦神であること、社名に「幸」がつくことから縁結びに結びついたのだろうか。

クスノキと縁結びの関係...
今後のテーマである。

写真は名古屋市中区。

※参考文献
蜂谷孝夫「名古屋地方の社宮司信仰」天白川流域研究会 1981

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区大須北野神社4

木はかつてあった風景、町の面影を記憶する。
名木や巨木と呼ばれる木ではなくとも、長い時間を生きる過程で幾世代の人々とともに守り守られる関係を続けてきた。

大須観音の周辺には巨木も含めそこに住む人々の生活に根づいたクスノキがある。
僕の好きな春日神社の、根が肥大したクスノキもそのひとつであるが…

大須観音裏手、角地に鎮座する北野神社は天神さんとお稲荷さんをまつる小社。
提灯や玉垣に周辺のお店の名前を連ねることから察するに、商売繁盛の神さまのようだ。

天神さんの社から入り、手を合わせてからお稲荷さんに向かおうとすると、隅に植えられたクスノキの切り株から若い葉が出ていた。
切り株とはいえ樹皮の間から上へ上へ伸びようとする生命力は迫力がある。
その姿を撮っておきたくてカメラを取り出した。

六月に入り再び訪れると、若い葉はすべてきれいに刈り取られていた…

写真は名古屋市中区。

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区春日神社境内4

根が異様に膨らんだ春日神社のクスノキ。

「根っこはもっと外に伸びたいと思っているようだけど、柱がそれを邪魔しとる。かわいそうに、そのせいか少し弱っとるようなんだわ」

社守のおじさんは枝の先を指差しながら、葉のつきがあまりよくないと教えてくれた。
根に集中した負担が木全体を弱らせてしまっているのだろうか。

おじさんから話を聞いた数日後、再び春日神社を訪れた。

「境内のクスノキの写真撮らせてください」

おじさんは僕のことを忘れてしまっていたようだけど、「いいよ」と快諾してくれた。
根の膨らんだ木の前に三脚を立ててじっくりと撮ったあと、その後方である境内側に回った。

表側は異様な姿をしていても後ろ側はいたって普通のクスノキの姿だった。
根の上にはヒコバエが出ている。
ゴツゴツした短冊上の樹皮とは似つかわしくないスラリと伸びた若い芽は、黄緑色の茎に薄赤い葉をつけている。

このクスノキの樹齢がどれくらいかは分からないけど、たとえ数十年を生きていたとしても毎年若い命が生まれてくる。
年寄りと赤ん坊が同居しているようだ。

写真は名古屋市中区。

※参考文献
名古屋市農政緑地局「生きている文化財 なごやの名木」1987

【愛知・名古屋市】巨木・神木・クスノキさん

140413中区春日神社境内2

「石」から「木」への関心が移っていったものの、僕の心にどうやってクスノキが入り込んだのだろう。

仕事で移動するときにバスの車窓から見える巨木の大半はクスノキだったし、通り抜けることの多い中村公園にはクスノキがたくさん植えられている。
身近にあふれる木、というのはたしかだ...

名古屋市中区。

大須商店街に近い上前津交差点の西側、春日神社の入口左側に特異な形の木がある。
正確には木の根なのだが、あまりにも肥大化して風船のように膨らんでいる。

カフェに行ったりお酒を飲みに行ったり食料品の買い出しに行ったり、大須を訪れるたびに僕はその前を通って膨らんだ根を手で触るようにしている。

樹皮の触感はザラッとしているが、丸みを帯びた膨らみが手に伝わり、なにかいいことありそうだ。

「通りがかりの女の子が不思議がっとるとねぇ、『根っこに触るとオッパイ大きくなるよ』って冗談いったるんだわ」

境内を掃除していた社守のおじさんは笑ってそう話してくれた。

写真は名古屋市中区。

※参考文献
名古屋市農政緑地局「生きている文化財 なごやの名木」1987

【旅の空から】西脇町のくすのきさん。名古屋市中区。

五月晴れ、あまりにもいい天気…

暑すぎず涼しすぎることのない、一年のうちでも貴重なこの時期。
旅好きな僕は、家でじっとなんてしていられない。

名古屋市中区松原。

堀川にかかる日置橋を渡り、北東側を見ると民家の屋根上に入道雲のような緑が飛び出している。
その緑こそ「西脇町のくすのきさん」と呼ばれる楠である。

名古屋市熱田区の我が家を七時五十分ころに出発。
家の前を通る通称「江川線」を北に向かって歩き始めた。
三十分ほど歩き日置橋へ。

「くすのきさん」が立っている場所は、以前「雲龍神社」としてまつられていた。

いまから十年以上前のこと。
名古屋市がくすのきさんを含む周辺の市有地を開発するため伐採計画が浮上した。
しかし周辺住民から伐採反対の運動が起こり、市側は伐採を断念、「松原緑地」として市が管理することになった。

そのため祠など神社関連の施設は取り払われ、普段は柵が閉じられている。
唯一、毎月第二日曜日に近隣の有志が掃除を行うときに柵が開けられる。

じつは先月、四月にも中を見せていただいた。

第二次大戦の空襲時の焼夷弾によって幹の中心を焼かれてしまったくすのきさん。
その姿は痛々しいが、不思議なことにいまも青々とした葉を茂らせている。
しかし掃除をしている横で写真を撮るのは気が引けたので、今月は軍手持参で訪れた。

楠の葉は春に新芽が出ると同時に古い葉を落とす。
竹ぼうきや熊手で落ち葉をかき集めゴミ袋に入れる。
最初は勢いよく熊手を操るがすぐに腕が痛くなる。
明日は筋肉痛になるな、と思いながら落ち葉の山を作る。
普段自然と触れ合う機会がないだけに、疲れはするが、意外と面白い。

「まあそろそろやめてよ」

掃除を主導する愛護会の方の一言で今日はここまで。
それから柵を閉めるまで僕は写真を撮らせていただいた。

名古屋市の資料によると、現在名古屋市内にある楠で一番の巨木は熱田神宮境内にある大楠である。
西脇町のくすのきさんは幻の名木として、「失われた木」という扱われ方をしていた。
確かに空襲でできた洞は痛々しいけど、枝ぶりは立派でまだまだその樹力は健在である。

先ごろ熱海で見た大楠も立派だった。
しかし自分の足元にもまだまだ知らない巨樹が多く存在しているかもしれない。

そう思うとこの五月晴れが一段と愛おしく思われる。

【愛知・名古屋市】石神に名古屋の道祖神を見た... わが名古屋の道祖神考

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大須商店街のアーケードを出て中公設市場を北側に進むと三輪神社が見えてくる。

本殿に参拝し、右手に目を移すと「幸宮社」の石柱が立っている。
奥にある横長の社殿には幸宮の祭神である猿田彦命が秋葉社と津島社とともにおまつりされている。

大正時代に編さんされた「名古屋市史社寺編」によると、幸宮社はずばり「おしゃぐじさん」(シャグジ)であるという。

「さちのみや」と呼ばれているようだが、「幸」を「さい」と読めば、文字と祭神の共通性から京都の出雲路幸神社(さいのかみしゃ)と重なる。

勧請した小林城主牧長清は奈良出身、京の幸神社の存在を知っていても不思議ではない。
幸神社の祭神も猿田彦命で、しかも縁結びにご利益ありとしている。

そういえば幸宮社の手前のクスノキは縁結びにご利益があるということで、かわいらしいひもがたくさん結びつけられていた。

幸宮社の「幸」はサイノカミ、つまり道祖神に連なる「さい」であるとも考えられる。

シャグジと道祖神がかすかにつながる気がしてきた。

写真は愛知県名古屋市。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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