名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

名古屋市:北区

【FATBIKE漫遊記】FATBIKEで訪ねる…サドルから見た風景

150104北区清学禅寺1

いったん庄内川を離れ、堀越の白山社から東に向かってFATBIKEを走らせた。

路地の奥に「樹下の石仏」のような光景を見たのは一週間前、ギックリ腰になった当日のこと。
いたむ腰をかばいながら仕事に出かけ、仕事を終える前に普段行くことのない北区内でバスに乗ったとき、何気なく車窓から外の風景を見ていると大きなクスノキの姿が目に映った。

路地の奥、瓦屋根の立派な建物と並ぶように立つクスノキは、距離のあるバス通りからでも、緑の葉がこんもりとブロッコリーのように生い茂っているのが分かる。
木の下には石塔のようなものが見えたので、近くのバス停をメモ書きしておいた。

自転車を走らせたどり着いたのは「清学禅寺」という名のお寺だった。
入り口西側にお地蔵さんや庚申塔、祠などをまつる空間があり、その上をクスノキが覆っていた。
整列した石仏はなんらかの都合でこちらに集められてきたようである。

クスノキは車窓から見た通りの樹勢で胴回りも太く、枝葉が傘になって石仏を守っているようだった。

写真は名古屋市北区。

【第3刷】北区内屋根神分布一覧

 市内屋根神一覧「名古屋市北区」をUPいたします。先に公開した分布一覧表同様、2006年のデータを基準に作成しており、「北-1」等の番号は「屋根神」写真の番号と連動しています。所在地は丁目までの掲載となります。

★「名古屋市北区内屋根神分布一覧」はこちらから。

<更新情報>

・第3刷発行[11/9/1]
「北-8」:北区清水の神さまを追加しました。この社は「屋根神文化フォーラム」の三谷さまより教えていただきました。ありがとうございました。

・第2刷発行[09/2/1]
「北-7」:北区平安の神さまを追加。この社は「屋根神文化同好会」の小林さまに教えていただきました。ありがとうございました。

【町内社】北区清水/北-8

110901北区清水白龍1

北-8
所在地:名古屋市北区清水
    Nagoya-shi Kita-ku shimizu
祭 神:秋葉・伊勢・津島
場 所:堂内
向 き:東
祭礼日:正月・大祭(5月)
氏神社:杉の宮
地 図:北区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ:白龍夫婦竜神内

・11年9月1日
 知り合いから「北区に屋根神さまがある」という情報を得たので、大雨が降りしきる中、現場に行ってきました。場所は地下鉄黒川駅の南東、北区役所の東側。付近には高速道路のインターチェンジや大型のパチンコ店など、一見すると大きな“箱物”が多い印象ですが、東には旧稲置街道や城東通も通っており、通りをはさみ住宅地が連なる地域でもあります。
 目指す屋根神さまは「白龍夫婦竜神」と染められた白い幟が建ち並ぶ小公園の隣、朱色の鳥居が立つ堂内にあります。初めて訪れると白龍さんと間違えたのかなと思ってしまいそうですが、正面右側を見ると地面から数十センチ上に三社用の神棚が置かれており、さらに社の上には向かって左より「秋葉神社」「天照皇大神宮」「津島神社」と書かれた三つの札がかけられています。到着したのはちょうど午前8時くらいで、写真を撮っていると後ろ側で何やら話し声が聞えてきました。振り返ると堂の入口付近に女性たちが集まってきました。白龍さんの当番のようです。

110901北区清水白龍3

「昔はね、北側の角の木の中に小さな石のようなものが入っていて、それが白龍さんだったと記憶してます。いまではこうして立派におまつりされるようになりました」
「ここに来てから、もう10年のようになるかね」
 この白龍夫婦竜神は「三北町内会」が維持・管理しているそうです。そのためかこの堂の主神である白龍さんについては当番のひともそれなりに知識として知っているようですが、私の知りたい三社については「よく分かりませんね」とあまり芳しい答えは帰ってきませんでした。
 堂の掃除を済ませると白龍さんの名前の書かれた提灯を二張り左右に吊るし、供え物をして各自お参りします。三社の神さまの神前には榊、お神酒、塩などが並びました。再び写真を撮らせてもらってからもう一度三社の神さまについて尋ねました。
「確かね、むかしはどこかの家にあったような気がしますけど。ここを作ったときに一緒におまつりするようになったみたいです。いまでも一年に一度はお札を受けにいきますよ。おまつりは5月の大祭のときとお正月にね。神主さんに来ていただいてお祓いもしていただいております。だいたいどこの町内もこうした神さまはおまつりしているんじゃないでしょうか。南には屋根神さまありますよ」
 残念ながら、こちらの神さまのルーツが屋根神かどうかは分かりませんでしたが、かつては白龍さんとは別の独立したほこらとして町内、もしくは隣組でおまつりしていたのかもしれません。
110901北区清水白龍2110901北区清水白龍4

【ことば】せちがらい世の中だね...

「せちがらい世の中だね」


--解説--
「供え物のスルメがなくなっているときがあるよ」と話してくれた当番のおじさんが、ひそひそ声でいった。
名古屋市北区/2001年9月

【屋根神】北区平安/北-1

北-1











北-1
所在地:名古屋市北区平安
    Nagoya-shi Kita-ku heian
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:壁面
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・天王祭(6月)
氏神社:六所社
地 図北区の屋根神さま所在地(Google マップ)
メ モ

・11年7月1日
午前7時10分ころに到着すると、社の手前の供え台にナスやカップ酒が三方の上ではなく直接台上に置かれていた。提灯の飾りつけもない。以前撮影にうかがった際に話を聞いたメッキ屋さんで働くおじさんに会ったのであいさつを兼ねて話を聞くと、祭礼らしき祭礼は行っていないという。「やるひとがおらんでよう」。
おじさんによると現在は1、15日の月次祭といえどかつてのように飾りつけどころか祭礼自体行っていない。また6月末に六所社の神主にお祓いを依頼していた天王祭もやらなくなったという。なお提灯を出すのは「正月とお盆くらいかな」といわれたが、お盆というのは8月15日のことか、来月にぜひ確認してみたい。
この神さまは、現在は「北区平安」に町名変更されたが、かつては古径町という町内でまつられていた。筆者が屋根神さまを探し歩いていた10年前には神さまのまつられているメッキ屋さんを中心に北側や西側は長屋が立ち並んでいた。天王祭には紅白の提灯を長屋の軒先につるし、にぎやかだったという。筆者が訪れたころにはすでに提灯ををつるす行為自体は廃れてしまっていたが、それでもまだ長屋は多く一帯は下町の風情を醸し出していた。しかし10年をへた現在では、西側と北側の長屋は取り壊され駐車場になっている。しかも年々その範囲が広がっているように感じられる。さらに駐車場になっていない建物も玄関部にはベニア板が打ち付けてありひとが住めるような状態ではない。前述した天王祭の提灯つるしはいまとなっては夢物語のようである。

・07年6月29日
 本日は北区平安の屋根神さまで夏季の祭礼を行うという情報を聞いていましたので、午前7時過ぎに現地に到着するよう家を出ました。天気予報によると雲のち雨ですが午前中は大丈夫とのことで、これは運がいい、と勇んで出発。現地には30分ほどで到着し壁面に張り付くようにしてまつられている社殿を見ると、まだ飾り付けは行っていないようです。ここでしばらく待っていればいいと思っていたところ、以前撮影の際にお会いした方が見えたのであいさつをしました。
「今日こちらで夏の祭礼があると聞いたのですが」
「ああ、昨日やったよ」
「えっ、でも以前氏子総代の方から29日にやるって聞いたのですが」
「おかしいな、でも昨日神主さんも来てやったけど」
「....」
もうこれ以上、書いても仕方ないでしょう。
実際のところ祭礼は昨日(28日)にやられたそうです。
町内の神さまの写真を撮るということは、町内の事情にも十分精通していなくてはならないということでもあります。

・02年06月30日
 大祓ということで訪れたが、曇天であるからか飾り付けは紫幕、榊のみで、提灯やお供物はなかった。ちなみに当日は下飯田六所社の祭礼日であり、夕方から茅ノ輪くぐりが行われる。例祭は10月10日。

・01年09月01日
 当番は3年に1度回ってくる。提灯は上げたり上げなかったりする。筆者が訪れたときはわざわざ上げてくださった。

・01年08月01日
 当日は提灯なし。提灯飾り用の木枠は新調したようだった。月次祭以外では6月30日、12月30日の大祓と7月には氏神である六所神社のお祭り時に飾り付けを行う。昔は違う場所にあったが、昭和55年に脚台を設置した。社殿は戦前から存在していた。第二次世界大戦以前は盛大にお祭りをおこなったが、現在では高齢者が5〜6人集まるのみ。話をしてくださった方は「昔は紅白の幕や提灯を飾っていたこともあった」と往時を懐かしんでいるようだった。また以前は各町内に1社ずつあったが、現在ではまつる場所が少なくなったので廃社したところが多い。

【町内社】北区下飯田/北-番外

090715北区下飯田町38c








北-番外
所在地:名古屋市北区下飯田町  
    Nagoya-shi kita-ku shimoiidamachi
祭 神:津島神社
場 所:台上
向 き:南
地 図
祭礼日:7月15日
氏神社:六所社
メ モ

・09年7月15日
 下飯田町におまつりされている天王社です。毎年7月15日の天王祭では笹と提灯で社を飾り、また社前にはやぐらが組まれ、訪れた子どもたちのおでこに朱色の点をつける「赤丸神事」が行われます。近所にある屋根神さま(北-5)の撮影で初めて訪れた2001年には出店があり、また社の周囲を大勢の人が囲んでにぎやかだったのを記憶していたのですが、今回は何となく参拝客が少なくなったような気がしました。
 このおまつりは元は「川まつり」といっていたそうです。社のある観音寺の前に川が流れていました。ちなみにいまでも「彩紅橋」「芦辺町」(葦が生えている沼地だった)など川にちなんだ地名が残っています。

090715北区下飯田町37c090715北区下飯田町36c

【屋根神】北区下飯田町/北-5

090715北区下飯田町2








北-5
所在地:名古屋市北区下飯田町
    Nagoya-shi Kita-ku shimoiidacho 
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:屋根
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・下飯田天王社祭礼(7月)
氏神社:六所社
地 図北区の屋根神さま所在地(Google マップ)
メ モ

090715北区下飯田町14








※社の左側には寄進者の名前が書かれた板が張ってあります(明るく画像処理してあります)

・09年7月15日
 写真を交換しました。
 下飯田町天王祭に合わせて屋根神さまも飾りつけを行いました。午前9時ころに町内の方が出てきて、獅子を飾る班と提灯を吊るす班に分かれます。紅白の提灯をひもにつるし電球を入れて屋根神さまを囲むように電柱につるします。吊るし終わると屋根神さまの飾りつけです。社の前に笹を立て、真中に紅白の提灯を三つ吊るします。社へは三社の提灯とお供えははしごに上り神前に供えます。
 下飯田天王社の祭礼は午後6時ころから始まり、屋根神さまを囲む提灯に火が灯るのは暗くなった午後7時ころ。近所の方いわく「きれいになるよ」。

090715北区下飯田町27090715北区下飯田町1

  午後7時ころに訪れると、屋根神さまを囲むように取りつけられた提灯にあかりが灯されました。「今日は午後8時か9時ころまで、つけとりますよ」
090715北区下飯田町46c090715北区下飯田町59c









・02年7月17日
 毎年この時期に各地で行なわれる天王祭。厄除けの津島神社をまつる屋根神さまにとっても欠かせないお祭りのひとつです。北区下飯田で行なわれる天王祭は地域にある天王社を中心に祭礼を行なう一方、屋根神さまもお供えをはじめ赤い提灯で飾られます。この屋根神さまをまつる家の北側には以前小川があり、その「川まつり」をこの時期に行なっていたといいます。お天王さまは厄除けと同時に水の神さまでもあるので、そこから天王信仰が深まっていったのかもしれない、と近所の方は話して下さいました。

北-5












・02年07月15日
 前日に引き続き当地を訪れる。今日は天王祭当日で観音寺横の天王社にはやぐらが組まれ、出店も何店か目にした。やぐらでは夏病みを防ぐために小さい子の額に赤い点をつける「赤丸神事」を行っていた。近くで警備にあたっていたおじさんに聞くと、下飯田の天王祭は100年ほど前から行われている祭で、下飯田という郷の祭であるという。屋根神さまが組を単位としているのに対し、こちらは下飯田一円の祭である。関係者を見ると六所社と書かれたはおりを着ている。聞けば天王社を移動させようとした人に災いがおこったので、六所社とは別にこの位置でお祭りしているのだという。ちなみに六所社にも「下飯田天王社赤丸神事」というはり紙があった。ここでも屋根神さまのことを聞いたが、昨日以上の話は聞けなかったが、この地区だけでもかなりの数の屋根神さまが存在していたようだ。

 その後、雨が降りそうになったので屋根神さまの写真を撮りに行く。近所の方が見守る中の撮影であったが、いろんな質問をされたり、きれいに撮れたら一枚持ってこいよなどと気軽に声をかけて下さり、気持ちに余裕を持って撮影にのぞむことができた。当日も前日と同じく屋根神さまにはお供え、紫幕、提灯の飾り付けがあり、夕方のせいか提灯に灯がともっていた。通例では午後10時ごろまでお供えをし片つけるのだそうだが、台風が接近しており雨が降りそうなので早めに片つけるとのことだ。また別の方に聞くと、何年か前は屋根神さまのある通りはちょっとした商店街で、現在コミテ(コミュニティーセンター)があるところは市場だったそうだ。さらに屋根神さまのある家は銭湯だったという。現在は改築して人が住めるようにしてあるが、家自体が長めに作ってあり往時を忍ばせる。

 なお、秋には六所社の秋祭りにあわせて屋根神さまでも簡単にお供えが行われるとのこと。日時は10月10日。


・02年07月14日
 屋根神さまがまつられている向かえの家である、うどんやさんと隣の家の方にうかがった。
天王祭は毎年7月14、 15日の2日間(曜日に関係なく)で行う。普段は社殿下にお供えを飾るが、祭の日には社殿に上りお供えをするという。お供えには、お神酒、榊、野菜などのほかに、津島神社の名物「あかだ、くつわ」を供える。理由は不明だが、津島神社に札受けに行ったさい毎回買ってきてお供えするのだという。
 通常の月次祭では飾り付けは1日のみ行う。祭祀は組単位で行っている。昔は付近に川が流れており、川の南側(屋根神さまが祭られている側)を石橋組と称しており、屋根神さまは石橋組の神様であるという。ちなみにこの地区では天王祭を「川祭り」と呼ぶ。社殿は戦前から存在しており、現在二代目が守っているとのこと。70年以上たっているとのことだが、百年はたっていないと言っていた。一年のお祭りは夏祭りと秋祭りであったが、現在は秋祭りは行っていない。飾り付けを行うのは夏祭り(川祭り)の時だけだ。笹に紅白の提灯をぶら下げて夜になると灯をともす。笹は1本1260円する。以前は近辺に屋根神さまがいくつもあったが、今ではここだけになったという。
 また、うどんやさんと隣の方は「時々話を聞きにくる人はいるけど、若い人が来たことはないので、びっくりした」と言った。

・02年06月30日
 六所社のお祭りなので関連があるのではと思ったが、飾り付けところか何もなく、社殿前には車が止まっている始末。六所社で聞いたところ、天王祭は毎年7月15日に行われる。中心となるのは下飯田観音寺横に設置されている天王社。祭神は津島神社のみ。社殿は台上に設置され玉垣は朱色に塗られている。場所柄、守山区矢田川付近に設置されている天王社とのかかわりを考えたが、詳細は不明である。

・01年01月02日
 1月2日は提灯飾りがあった。以前月次祭に訪れたときはなかった。

 正月飾りは鏡餅とお神酒、野菜など。しめ縄にお札。近所の方に聞くところによると、約70年以上まつっており、現在は一組約70戸で守っているとのこと。

【屋根神】北区平安/北-7

090201北区平安







北-7
所在地:名古屋市北区平安    
    Nagoya-shi kitaku heian
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:神域内台上
向 き:東
地 図北区の屋根神さま所在地(Google Map)
祭礼日:月次祭
氏神社
メ モ:「報徳町々内會」

【屋根神】北区清水/北-4

北-4














北-4
所在地:名古屋市北区清水
    Nagoya-shi Kita-ku shimizu
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:屋根
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・杉の宮祭礼(5月)
氏神社:杉の宮
地 図北区の屋根神さま所在地(Google マップ)
メ モ

・07年5月14日
 5月14、15日、北区清水界隈では氏神である「杉の宮」の祭礼が行われます。以前、清水の屋根神さまを撮影した際、祭礼に合わせて屋根神さまも飾り付けを行うという情報を得ました。
 そこで本日、現地に向かい準備を待ったのですが、なんと、昨日に終わったとのこと。神社の祭礼とは別に町内会のお祭りが第2土、日である、12、13日にあったそうです。子どもたちの休みの関係で土日に開催するようになったそうですが、屋根神さまの飾りもそのときにやったとか。「普段の飾り付けに加え笹に紅白の提灯を釣り下げてね」、と話をして下さったのは、前回撮影の際に神さまにまつわる話をして下さった近所の方。でもそれを知ることができただけでも収穫です。また来年、それまで屋根神さまを大切に守っていただきたいものです。

北区清水

【屋根神】北区水切町/北-3/廃社

北-3:廃社











北-3
所在地:名古屋市北区水切町
    Nagoya-shi Kita-ku mizukiricho
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:家と家の隙間
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭
氏神社
地 図
メ モ:廃社

・02年09月15日
 当日は午前4時に起床し、4時半ころ栄生を出発した。9月に入り日の入りがだんだんと遅くなり出発時は早朝というよりは深夜のように真っ暗闇であった。現地には午前5時少し前に到着した。
 現場で30分ほど待機し、うす暗くなった5時半ころ準備の方がやってきたので、話を聞きながら撮影を開始する。現在水切町6、7丁目の50軒ほどでまつっており、当番は一回制。つまり一ヶ月に2回交替する。当番は提灯や三方などの入った箱を回す。最初に出てきたおじいさんによると1年に1回ほど、おばあさんによると3年に1回ほどまわってくるという(しかし、計算すると2年に1度くらいではないかと思われる)。
 社殿は昭和40年ころ(メモ間違い?)から存在するといわれ、長家の家と家の間に渡された2本の柱の上に東向きで設置されている珍しい形態である。地上1.5mくらいの高さでお供えをする際にははしごを使わなくてはならない。
 祭祀方法は、まずほうきで社殿のほこりを軽く払い紫幕をかける。そして提灯を掛け榊を交換、三方にお供物をしてお神酒、洗米、塩を供える。
 祭神は秋葉、熱田、津島の三社で、当地での呼称は「氏神さま」である。正月の札受けは町の役員が行う。「氏神」さまを中心とする祭は行われていない。
 また祭りをおこなっていたおばあさんは「ここらにはもっとたくさんあったのに、だいぶ減ってしまった。うちはていねいにお祭りしていますよ」といわれ、撮影終了後には「ありがとう、ごくろうさま」という言葉を残してくれた。



・02年8月15日

 午前4時50分現地到着。杉村小学校すぐ裏手の長屋の間。当番の方によると「昭和40年」「6、7丁目」「50軒」「一回交替」「氏神さま」。
 祭神は秋葉、熱田、津島。町の役員が札受けする。町のまつりはここではやらない。戦時中も焼けなかった。

・01年08月01日
 近所の方の話によると、社殿自体は第二次世界大戦以前からあったのではないかとのこと。氏神なので(?)この地域の人々で守っている。屋根神さまを設置している家が焼けなかったので残っているから神さまも残った。しかし、家を壊すときには一緒になくなるのではないか。同時に守る人もいなくなるので。現在は当番制でまつっており、午前6時ころに準備する。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
お願い
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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