名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

資料集

【資料】西春町史 民俗編2

資料名:西春町史 民俗編2
著 者:西春町史編集委員会
発行所:西春町
発行年:1984年
入手先:愛知県図書館にて閲覧

コメント:図書館で探し物をしていた際に、屋根神さまに関する記述を偶然見つけました。名鉄犬山線沿線で屋根神という形態が見られるのは名古屋市外では犬山くらいかと思っていたのですが、西春にもかつて存在していました。残念ながら現在は下に降ろされて、地域の神社になっているようです。祭神は稲荷社と秋葉社の二社。
 「中二階の軒にある屋根神は、弥勒寺出町に一軒あった。大正八年ごろ、弥勒寺北屋敷から移り住み、個人でこれを祀っていたが、昭和初年には出町の氏神として」地上に降ろされ、神明社となったと書かれています。ちなみにこの神さまをまつり始めたのは魚住金之助という人物だそうです。
 この記述を見る限りこの屋根神はもともとは個人宅でおまつりしていた屋敷神だった。屋根神(この場合は軒)という形態ではあったが屋根に存在していた当時は私的な神さまだったが、下に降ろされてはじめて地域の神さまになった。地域の神さまをまつろうにも場所がなく仕方ないから屋根へと始められた名古屋の屋根神さまとは成り立ちが違います。名古屋市内とは起源が異なっているとしてもこのような神さまが西春町に存在していたということは確かです。現在はなくなっていたとしても以前はそのような形態の神さまは、県内の方々に存在していたのかもしれません。名古屋だけにこだわっていては見落としてしまう視点をこの本によって教えられたような気がします。

【資料】大垣市史

資料名:大垣市史 民俗編
著 者:大垣市
発行所:大垣市
発行年:2008年
入手先:大垣市文化事業団

コメント:ここ数年刊行される自治体史においてその地域に残る屋根神を取り上げるケースが目立ってきました。名古屋市史はもちろん、関市史や旧新川市史にも見られ、今後、刊行予定の愛知県史にも屋根神さまが掲載されることでしょう。
 図書館に行き、ひとむかし前の県史や市史をあさってみても屋根神さまのような小祠についての記述はまず見られません。記述者にとっても、当たり前のように存在しそれほど珍しいものでもなく調査研究する価値を見い出せなかったからではないだろうか、と思います。逆に関心の高い執筆者の存在により忘れ去られたものに光が当てられることもあるのではないでしょうか。
 「大垣市史」民俗編にも屋根神さまについての記述がありますが、執筆されたSさんはまさに非常に「関心の高い執筆者」です。Sさんとは2005年に私が大垣市宮町祭礼の撮影を終えて市史編纂室を訪れたとき以来、大垣市内の状況を教えてくださったり、追加情報をお送りしてくださるなど、何かと気にかけてくださっている方です。屋根神に関して幅広い知識(もちろん屋根神以外の民俗一般にも造詣が深い)を持ち、「歴史と文化の交差路 大垣を歩く」や「旧街道宿場建築紀行」などにも屋根神関連の記事を書かれています。
 市史では同市宮町と船町の社を中心に紹介しています。かつては屋根神の多かった同市内もいまでは二社のみ(もう一社類似した形態の社もある)ですが、水路上に社を置くことが「水都・大垣独特の祭祀形態」と言及しているところが興味深い。
 自治体史といってもどれほどの人の目に触れるものか分かりませんが、それを行政の関心度のバロメータとすれば、記事掲載という行為自体が関心のあらわれ、といえるでしょう。もちろんそれが記録だけでなく保存や伝承という方向に発展すれば、なおうれしいことです。今後も各地の市史や県史で屋根神さまが取り上げられることを切に期待します。

※詳しくは「大垣市史編さん室」のホームページをご覧下さい。

「西区の屋根神さまマップ」は今...

西区の屋根神さまマップ












 西区役所が7年前に製作・発行した「西区の屋根神さまマップ」に関するお問い合わせが相次いでいます。もしかしたら西区役所に直接お尋ねになった方もいらっしゃるかと思いますが、現在すでに在庫はなくなり、また新しく製作する予定もないとのことです。

 この冊子は平成13年(2001年)発行ということもあり、年々屋根神さまが減少しているいまとなっては情報が古く、更新が望まれるところですが、区役所側は「予算がない」とのことで発行できない状態が続いております。

 今後は新しい情報を掲載した冊子の発行に向けて何らかの手段を取りたいと考えていますが、先立つものがなく、また私ひとりの力ではどうしようもない、というのが実状です。

 ただ、11月1日開催の「第2回屋根神ウオーク」では当日配布するウオークマップの中で、地図に掲載できる地域に限りますが、最新の屋根神さまの所在を示しております。ウオークマップは当日以外、町歩きの際にも使用できるよう作っておりますので、ぜひご活用ください。

【資料】多治見市史

資料名:多治見市史 通史編(上)
著 者:多治見市
発行所:多治見市
発行年:1980年
入手先:多治見市図書館

コメント:日本一暑い町として有名な多治見市。その暑さがメディアで取り上げられるころ、市内では「ちょうちんまつり」や「祇園祭」と呼ばれるおまつりが開催される。7月12日は土岐川北部の「長瀬」側で、16日は南部の「多治見」側で、赤いちょうちんをつり下げた笹が道路沿いに何本も飾られる光景を目にする。このまつりの主人公はなんといっても市内に多数まつられている津島神社である。多治見には「屋根神」という言葉自体は存在しないようだが、軒や屋根、新しいものだとステンレス台の上にまつられている。祭礼日には高所から下に降ろして祭壇を作り、ちょうちんの飾り付けやお供えを行う。午前中にお祓いを済ませ、夕方ころからちょうちんに明かりをともし近所の人々の懇親会となる。ではなぜ、多治見にこうしたほこらが多くまつられているのかという疑問を解くために図書館に赴き手にしたのが本書である。しかし、津島信仰や祇園信仰については書かれているが肝心の、なぜ多治見に、の部分が残念ながら欠落している。名古屋と同じで、あまりにも身近なものなので、深く追究する人がいないのだろうか。そういえば、「多治見」側をほこらを探し歩いていたとき、多くの人から「ご苦労なことだね」と呆れられたような表情をされた。当たり前と思っているものがなくなってしまうのが今のこの社会である。名古屋をみればよく分かる。

【資料】美濃街道の東枇杷島周辺の「屋根神さま」

資料名:美濃街道の東枇杷島周辺の「屋根神さま」
著 者:高阪実
発行所:自刊
発行年:1980年(撮影)
入手先:著者寄贈

コメント:枇杷島に住む高阪さん(通称:先生)がまつられている屋根神さまを撮った写真。1980年の元旦に撮影したもので、現在はまつられていた家屋を新改築したためすでに写真の形態では残っていない。現在ではこの写真でしか確認できない。大変貴重な写真である。

【資料】西区の歴史

資料名:西区の歴史
著 者:山田寂雀
発行所:愛知県郷土資料刊行会
発行年:1984年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

コメント:西区は屋根神さまが市内でも一番多く残る地域であるので、それを期待して本書を手に取ってみた。貴重な写真が掲載されており取り扱いページ数も多い半面、調査結果や天王信仰を起源としている点などは芥子川氏の著書から多くの影響を受けている感じがした。

【資料】日本の民俗23 愛知

資料名:日本の民俗23 愛知
著 者:磯貝勇/津田豊彦
発行所:第一法規出版
発行年:1973年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

コメント:愛知県内の民俗事例について短くコメントしている。著者の津田豊彦氏は名古屋市史の民俗編を監修しておられる。屋根にある理由を「明治になってから道路整備のためほんらい地上にあったのを屋根の上にあげたなどといわれているが...」と引用ではなく、津田先生自身の考察が述べられている。

【資料】写真で見る民家大事典

資料名:写真で見る民家大事典
著 者:日本民俗建築学会
発行所:柏書房
発行年:2005年
入手先:愛知県図書館

コメント:日本各地で育まれてきた民家や家に関係する諸々が収録されている。屋根神さまは、「民家のまつり」の中で岡本大三郎さんが昔の写真とともに執筆している。写真は既になくなってしまった東区裏筒井町と中区丸の内の二枚。撮影年は1980年とあるので、既に三十年近く前の貴重な写真である。屋根神さまのほかにも「荒神さま」や「火の神」など火に関する信仰についての説明もある。

【資料】名古屋長者町誌

資料名:名古屋長者町誌
著 者:名古屋長者町織物協同組合
発行所:名古屋長者町織物協同組合
発行年:1950年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

かつて私の写真展に来て下さったお客さんから教えていただいた資料。長者町は繊維の町として栄えたが、最近はシャッターがしまったところが多くなった、かと思えばオシャレな若者向けの店が増え、新旧混合の雰囲気が漂っている。

長者町も碁盤割りの城下町にあり、本書を見ると「戦災前の長者町通居住者」の図中、「下長者町一丁目」「下長者町二丁目」「下長者町三丁目」「下長者町四丁目」にそれぞれ「屋上祭神」(恐らく屋根神さまのことだろう)がまつられていたと記されている。同じ頁に掲載されている戦後版を見ると神さまは見当たらない。戦災により焼かれてしまったのだろう。この図を持って実際に歩いてみたが、もちろん現在では見当たらない。

戦災にあう前は市内各地でこういった形でまつられていたのだろう。芥子川律治さんにはその著書の中で戦前は千社をこえる屋根神さまがまつられていたのでは、と述べられている。またこれを見ると町内に路地や行き止まりの空間がいくつか見られる。いわゆる「閑所」だろう。戦後版には見られない。日常の些細な風景をも戦争は奪ってしまうということだ。

【資料】西区70年のあゆみ

資料名:西区70年のあゆみ
著 者:名古屋市西区役所
発行所:名古屋市西区役所
発行年:1978年
入手先:名古屋市鶴舞図書館
コメント:西区は2008年に区制100周年を迎えるが、本書は30年前、区制70年時に書かれたものである。屋根神さまに関しては「史跡と文化財」の項に掲載されている。文章は紹介程度だが、屋根神さまが、西区内に多い「史跡」であり「文化財」であるという認識を当時から区役所が持っていたという事実は大変うれしいことである。名古屋の屋根神さまは西区なしには語れないということをもっと広く知ってもらいたいと思う。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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