名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

区分:屋根神

【屋根神】中村区名駅南/中村-7/廃社

中村-7











中村-7
所在地:名古屋市中村区名駅南
    Nagoya-shi Nakamura-ku meiekiminami 
祭 神:秋葉・熱田・津島(*)
場 所:台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭
氏神社
地 図中村区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ
備 考:(*)山地英樹著「なごやの屋根神さま」参照

・12年4月5日
廃社を確認しました。

【屋根神】東区黒門町/東−6/廃社

110901東区黒門町2-1









東-6
所在地:名古屋市東区黒門町
    Nagoya-shi higashi-ku kuromon-cho
祭 神:秋葉・熱田・津島(*)
場 所:軒下
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭
氏神社
地 図東区の屋根神さま所在地
メ モ:(*)岡本大三郎調査「屋根に上がった小祠」参照

・15年4月2日
廃社確認。

・11年9月1日
 久しぶりに訪れました。周囲は9年前に比べて古い木造家屋が減り、マンションや新改築された建物が目だちました。神さまは中の神棚が新しくなったようですが、外側・ガラス扉の可動部分が少し傷んでいるように見えました。お供えには三方にピーマンとサツマイモがドーンと載せられていました。提灯はなし。写真変更しました。
110901東区黒門町2-4110901東区黒門町2-3








・02年1月2日
 おそらく昔は閑所奥にまつられていたのではないだろうか。比較的新しい神棚がガラスケース内に納められている。正月飾りはしめ縄と鏡餅。
東-6

【屋根神】千種区山門/千種-3

110801千種区山門5


千種-3
所在地:名古屋市千種区山門
    Nagoya-shi chikusa-ku sanmon
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:壁面
向 き:南
地 図千種区の屋根神さま所在地
祭礼日:正月・月次祭・秋祭(10月)
氏神社:城山八幡宮
メ モ

・11年8月1日
 5年ぶりに訪れました。夏になると「覚王山の屋根神さま」に会いたくなります。2002年には旅館に泊まり、2006年には新しくなった神さまを見に行きました。ちなみ本日は7時半ころに準備の方が来られましたが、「10時になったら提灯とお供え持ってくる」といわれたので、コーヒーを飲みながら待機。10時少し前に当番の方が来られました。高齢者が多くなったので新しい社は少し低く設置したそうです。「前は上のパイプのとこまであったよ」。新調されて5年たっているようですが、外ブタのおかげで、社のなかはとてもきれいでした。
110801千種区山門1110801千種区山門3110801千種区山門4110801千種区山門2


・06年8月15日
 8月15日、お盆真っ盛りのこの日、久しぶりに千種区山門町の屋根神さまを訪れました。山門町の屋根神さまは覚王山・日泰寺の参道脇にまつられており、以前仕事で近くを通った際に社殿が新しくなっているのを発見、一度訪れたいと思っていました。当日は午前6時半ごろに現地におもむき約二時間を神さまの下で待機していました。このところ祭祀時間が遅めか事前に把握しているところが多かったので、二時間待機というのは本当に久しぶりです。

 ところで新しくなった屋根神さま。きれいになった以外に、以前の社殿と比べてどんなところが新しくなっているのでしょうか? 待機中に近所の方からお聞きしました。

「新しくしたのは今年の5月15日、向かいの旅館(酒井屋旅館)のご主人が寄贈して下さいました。新しくした際に社殿の位置を少し低くしました。ハシゴに上ってまつることが負担になりましたからね」

 よく見ると社殿後方の少し上に以前まつっていたことをうかがわせる跡がくっきりと見えていました。

 ちなみに以前撮影した2002年の9月15日、私は向かいの旅館である酒井屋旅館さんに宿泊して翌日の撮影に備えました。じつはその一週間前に訪れた時、朝6時50分という早い時間ですでに準備終えられていました。それより早く現場にいるには泊まるしかないと、旅館への宿泊を計画したわけです。そしたらなんと運がいいことに、酒井屋旅館さんが当番だったので、私の撮りやすい時間に準備をして下さるとの特典付き。今回撮影を終えて帰り支度をしていると旅館の若女将さんに偶然にも会うことができました。あいさつをして4年前のお礼をするとちゃんと覚えて下さっていました。
「屋根神さまのある風景」(yanegami.exblog.jp)2006年8月18日掲載分より


・02年09月01日
 8月15日に引き続いて訪れた。今まで筆者が調査した名古屋市内の屋根神さまの中で一番東側にあるものなので、一度写真を撮りながらまつる人たちから話を聞いてみたいと思い訪れたのだった。

 まず8月15日だが、この日は栄生の家から直接当地に向かった。家から一番近い亀島駅まで自転車で行き駅で輪行した。しかし駅の表示には始発が午前5時半過ぎに出るとのことであるので、仕方なく待つ。始発電車に乗り覚王山駅に到着したのは6時少し前。嫌な予感がしたのであわてて自転車を組み立て屋根神さまのまつってある路地に向かう。

 山門町の屋根神さまは日泰寺の山道を広小路通から寺を向いて歩いていき2本目の筋を右に入ったところの北側の塀にまつられている。一目散に自転車を飛ばしたところ、嫌の予感は見事適中した。紫幕、三社の提灯、お供えものがすでに行われていた。あぜんとしつつもこれも現実と受け止め、再度の挑戦を誓い、何枚かの写真を撮った。そのとき屋根神さまのまつってある南側の建物が目に入った途端、筆者はほくそ笑んでしまった。その建物とは何を隠そう旅館である。早く準備する人がいるのなら、その人よりも先に神様の下で張っているのが筆者のスタイルである。とよからぬことを考えながら、次回に供えた。

 結論からいってしまえば非常に運が良かった。いや良すぎてしまって写真が今一であった。

 前日の午前中に予約しておいた「酒井屋旅館」には午後6時半ころに到着した。宿で翌日の件を話すと、偶然にも旅館の方が神さまの当番であるという。前回6時にすでに準備が終わっていたむねを話すと、それは何か用事があり早く準備しただけであって、普段は7時に行う人や遅い人は9時ころに行う人もいるとのことだ。当番は一回ごとで、その日が終わると提灯や三方などの神具が入った木箱と提灯の木わくを回すという。また正月に当番となった人は熱田神宮、秋葉山円通寺、津島神社に札受けに行く。

 神さま自体がいつごろのものかは分からないが、かなり古いことだけは確かだ。話をしてくれた酒井屋旅館のご主人は現在70歳であるというが、そのおじさんが物心ついたときにはすでに存在していたという。小さいころの写真を見ながら、「このころにはすでにあった」などと話をしてくれた。

 祭神には熱田、津島、秋葉の三社をまつるが、主人いわく「町内の神さま」「お宮さん」であり、特別な名称はないようだ。ましてや「屋根神さま」などという言葉は今まで聞いたことがないといった感じであった。

 神さまは「月見坂自治会9、10組」合同でまつっており、全戸19軒ほどで、1年に1度の割でまわってくる。また町内の祭りにはもうひと組11組も加わり、10月の第2土、日で行う。そのとき氏神である城山八幡宮から宮司が来て祝詞をあげるという。

 社殿の構造としては、長家の並びにある「桶屋」がつくったという社殿の外装の中に神棚が祭ってあるシンプルな造り。社殿の扉裏には「昭和四十八年十月十四日改築 用材一式寄贈」と書かれてある。これは社殿が腐ってしまったことがあり改修したときのことらしい。なお、社殿の下側に置いてある篝火を焚くかごは単なる飾りであって現在は使われていない。

 なぜこの地区のぽつんと一軒だけ「神さま」があるのか。主人の話では、「古くからたてられていた長屋に人が集まり、その人たちがひとつにまとまる上で神さまという媒介が必要であったのではないか、神さまが存在することで町内としてまとまり、祭などを行ってきた。さらにある家から火事が出たがさいわいボヤていどで鎮火した。それが神さまのおかげと納得する理由をつくっ」たそうだ。
メールマガジン「屋根神さまのある風景@nagoya」02年9月1日より
千種-3












・02年08月15日
 午前6時、到着時には既に準備が終わっていた。社殿のふたには「昭和四十八年 十月十四日改築 用材一式 寄贈」と書いてある。社殿の下にはおかがり用のかごが出してある。

【準屋根神】熱田区旗屋町/熱田-8

110701熱田区旗屋jpg

熱田-8
所在地:名古屋市熱田区旗屋町
    Nagoya-shi Atsuta-ku hatayacho
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:神域内台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭・高蔵神社例祭(6月)・熱田尚武祭(6月)・秋葉祭(12月)
氏神社:高座結御子神社(高蔵神社)
地 図熱田区の屋根神さま所在地
メ モ:「秋葉さん」

・11年7月18日
【区分】「屋根神」→「準屋根神」

写真を変更しました。
熱田-8

【屋根神】昭和区北山本町/昭和-1

昭和-1












昭和-1
所在地:名古屋市昭和区北山本町
    Nagoya-shi Showa-ku kitayamahonmachi
祭 神:秋葉・熱田・津島・伊勢・御器所八幡
場 所:台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭・夏祭(7月)・秋葉祭(12月)
氏神社:御器所八幡宮
地 図昭和区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ:祭礼によって提灯の中心につるす神社が異なる。正月=伊勢、夏祭=津島神社、秋葉祭=秋葉神社

・11年7月1日
朝一番に北区を歩き時計を見るとまだ午前7時半である。「もしかしたらまだ間に合うかも」という期待を胸に大曽根駅からJR中央線に乗り一路鶴舞駅へ。足早に鶴舞公園を通り抜け昭和区北山本町へ。旧郡道に出て北上すると社にはられた紫幕が目についた。8時5分ほど前に到着すると、顔見知りの氏子総代•Kさんが社を雑巾で拭いていた。7月1日は年に数回しかない5社の提灯を飾る日である。「今日は津島さんだで提灯出すけど、あんた写真集撮るなら提灯あった方がいいね。一応ね、8時から朝のドラマ見て15分から(町内)会長さんが出てきて飾るもんでね。一人ではできんでね」
正月と7月1日の津島神社、12月15日の秋葉神社の祭礼時には社の前に台を設置して提灯をつるす。その台は普段はブルーシートにくるまれて社の東側に寝かされている。それを外に出して組み立てるには数人の労力が必要である。2年前にはたしか、町内会長と氏子総代+1の三人が準備を行った。
天王祭では社の中にまつられている津島神社のお札の位置を真ん中に移動する。また提灯の配列も変える。北山本町では提灯の中に電球を入れて夕方暗くなると自動で灯りのスイッチがつくシステムになっている。片つけは翌日である。
ドラマが終わった時間に会長と氏子総代が出てきて組み立てるのだが、お喋りのやり取りが面白い。長く同じ土地に住んだ仲間でもあるので遠慮のない会話が繰り広げられ、写真を撮りながら思わず笑ってしまうこともあった。しかし2年前と違うのは前出のKさんが氏子総代になったことで、かつてはNさんが務めていた。私もNさんからは何度も神さまの話をうかがった。そのNさんは昨年にお亡くなりになられたという。神さまだけでなく神さまを長年に渡り守ってきた方がいなくなるということは神さまがなくなる以上に残念である。神さまを知るひとがまた一人いなくなった。寂しいことである。
110701昭和区北山本町2110701昭和区北山本町3110701昭和区北山本町1


・07年12月15日
071215kitayamahonmachi1





・06年7月1日
 写真展開催中の7月1日、昭和区北山本町の夏祭を訪れました。北山本町にはかつて1丁目と2丁目にはそれぞれ神さまがまつられていましたが、現在では1丁目のみ。ちなみに2丁目の神さまは屋根にまつられていた神さまで、かつて私も3年ほど通って写真を撮らせていただきました。余談ですが、今回の写真展『まちの文化遺産「屋根神さま」』の案内にも使用しました。
 この日は午前7時30分ごろに現地入りし、8時ころに出てこられた方から祭礼準備の時間をお聞きし、神さますぐ後ろの喫茶店で待機していました。そして喫茶店を出てきた時には社殿にお供物が飾られていました。
 また、こちらの神さまは後ろの建物の屋根部分にまつられていたといいますが、数年前におろされて現在に至っています。
 祭神には名古屋でも珍しく熱田、伊勢、津島、秋葉、御器所八幡(氏神)の5社をまつっており、年3回行われる祭礼にあわせてお札と提灯を真ん中に飾り付けます。例えば今回は夏祭(天王祭)であるのでお札、提灯ともに津島神社を真ん中にまつっていました。現在は北山本町1丁目の8組56軒でまつっているそうです。



kitayamahonmachi

【屋根神】北区平安/北-1

北-1











北-1
所在地:名古屋市北区平安
    Nagoya-shi Kita-ku heian
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:壁面
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・天王祭(6月)
氏神社:六所社
地 図北区の屋根神さま所在地(Google マップ)
メ モ

・11年7月1日
午前7時10分ころに到着すると、社の手前の供え台にナスやカップ酒が三方の上ではなく直接台上に置かれていた。提灯の飾りつけもない。以前撮影にうかがった際に話を聞いたメッキ屋さんで働くおじさんに会ったのであいさつを兼ねて話を聞くと、祭礼らしき祭礼は行っていないという。「やるひとがおらんでよう」。
おじさんによると現在は1、15日の月次祭といえどかつてのように飾りつけどころか祭礼自体行っていない。また6月末に六所社の神主にお祓いを依頼していた天王祭もやらなくなったという。なお提灯を出すのは「正月とお盆くらいかな」といわれたが、お盆というのは8月15日のことか、来月にぜひ確認してみたい。
この神さまは、現在は「北区平安」に町名変更されたが、かつては古径町という町内でまつられていた。筆者が屋根神さまを探し歩いていた10年前には神さまのまつられているメッキ屋さんを中心に北側や西側は長屋が立ち並んでいた。天王祭には紅白の提灯を長屋の軒先につるし、にぎやかだったという。筆者が訪れたころにはすでに提灯ををつるす行為自体は廃れてしまっていたが、それでもまだ長屋は多く一帯は下町の風情を醸し出していた。しかし10年をへた現在では、西側と北側の長屋は取り壊され駐車場になっている。しかも年々その範囲が広がっているように感じられる。さらに駐車場になっていない建物も玄関部にはベニア板が打ち付けてありひとが住めるような状態ではない。前述した天王祭の提灯つるしはいまとなっては夢物語のようである。

・07年6月29日
 本日は北区平安の屋根神さまで夏季の祭礼を行うという情報を聞いていましたので、午前7時過ぎに現地に到着するよう家を出ました。天気予報によると雲のち雨ですが午前中は大丈夫とのことで、これは運がいい、と勇んで出発。現地には30分ほどで到着し壁面に張り付くようにしてまつられている社殿を見ると、まだ飾り付けは行っていないようです。ここでしばらく待っていればいいと思っていたところ、以前撮影の際にお会いした方が見えたのであいさつをしました。
「今日こちらで夏の祭礼があると聞いたのですが」
「ああ、昨日やったよ」
「えっ、でも以前氏子総代の方から29日にやるって聞いたのですが」
「おかしいな、でも昨日神主さんも来てやったけど」
「....」
もうこれ以上、書いても仕方ないでしょう。
実際のところ祭礼は昨日(28日)にやられたそうです。
町内の神さまの写真を撮るということは、町内の事情にも十分精通していなくてはならないということでもあります。

・02年06月30日
 大祓ということで訪れたが、曇天であるからか飾り付けは紫幕、榊のみで、提灯やお供物はなかった。ちなみに当日は下飯田六所社の祭礼日であり、夕方から茅ノ輪くぐりが行われる。例祭は10月10日。

・01年09月01日
 当番は3年に1度回ってくる。提灯は上げたり上げなかったりする。筆者が訪れたときはわざわざ上げてくださった。

・01年08月01日
 当日は提灯なし。提灯飾り用の木枠は新調したようだった。月次祭以外では6月30日、12月30日の大祓と7月には氏神である六所神社のお祭り時に飾り付けを行う。昔は違う場所にあったが、昭和55年に脚台を設置した。社殿は戦前から存在していた。第二次世界大戦以前は盛大にお祭りをおこなったが、現在では高齢者が5〜6人集まるのみ。話をしてくださった方は「昔は紅白の幕や提灯を飾っていたこともあった」と往時を懐かしんでいるようだった。また以前は各町内に1社ずつあったが、現在ではまつる場所が少なくなったので廃社したところが多い。

【屋根神】中村区太閤/中村-9

中村-9中村-9_新










中村-9
所在地:名古屋市中村区太閤
    Nagoya-shi Nakamura-ku taiko 
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:台上
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭
氏神社
地 図中村区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・08年1月1日
080101太閤3

【屋根神】西区菊井/西-14

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西-14
所在地:名古屋市西区菊井
    Nagoya-shi nishi-ku kikui
祭 神:秋葉・熱田・津島・伊勢・浅間
場 所:ドングリ公園内・台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭・浅間社大祭(10月)
氏神社:冨士浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・10年12月1日
 「第4回屋根神ウォーク」にて現地ガイドを引き受けてくださった西区菊井の吉村さまより貴重な写真をご提供いただきました。「こんな写真が出てきたで...」と見せていただいた写真は二日分あり、一日目(昭和44年9月28日)には家の屋根に社を載せるための台を設置し、そこへ社(現在はどんぐり広場にある神さまです)をおまつりしています。二日目(同10月3日)は屋根に載った神さまの下で神主を呼びお祓いを受けています。二日目の写真に社そのものが写っていないため最初は屋根から下ろした際の写真かなと思ったのですが、よく見ると祝詞を上げている神主さんの頭上に後ろの家のガラスに映った提灯が見えます。
19691003西区菊井提灯確認







恐らく社をのせる台を新しくした際の写真ではないでしょうか。次回、吉村さまに詳しい話をお聞きしてみます。

<昭和44年9月28日>
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<昭和44年10月3日>
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・08年10月4日
 本日10月4日は浅間神社(名古屋市西区浅間)の大祭の日です。西区名駅、菊井、新道にまつられている屋根神さまでも同時に飾り付けを行うことは以前にもご紹介したと思います。一年に一度、この地域の屋根神さまが「豪華」に飾りつけされる風景を見るために、私は午前6時に自宅を出ました。

 菊井町の屋根神さまは今ではすっかり「広場の主」といった貫禄ですが、もとは長屋の屋根の上にまつってあったそうで、祭礼に集まっていらっしゃった方の中には、「昔そういえばはしごかけておまつりした覚えあるわ」とかつて屋根にあったころの話をしてくださる方もみえました。文房具(駄菓子)屋さんの上にあり、重くて大きい社なのでひさしが重みに耐えかねて下がってしまい、そのため下から棒で支えていたそうです。

 午前8時前くらいに町内の方が集まって神さまの準備だけでなく祭壇を組み立てたり町内の人たちの配るお菓子を袋詰めをしていらっしゃいました。

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 9時になると、祭礼開始。かつては町内に住んでいた神主さんがお祓いを行っていたのですが、高齢のため現在は中止。そのかわり、参集した人全員でのりとを上げました(写真)。先達の方は私に「この神さま立派でしょう。戦争のときここから出征した人で死んだ人はおらんし、空襲でも焼けんかったし、火事はないでね。この神さまのおかげだから大切に守らしてもらいます」と話してくださいました。 

・08年4月15日
080415kikui3080415kikui2080415kikui1













・06年10月4日
 午前8時ころから準備。以前は近所に住んでいた神主さんがお祓いをしていたが、老年のため今年よりなくなった。

・04年10月4日
 冨士浅間神社(名古屋市西区浅間)は10月4日、秋祭である「大祭」を開催した。それにあわせて、氏子地域にまつられている各町内の屋根神さまでも大祭に伴う祭事を執行した。
 西区菊井1丁目は区内でも屋根神さまが集中して残る地域であるが、氏子地域は同町の北側が榎白山社、南側が冨士浅間神社とわかれていて、当日は南側の地域で祭事が行われた。
 菊井(ドングリ公園内)の屋根神さまでは午前8時半ころから当番の方が準備に来て神さまの飾り付けを行った。通常の月次祭と違い、紫幕、提灯、お供えのほかに、祭壇を設けて社殿下の備品入れとは別の倉庫から獅子舞を出し、子供たちに配るお菓子なども同時に供えた。
 祭事は午前9時から行われ、町内会長のあいさつのあと神主が祝詞を読み上げ、参列者がそれぞれ玉ぐしをささげた。町内から約30名ほどが参列した。

・03年10月4日
 町内の方の話
「昔は、いま駐車場になっとるとこにあった長屋の屋根にあったよ。神様の下は駄菓子屋で神さまの重さで軒が落ちないように黒いポールが2本たてたったな。5人のひとが戦地に向かうとき、神さまの前で出征の見送りしたよ。まえは獅子舞出しとったけど車がくるで危ないし、子供が少ないもんで町内で協議して取り止めにしたんだわ」
西区菊井




・02年06月15日
 おまつりされている方に聞くと、現在は町内50~100軒(正確な数字は分からない)でおまつりしており、1年に1度当番が回ってくるとのこと。当番は1ヶ月交替で、1と15日をふつう2軒ひと組で助け合って祭祀をおこなう。詳細は不明だが社殿は100年以上たっているようで、もともとは家の上にまつってあった(現在は駐車場になっている)ものを家が水もれ(?)をおこしたのをきっかけに下におろし、どんぐり公園に移設した。移設時期は不明。祭神は3社のほかに伊勢神宮と浅間神社をまつっているが同社をまつりはじめたきっかけについても不明であるとのこと(一説にはお札を受けてきたからまつっている)。
 普段は当番にもよるが、だいたい午前8時前後に祭祀をはじめ、夕方4時ころにはしまうという。以前は社殿にお賽銭箱をつけていたが(現在も形だけは残っている)、さい銭泥棒に盗まれたことを機にやめたという。当番は社殿下の収納の鍵をまわす。準備品などはすべて収納の中に入れており、当番になると鍵をあけて準備をおこなう。提灯は雨や風を受けると破れてしまうので交換することもあり、現在飾られているものは最近交換したものであるという。

【屋根神】瀬戸市朝日町/瀬戸-9

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瀬戸-9
所在地:瀬戸市朝日町  
    Seto-shi asahimachi
祭 神:津島
場 所:鉄製脚上
向 き:南
地 図
祭礼日:お盆(7月)
氏神社
メ モ:写真左は通常の社。右は「トボシ」で提灯をつるしたところ

・10年7月15日
 瀬戸市内のお盆に訪れると、社の下部分にほうづき提灯と「津島神社」と書かれた提灯がひと張りつるされていました。瀬戸市内では、各町内で津島神社をおまつりすることから、夏の時期に提灯祭を行うものと思われます。
100715瀬戸市cl3100715瀬戸市cl4

・09年9月1日
 商店街入口近く、3メートルほどの鉄製脚上に社がおまつりされています。その下には消防器具も見られます。近くの喫茶店から出てきた方に声をかけ話を聞きました。
 「これは町内の神さまで、各町内にありますよ。お盆のころにね、提灯ぶら下げてトボシをやるわね。一週間くらい。これはもともとここにあったんじゃなくて車が通るもんで高いところに上げたんじゃないかしら」と教えて下さいました。祭神に関しては「天神さん? 何がおまつりしてあるのか分からない」とのことでしたので、「瀬戸-1」で話を聞かせて下さった方に確認すると「あれもお天王さんですよ。こちら(瀬戸-1)と同じようにお盆にはトボシをやります」。やはり津島神社でした。

090901瀬戸市朝日町1

【屋根神】瀬戸市陶本町/瀬戸-1

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瀬戸-1
所在地:瀬戸市陶本町  
    Seto-shi tohoncho
祭 神:津島
場 所:塀上
向 き:南
地 図
祭礼日:お盆のトボシ(7月中ごろ)
氏神社:深川神社
メ モ

・10年7月15日
 瀬戸市では盆行事を7月15日に行いますが、同時に市内の天王社(津島神社)も提灯で飾られます。これを「トボシ」(提灯を”灯す”ことからきているのでしょう)というそうです。こちらの神さまでは、私が訪れた午前8時過ぎにはまだ供え物などは見られませんでしたが、社の回りにはすでに赤提灯が吊るされていました。
100715瀬戸市cl1







 
・09年9月1日
 石台上の上に神明造の社(岐阜でよく見られる形)という形態が多い瀬戸市内において、丸形屋根、かつて屋根にあったことを物語る木製玉垣のある社は大変珍しいです。
 当日は月次祭を期待して訪れたのですが、近所の方にうかがうとおまつりは年に一度とのこと。ちなみに瀬戸の町内の神さまといえば津島神社と決まっているそうです。
 「あれはね、“お天王さん”といって、津島神社です。今日は特に何もやっていないだろうね。おまつりは7月のなかごろに、この辺だとお盆になるんだけど、一週間くらいね、提灯つけて最初と最後の日に火を灯してね。“トボシ”というんですよ。正月や月祭はないですね。トボシのころになると連区の区長さんが津島に行ってお札を受けてきて交換されますけどね。秋葉神社は入っていないです。氏神は深川神社になりますけど、大祭のときもこちらの神さまは特に何もやりませんね」
 ちなみに陶本町は瀬戸線に沿った町内で、昔は陶器屋さんなど家屋が並んでいたそうですが、バスターミナルができたことで立ち退きがあったそうです。現在でも古い家屋を見られるので、屋根神さまもそんな家の屋根におまつりされていたのかもしれません。

090901瀬戸市陶本町1-1090901瀬戸市陶本町1-2
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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◇ ◇ ◇


◆当ブログの写真や図、文章等の無断転用・転載を禁止します。
お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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