名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

名古屋市西区:幅下・新道

【屋根神】西区新道/西-12

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西-12
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishi-ku shinmichi
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:軒下
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・浅間神社大祭(10月)・秋葉祭(11月)
氏神社:浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・10年5月29日
 写真を変更しました。すぐ後ろの家屋と一体化した社です。新道界隈には神さまが密集して存在しています(西-9、10、11は本当に近い位置にあります)。また以前はすぐ近くにこの社とは別に、単体の秋葉神社をおまつりしていましたが、廃社となり今はありません。

・06年10月4日
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 社下の扉を開けると祭礼の備品が入れられており、その扉には祭礼日や飾りつけのやり方などが詳しく記されています。

【屋根神】西区新道/西-10

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西-10
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishi-ku shinmichi
祭 神:秋葉・熱田・浅間
場 所:壁面
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・浅間神社大祭(10月)
氏神社:浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・10年5月28日
 写真を変更しました。箱形社のなかには神棚がおまつりされています。よく見ると提灯が新しくなっていました。現在でもはしごを使用してお供えを上げています。
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【準屋根神】西区新道/西-11

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西-11
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishi-ku shinmichi
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:公園内台上
向 き:南
地 図
祭礼日:正月・月次祭・浅間神社大祭(10月)
氏神社:浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ:白雲児童遊園内。建て替えられて新しくなった。

・10年5月27日
 写真を変更しました。

・10年2月2日
【区分】「屋根神」→「準屋根神」

・かつての月次祭の姿
西-11













・04年8月15日
 西区新道は市内でも菓子問屋の多い町として知られている。現在でも新道町内の南側である外堀通沿いには大小の問屋が軒を連ね、主に婚礼用、子供会用などの菓子を扱っている店が多い。

 新道の屋根神さまは菓子問屋街が広がる南側よりも中側から国道22号線寄りの方角に多く存在している。

 当日は曇り空から今にも雨が振り出しそうな天気で、しかも周辺では雨が降るだろうと提灯をかけていない屋根神さまが目についた。午前8時前に、自宅のある熱田区から地下鉄を乗り継いで浅間町駅で下車。まずは二体の屋根神様がまつられている旧六句町、現在の幅下1丁目を訪ねた。

 じつは筆者はこの日勘違いをしていた。旧六句町の祭礼日(那古野神社)と思い込んでしまっていた。準備をするはずの午前8時過ぎに来てみても三方にのったお供えものがあるだけで、大小の提灯は見当たらない。すでに六句町には三年以上写真を撮らせていただいているので、間違いはないと勝手な思い込みがアダとなったようだ。周辺を歩いてみるとご近所の方と思しきご婦人がいたので、
「すみません、今日って那古野神社のお祭りですよね」と尋ねるや、
「那古野神社さんは7月15日ですよ。今日は普通の15日だからお供えだけです」
との答え。屋根神さまを撮りはじめて五年めだが、残念ながらこんな失敗はまだまだ多い。

 気を取り直して江川線を西に渡り、新道方面へと歩く。この日は特にここを撮ろうという意思があるわけでもないが、これまで月次祭の撮影を行っていない屋根神さまを撮りたい。たしか小公園の中に屋根神さまがまつられていたはずだ。コンビニで朝食を買い込み公園で食べながらしたくを待つとする。

 8時半を過ぎたころだろうか。レジ袋に入った榊やお供物らしきものをもったご夫人が二人やってきたので、すかさずいつものように「神さま写真撮りたいのですけど」と、丁重に聞くと、「あ〜いいですよ」と案外簡単な答えが返ってきた。
西区新道







 早速カメラを構えると、「ここも撮ったら」と社殿下の道具箱入れの扉を開けて下さった。中には屋根神さまの準備品の箱と獅子舞の入った箱が納められており、通常の月次祭では準備品の箱のみを出してまつる。箱には三方や提灯が入っていて、木箱の裏側には「大正七年一月新調 新道町三丁目西部南組」と書かれてある。
 「私が嫁にきた40年前にはあったでね」。準備をされていた方はいつごろからまつられ始めたのかは知らないようだが、大正7年に道具を新調しなくてはならない状態であったことから察すると、おそらく明治期にはすでに存在していたと考えても不思議ではない。ちなみに当番は一回ごとで交代。備品入れのカギを回すことで神さま当番の所在を明確にしている。
西区新道2












 特徴的なことは、熱田、津島、秋葉の三社の提灯にロウソクで灯りをともすこと(2004年時点)だ。以前なら当たり前のことだった習慣が最近になって簡素化される例をよく目にする一方で、これだけは譲れないというこだわりのようなものを持っている町・組が多い。私の取材不足で申し訳ないが、提灯に灯りをともす月次祭ははじめて見た。それだけで来てよかった! と思わずガッツポーズを決めてしまったのだ。

【町内社】西区新道/西-番外/廃社

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西-番外
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishiku shinmichi
祭 神:秋葉(秋葉大権現)
場 所:神域内台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭
氏神社:冨士浅間社
地 図
メ モ:西-12の神さまと同じ町内がおまつりしています。祭具等は西-12の神さまの社下の備品入にありました。10年1月中に廃社。下の写真は秋葉さん専用の提灯。

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・10年2月3日
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 社のあった場所はすでに更地になっていました。詳細については「歩く見る聞く」に掲載いたします。

【歩く見る聞く】名古屋市西区新道/番外

 1月8日に幅下・旧六句町の方から「幅下学区の屋根神さまがなくなった」という情報を聞いていたので、本日学区を訪ね歩いてみると屋根神さまではなく単体の秋葉神社がなくなっており、すでに更地になっていました。昨年12月30日にはその存在を確認していたので、なくなったのは1月中のようです。更地になった跡地を見ても最近ならした様子がうかがえます。
 社の斜め向かい側にある会社のご夫婦に神さまのことを尋ねてみると、「たしかひと月くらい前になくなったばっかだよ」とご主人。「せっかく来てくださったんだから何かの参考のために」と奥さんが神さまについて聞くために近所のお宅を回ってくださいました。
 一軒目のお宅は社に植わっていた木を一年に一度剪定していたといいます。
「うちが個人的にやったんじゃなくて、町内で浅間神社さんを呼んでお祓いをしていただいたんです。町内会長さんが詳しいですよ」
 次に町内会長宅を訪れるとその家のおじいさんが出てこられました。
「わしらは(昭和)24年に来たもんだで、昔のことはよぉ、ここのお世話をしとったおじいさんに聞けば詳しいわ。ここの土地のひとがよぉ、この辺、戦後は焼け野原だったんだけど、自分たちでまつっとったお社を持ってござってここでまつられたらしいんだわ。だけどそれを守りするのが大変だで、町内でまつってまえんかといわれて、町内でおまつりしとったんだわ。お祓いにはよぉ、町内の人と不動産関係のひとが来とったみたいだわ」
 土地所有者が亡くなったことで土地を売却するためになくしたのではないか、ということです。最後は浅間神社から神主さんに来てもらいお祓いを受けて、どこかに移設するのではなく完全になくしてしまいました。

【準屋根神】西区新道/西-9

西-9












西-9
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishi-ku shinmichi
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:台上
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭・浅間神社大祭(10月)
氏神社:浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ:菊井中学校西側

・10年2月2日
【区分】「屋根神」→「準屋根神」

・07年11月15日
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・02年01月03日
 お祭りの準備をしていた方に聞くところによれば、社殿は戦争で焼けたため、敗戦後造り直し現在にいたる。1組約40軒で守っているとのこと。

【準屋根神】西区新道/西-13

西-13












西-13
所在地:名古屋市西区新道
    Nagoya-shi Nishi-ku shinmichi
祭 神:秋葉・熱田・津島
場 所:神域内台上
向 き:東
祭礼日:正月・月次祭・浅間神社大祭(10月)
氏神社:浅間神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・10年2月2日
【区分】「屋根神」→「準屋根神」

・03年10月4日
 天王社と刻まれた石碑がたっているが、祭神は「熱田、秋葉、津島」の三社。外堀通りの南側にあったのだが、昭和46年に現位置に移設。「お社ができたのは明治ころかな」と町内の人。もともと屋根になかったが「屋根神様」と呼んでいた。

【屋根神】西区幅下/西-7

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西-7
所在地:名古屋市西区幅下
    Nagoya-shi nishi-ku habashita
祭 神:津島・那古野・秋葉
場 所:屋根
向 き:南
祭礼日:正月・月次祭(1,15,16日)・那古野神社祭礼(7月)・秋葉祭(5,11月)
氏神社:那古野神社
地 図西区の屋根神さま所在地(Google Map)
メ モ

・10年1月8日
 新年氏神祭礼が執り行われました。

・09年12月30日
 30日に訪れるとお正月用の飾付けが行われていました。天王社、秋葉社ともに紫幕と提灯が取りつけられています。二つの社がいちどきに飾付けられるのはお正月だけですので、一年に一度の楽しみです。
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・09年11月16日
 六句町の秋葉祭礼が執り行われました。例年通り、準備の段階から見せていただき、また供え物の並べ方について教えていただきました。
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 右写真の上段はお神酒(右)、水(左)、下段は米(右)、塩(左)に置くのが正しい。「高い方から低い方へ」という考え方に基づいているそうです。

・09年7月15日
 那古野神社の祭礼日である7月15日、旧六句町の屋根神さまの天王社(向かって左側)も祭礼に合わせて飾りつけが行われました。大小の提灯と供えもの、紫幕など、普段とは違い華やかな装いです。

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・09年5月16日
 向かって右側の社である秋葉神社の祭礼日ですが、当日は開始時間である午前10時になっても人は出て来ませんでした。仕方なく帰宅しましたが、後日、六句町の方に偶然お会いしたときに尋ねると、福昌寺の都合で14日に変更になったとのことです。ちなみに昨年の5月は17日に延期されました。

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・08年1月8日
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・06年5月16日
 5月16日、小雨が降るなか毎年恒例の西区幅下・旧六句町の秋葉祭を訪れました。すぐ西側を走る江川線から高速道路建設工事の騒音が鳴り響くのをよそめに、西区大野木の福昌寺を招き粛々と執行されました。
 この日は秋葉祭ということで二社ある神さまは向かって右側の秋葉社のみが飾り付けされました。雨がぱらつくなか町内の人々、約20人ほどが参集し火災除けを祈願しました。

・05年11月16日
 西区幅下の一年を締めくくる神事である秋葉祭が11月16日に開催されました。当日は前日に引き続きNHKの取材カメラが訪れるなか、普段よりも豪華(?)な飾り付けがなされました。午前10時には大野木の福昌寺よりおっさまがおみえになり、般若心経をはじめとする経典をあげました。一方、社殿前の道路をはさみ地域の方々が約30名ほど参列し、地域の無事を祈りました。祭礼の進行は以下の通り。

1、午前9時ころから地域の方が集まり始め、祭礼の準備を行なう。
2、向かって右側の社殿(秋葉社)のお札を取り替える。
3、地域の長老に屋根神さまをはじめ、近辺の歴史についての講議を受ける。
4、祈とうをあげる福昌寺の住職。
5、道路をはさんで地域の方々が並ぶ。

 旧六句町の屋根神さまの撮影を始めて4年になります。今回、はじめてここを訪れたときに説明して下さった方と話をする機会があり、「あれから何年たったんだろうね」と当時を懐かしんでくれました。以来、私は毎年なんらかの行事の撮影をここで行なっています。
 私にとって旧六句町はもっとも名古屋らしい(?)地域ではないかと思います。もちろんそれは屋根神さまを通してみる名古屋という意味ですが。屋根神さまは地域を一つにする機能を持っていると思います。いまでは都市化や、町内や隣組そのものの縮小などによりその姿をすべての屋根神さまに確認することは難しくなっているのですが、ここでは毎年三回の行事を通して確認することができます。
 私がこの六句町を欠かさず撮っているのは、名古屋という都会のなかで名古屋人が昔から守ってきた風景を見ることができるから、それこそが故郷の風景だと思います。

・04年8月30日
 名古屋市内に残るものでは珍しく二体並んだ屋根神様。聞く所によると元は二体とも屋根ではなく、別の所に設置されていました。向かって左の社は一組(六句町は一、二組で神様をまつっている)のもので西側の駐車場にかつてあった閑所の入口にまつられていました。祭神は那古野神社、津島神社。一方、右側の社は二組のものでしたが駐車場を建設したため、ときの氏子総代が屋根に上げたとのことです。祭神は秋葉神社のみ。お札は遠州・可睡斎から札受けします。両社とも屋根上に上がってから40〜50年(戦後)になるといいます。

 祭のスケジュールは、毎月の月次祭のほかに正月(三ヶ日)、1月8日の氏神祭礼(写真上段)、5月16日と11月16日の秋葉祭(写真下段)、7月15、16日の那古野神社大祭があります。また1月8日には那古野神社より神主を、5月と11月の秋葉祭には大野木の福昌寺から僧侶を呼びお祓いを行います。それぞれ飾り付けのほかに、かがり火も焚きます。

 なお、旧六句町は現在の幅下一丁目の一部で、戸数は約110戸。通常の月次祭(1日、15日)以外にも、毎月16日には秋葉神社にお供えを行っています。当番は4〜5年に一度は回ってくるといいます。

・04年5月16日
 5月16日は二体の屋根神様で知られる旧六句町秋葉祭の日。今年も写真を撮ろうと祭りの始まる午前10時前に現場に到着し、開始を待っていた。しかし当日は、祭事を司るお寺さんが法事があるとの理由により、祭りは前日に。祭りにふられた気分で、雨の屋根神様を撮った。

・02年05月16日
 毎年2回行っている秋葉祭。午前10時から開始。当日は秋葉祭ということで2体ある社殿の向かって右側の秋葉社のみを飾り付けする。紫幕と提灯、お供えを行った。小雨が降っていたので秋葉神社と書かれた2個の提灯にはビニールがかぶせられてあった。当日は可睡斎系の福昌寺(西区大野木)から僧侶が来て般若心経をはじめお経を上げた。ちなみに年末には代参を遠州・袋井の可睡斎に行っているという。

 あいにくの天気(開始したときはやんでいたが、しばらくして降り出した)にもかかわらず、旧六句町町内会の人々、約20人が集まった。1月の那古野神社祭礼時に比べると、天気のせいもあるかもしれないが、にぎわいに欠くような気がした。社殿前に木製の机を置きろうそく2本と線香をたてる。秋葉神社の祭礼ではあるが、神仏混合により仏式で執り行う、お供えは那古野神社祭礼時と同じくお神酒、野菜、果物、するめ等。僧侶は終始鈴のようなものを鳴らしながらお経を読み上げていた。時間にして約20分くらいで、天候のせいか短かった気がする。秋葉祭であるので篝火を炊くのではと思っていたのだが、5月は基本的に行わず、11月の祭礼時に焚くとのことだ。

 この地区では、通常の月次祭(1日、15日)以外にも、毎月16日に秋葉神社にお供えを行っている。4〜5年に1度は当番が回ってくるという。次回は11月の秋葉神社祭礼時に僧侶を呼び町内でお祭りをする。

 那古野神社の例大祭が行われる7月15、16日にはお供えは行うが、神職を呼ぶことはない。


・02年01月08日
 正月祭礼の模様は「歩く見る聞く」(2002年1月8日付)に移動します。
西区幅下






・01年12月31日
 もとは2体とも屋根にあったのではなく、別の所に設置されていた。

 左の社は1組のもので西側の現在駐車場となっているところにあった閑所の入口に存在していた。祭神は那古野神社、津島神社、秋葉神社。右側の社は2組のものだったが、まつってあった所を駐車場にしたため、ときの氏子総代が屋根に上げた。祭神は秋葉神社のみ。お札は遠州・可睡斎から札受けするという。両社とも屋根上に上がってから40〜50年(戦後)になるという。

 祭のスケジュールは、毎月の月次祭のほかに正月(三ヶ日)、5月16日と11月16日の秋葉祭。7月15、16日の那古野神社大祭がある。また1月8日には那古野神社より神職が来て氏神祭礼を行う。5月、11月の秋葉祭には大野木の福昌寺から僧職を呼びお祓いを行う。それぞれ飾り付けのほかに、かがり火もたくという。

 祭の飾り付けに関しては、那古野神社大祭と正月に大堤灯を出して飾り付けを行う。もとは那古野神社大祭時にのみ行っていたが、何年か前に氏子総代が間違って正月にも準備したことからそれが習慣化したという。お供物は最近盗まれることが多くなったので、2時間ほどお供えしすぐ下げる。餅や果物、お神酒は特に盗まれるケースが多い。

【私と屋根神】ありがとう! 六句町の屋根神さま

・昨日1月8日は、旧六句町(名古屋市西区幅下/西-7)の屋根神さまの新年氏神祭礼の日でした。私も昨年11月の秋葉祭に引き続いてうかがいました。

・私にとって六句町の屋根神さまの祭礼は今年で9回目。2001年の大晦日に神さまの正月準備の光景を見て以来、毎年3回行われる祭礼には、途中何度か抜けることはありましたが、うかがって写真を撮らせてもらっていました。

・六句町といえば、二体並んだ屋根神さまとして名古屋市内では珍しい存在です。その社も元はいまのような屋根の上ではなく、長屋が建ち並ぶ閑所の奥などにあったといい、長屋の取り壊しにともなって現位置(屋根)にあげられたそうです。私はその後、岐阜県内も歩き始め六句町のような二体並んだ屋根神さまを多数目にすることになりましたが、それでも写真を撮り始めたころには珍しくて、メディアの取材でも「印象的な屋根神さまを教えてください」と聞かれると必ず六句町を指名していました。

・祭礼の準備からお祓い、そして終わった後の団らんまで、隅の方でその模様を見させていただきました。六句町の方はこんなことを言っていました。「寒いのにこれだけの人たちが集まってくれるのは、町内の人たちにとって屋根神さまが大切ということなんだろうね。それと町内の役員さんも協力して準備をして下さるし、何よりもおまつりに30人ものひとが出てきて下さる。ありがたいことですよ。これが屋根神さまをおまつりするご利益でしょうね」。1月のお祓いは那古野神社の宮司さんがおみえになります。ここでの出会いから始まって以来、私の写真展には必ず来て下さっています。私も六句町の祭礼を通して多くの方とお知り合いになれました。まさに私にとっても屋根神さまからいただいたご利益といえるでしょう。

【屋根神】西区幅下/西-8/廃社

西-8:廃社










西-8
所在地:名古屋市西区幅下
    Nagoya-shi Nishi-ku habashita
祭 神:秋葉・熱田・津島・浅間
場 所:台上
向 き:東
祭礼日
氏神社:浅間神社
地 図
メ モ:廃社

・01年12月01日
 (株)オクイの敷地内に神域をつくりまつっている。灯篭、さい銭入れ、ろうそく立てなどがあり、石垣の上に社殿が設置されている。覆殿は、社殿だけでなく神域全体を覆っている。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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