十一月一日の月祭、先月と同じく西区栄生の通称 “マコロンの屋根神さま” を訪れた。
名古屋ではなかなか見られない、正真正銘の屋根の上にまつられた神さまだ。
同じ栄生でも名駅通の西と東とでは準備の仕方に違いがある。
西側では午前八時きっかりに組単位で準備を行う。
時間より少し前に神前で待っていればグループがやってくるので、声をかけて撮らせてもらえばよい。
一方、東側では当番の裁量に任されているので、準備時間は一定ではない。
マコロンの屋根神さまもそのタイプである。
月祭の朝、栄生駅に降り立ったのは午前六時半。
小走りで屋根神さまに向かうが、着くと社の下にはすでにお供えが…
「おはようございます。あなた、よく来てたね」
悔しまぎれにシャッターを切っていると、顔見知りのおばあさんに声をかけられた。
かつて月祭のたびにマコロンの屋根神さまにレンズを向けていたとき以来だから、三年ぶりだろうか。
「最近、また屋根神さまが気になりましてね」
屋根神さまがつないでくれた縁はまだ生きていた。
自分の居場所に戻ってきたような安ど感。
写真が撮れなかったことよりも、それが嬉しい。
名古屋ではなかなか見られない、正真正銘の屋根の上にまつられた神さまだ。
同じ栄生でも名駅通の西と東とでは準備の仕方に違いがある。
西側では午前八時きっかりに組単位で準備を行う。
時間より少し前に神前で待っていればグループがやってくるので、声をかけて撮らせてもらえばよい。
一方、東側では当番の裁量に任されているので、準備時間は一定ではない。
マコロンの屋根神さまもそのタイプである。
月祭の朝、栄生駅に降り立ったのは午前六時半。
小走りで屋根神さまに向かうが、着くと社の下にはすでにお供えが…
「おはようございます。あなた、よく来てたね」
悔しまぎれにシャッターを切っていると、顔見知りのおばあさんに声をかけられた。
かつて月祭のたびにマコロンの屋根神さまにレンズを向けていたとき以来だから、三年ぶりだろうか。
「最近、また屋根神さまが気になりましてね」
屋根神さまがつないでくれた縁はまだ生きていた。
自分の居場所に戻ってきたような安ど感。
写真が撮れなかったことよりも、それが嬉しい。