名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

名古屋市:西区

【愛知・名古屋市】屋根神さまのある風景 2013

仕事をしながら屋根神さまの月祭を写真に納める日々が続いた。

出勤前に職場近くにある屋根神さまを訪れたとき、二、三人のグループが社の前でしきりにメモしたり写真を撮ったりしていた。

「いまはもしかして屋根神さまが流行っているのかもしれないわね」

職場の先輩に、僕以外に屋根神さまを調べているひとがいたことを話すと大笑いされた。

「西区の屋根神さまマップ」ができたのはしばらくたったあとのことだった。

カラー刷りの小冊子は屋根神さまが流行の兆しにあると思わずにいられないほどの出来で、新聞に紹介されたり増刷にいたるほどの人気だった。

その仕掛人は区役所に勤めるKさんで、あのとき調査していたのは区役所が募集したグループだった。

「写真をたくさん載せて西区の屋根神さまをPRできないかな」

写真展を開催した僕にKさんから「広報なごや西区版」で屋根神さまの紹介ページ作成の話をいただいたのは、西区に移住した年のこと。

あれから十年がたった。

屋根神さまの置かれている状況は年々厳しくなってきている。
いまの僕にできることがあるとしたら何だろうか。

【愛知・名古屋市】屋根神さまのある風景 2013

僕が屋根神さまのある風景を残さなきゃと思ったのは、ある言葉を聞いたのがきっかけだった。

それまでは自転車に乗って記念撮影的な写真を撮っているだけで、問題意識なんてものは少しもなかった。

「屋根神さまには建築学的な意味はない。そのうち消えてしまうだろう。」

あるセミナーで名古屋市の文化財行政に携わる偉いさまはこういい放った。

立ち話だったし悪意からいったことではないにしても、祭礼を行うひとたちがいる以上、その言葉を聞き、寂しいものを感じた。

自分に何かできないだろうか…

思いついたのは写真だった。
仕事でカメラを使ってたから写真に撮って記録してみよう、と。

屋根神さまの写真集を作られた山地英樹さんに感化されただけといえなくもないけど、当時の僕にとってそれが精一杯だった。

それから僕と屋根神さまとが深くつながっていった。

そしてお役人の言葉をきっかけに写真を撮り始めた僕を、今度は役所の志あるひとたちが助けてくれるようになった。

【町の神さま考 】 名古屋の路地とお地蔵さま

110823名古屋市西区那古野


ここ数年、一年に十回ほど京都を訪れている。
有名寺社や観光地には行かない。
純粋に町を歩きたいからである。

京都には路地が生きている。
車一台通るのがやっとの道路から、ひと一人通るのがやっとの路地が枝分かれする。
路地は家々がびっしり詰まって建てられている生活空間でありながら、突き当たりや家と家の隙間にお地蔵さまをまつる祭祀空間としての機能も合わせもっている。
お地蔵さまは、町内会や班と呼ばれる隣組で管理しており、毎年夏には各路地を舞台に地蔵盆を行うのが、京の夏の風物詩だ。

名古屋に路地はあるだろうか。
かつて「閑所」と呼ばれた路地空間が市中心部の長屋が密集する地域に見られた。
しかし古い家屋の建て替えや道路拡張など再開発事業により姿を消しつつある。

西区那古野。
石畳が敷かれた路地の奥に子守地蔵尊をまつるその風景は、京都の路地を彷彿とさせる。
八月二十三日の地蔵盆にはお供えや提灯がにぎやかにお地蔵さまを囲み、路地は手作りのあんどんや紫幕で飾られる。
生活空間と祭祀空間が重なり合う路地は名古屋にも生きている。

写真は名古屋市西区那古野。

【ことば】はしご...折れてまったんだわ...

「これはよう、もう上にできんのだわ。はしご見てくれる? 折れてまったんだわ...この町内はよう、年寄りばっかだでよう」


--解説--
月次祭の準備にやってきたおじさんのことば。つい最近まではしごを使って神前にお供えしていたのだが、木のはしごが折れたこと、高齢者が多くなったこと、高いところが危ないことを理由に社の下側におまつりするようになったという。
名古屋市西区/2009年

【ことば】道具はちゃんととってあります...

「神さまはもうおまつりしてませんけど、そのとき使っていた提灯やおまつりの道具はちゃんととってありますよ」


--解説--
屋根神さまのセミナーに参加されたおばあさんのことば。おまつりしなくなったあとも社はかつてのように軒先に見られ、その時に使っていた祭具類もきちんと残してあるという。
名古屋市西区/2008年5月

【第10刷】西区内屋根神分布一覧

 市内屋根神一覧表を順次掲載していきます。初回は問合せの多かった「名古屋市西区」からです。以前よりお知らせしていた通り、2006年のデータを基準に作成しており、「西-1」「西-23」等の番号は「屋根神」写真の番号と連動しています。写真で「廃社」となっているものは2006年以前に消滅した社です。

★「名古屋市西区内屋根神分布一覧」はこちらから。

※1、庄内川北側の小田井地区は含んでおりません。
※2、所在地は丁目までの掲載となります。例:「那古野1丁目」「栄生2丁目」。番地まではブログ上では掲載いたしませんのであしからず。
※3、表中に誤りが散見されます。ご迷惑をおかけしますが発見次第訂正いたします。
※4、「第8刷」発行にあたり、2009年までの廃社情報が一部更新されていませんでした。申し訳ございませんでした。

<更新情報>

・第10刷発行:[10/12/1]
「西-21」「西-43」:廃社情報を掲載しました。

・第9刷発行:[10/7/18]
「西-57」:廃社情報を掲載しました。

・第8刷発行:[10/5/1]
「西-42」ほか:廃社情報を掲載しました。

・第7刷発行:[08/12/10]
「西-68」:祭祀場所「台上」→「堂内」

・第6刷発行:[08/11/16]
「西-50」・祭祀場所「はめこみ」→「ベランダ」
「西-51」・祭祀場所「ベランダ」→「はめこみ」
「西-51」・祭神「秋葉・熱田・八幡社」へ訂正(*)
(*)「西区の屋根神さまマップ」には「秋葉・津島・八幡社」とあります。

・第5刷発行:[08/11/8]
「西-16」・祭祀場所「屋根」→「家と家の隙間」へ訂正

・第4刷発行:[08/10/31]
「西-11」・向き「東」→「南」へ訂正

・第3刷発行:[08/10/29]
「西-10」・脚上→壁面へ訂正
「西-30」・栄生稲荷西→栄生稲荷東へ訂正

第2刷発行:[08/10/23]
「西-37」廃社にともない更新しました。

【歩く見る聞く】小雨が降るなか無理なお願い...

 10月1日の月次祭は私にとっては新たな船出のような気分です。9月の月次祭は雨や寝坊などで屋根神さまの写真を撮れませんでした。しかも西区内で絶対なくならないだろうと思っていた屋根神さまが数社なくなっていることが確認されました。屋根神さまを記録している自分自身の怠惰に無性に腹がたち、この日は絶対に撮ってやるんだと午前5時半に家を出て現場に向かいました。さらに昨日の記事にも書きましたが、記録用のフィルムをネガからポジ(リバーサルフィルム)に変更いたしました。その辺りの経緯は10月5日付けの記事をご覧下さい。

<中村区那古野>
 しかし現場に到着し空がだんだん明るくなるにつれ、曇りがかっていることに気づきました。当初国際センター近くの屋根神さまを撮る予定で待機しているとお世話をしている家の方が出てこられ「今日は雨が降るらしいから、そうしたら提灯は出せんよ。今日は準備はうちじゃないで、やるとしたら10時ころかな」と教えて下さいました。そう話しているうちに空からぽつぽつと雨粒が。これでは撮れないと思ったのですが、せっかくポジを装填したのでどう写るか撮ってみたい。そこでかつて私がはじめて屋根神さまを目にした四間道に向かいました。

<西区那古野>
 国際センターから四間道までは自転車で数分の距離。着いてみるとまだ準備は行われていません。しかし先ほどから降り始めた小雨はやむ気配がありません。しかたなく自転車をとめて私は屋根神さまがまつられている家の軒下で雨宿りします。するとお盆にお供えなどをのせたおばさんがこちらに歩いてきます。早速、「屋根神さまの写真撮りたいんですけど」と声をかけると「いいけど今日はこんな天気だで提灯出せんけど」と写真はOKだけど、提灯は駄目とのこと。これはどこでも聞かれることですが、提灯は雨に濡れるとすぐに破れてしまいます。しかも提灯は一個あたりが八千〜一万円くらいと高額なので、大切に使わざるをえません。「そうですか、残念ですね」とため息まじりに話すとおばさんは、「写真撮る間だけならいいよ」といってくださいました。運がいいとはこのことです。早速撮らせていただきました。やはり屋根神さまの月次祭には提灯がなくては。

<西区栄生>
 四間道の屋根神さまを撮らせていただいた後、じつはもう一軒撮りたい屋根神さまがありました。西区栄生。私がかつてその準備を待つために社殿の下で三時間ほど座っていたことのある屋根神さまです。フィルムをかえて新しい船出を飾るにはふさわしい神さまです。しかしこちらは到着時にはすでに準備も大方終わっており、カバンからカメラを出したときにはすでに準備の方は手を合わせていらっしゃいました。ですがよく見ると提灯がありませんので「今日は提灯はなしですか?」と分かりきっていることをあえて尋ねてみました。「雨が降ってくると提灯が破れてまうでねえ」と期待した通りの答えが返ってきました。「そうですか...」と無念さを交えると「少しの間なら提灯出してあげてもいいよ。そのかわりお兄さんが上に上げてよ」とここでも親切に提灯を出してくださいました。もちろん上げ下げは私がやらせていただきました。

 那古野も栄生も何度か撮影していることろなのですが、当日のような自分にとって特別な日には撮っておきたい屋根神さまであると感じました。そして地域の人々の親切に触れることができ温かい気持ちになりました。まさに船出にふさわしい月次祭です。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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