名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

くらしの窓から

【くらしの窓から】酒難。

一昨日、飲み過ぎて電車を寝過ごした。
その翌日の昨日、再び酒を飲み過ぎた。

毎週火曜日は清掃の仕事を終えてから遅めの昼食をとることにしている。
そのあとは仕事がないのでサイゼリヤのランチメニューとワインを楽しみながらブログの原稿を書くのがささやかな楽しみである。
しかし昨日は妻が四連休の最終日で僕の職場近くまで出てきた。
そこで僕の仕事の終わりを待って一緒に昼食をとることにした。

僕は赤のデカンタで妻は白のグラスワイン。
ひとりで来るときはそれ以上を飲まないのだが、前日にかなり飲んでいるにも関わらずもう少し飲みたい気分になった。
そこでサイゼリヤを引き上げて近くの日本酒バーに行くことにした。

立ち飲みのその店のことは知っていたけど、なかなか行く機会に恵まれなかった。
時間が早いせいか客はだれもいない。
僕は四十五分間、同種類以外の酒がお猪口に飲み放題のプラン、妻はお酒一杯+つまみのセットにした。

僕のは飲み放題とはいえお猪口なのでそんなに酔うことはないだろうと高をくくっていた。
かなりのハイペースで飲んでいき、思い入れのある一本義の伝心を最後にとうとうお店に置いてある全種類の酒を飲みきった。
ちょうど時間になったので支払いを済ませ、妻が寄りたい店で買い物を済ませ帰ることにした。
しかし全種類飲んだ達成感はその数時間後気分の悪さに変わった。

自分でいうのもなんだけど僕は酒が好きだ。
それほど強くはないけど、コンディションと種類によってはワインも日本酒も四合瓶サイズ一本を飲んでケロッとしているときがある。
だけど一昨日は四合瓶を一本近く飲んでしまったことが寝過ごしにつながった(確かに翌朝はケロッとしていた)。

しかし昨日は違った。
家に帰り寝室でぶっ倒れて寝てしまった。
夜中十二時ころに再び起きたときの気持ちの悪さ。
完全に悪酔いしていた。
一種類の酒を飲む分には悪酔いどころか翌日にも持ち越すことはないが(僕の場合)、十数種類飲んだものだから、いつしか胃のなかで異なる酒をちゃんぽんして悪酔いするのと同じような効果が現れたのではないか。
同じ日本酒、純米酒とはいっても水、米、酒を醸す地域の気候、日本酒度、精米歩合等々違いも多い。
違いがあるのだから混ぜて飲んではいけない。
この一件で学んだことがあるとすれば、そこである。

それにしても二日連続の失敗。
だから今回は本腰を入れて酒を飲まない日を作ろうと決意した。
かといってまったくなしにするのもストレスになる。
考えたのはこんなプラン。

日・二合
月・二合
火・サイゼリヤ
水・禁酒
木・禁酒
金・禁酒
土・自由

かなりゆるいものだからすぐやらなくなってしまう危険性がなくもない。
でもこれが定着すればすごいことだ。
これまで毎日飲んでいた酒を週に三日も飲まなくなるのだから。

ちなみに日、月の二合というのは日本酒の小瓶サイズのこと。
日、月のどちらかで出かけることが多いから、出先での酒との出会いはこれまで通り大切にしたいとの願いを込めて。

さてどれだけ続くだろうか。

【くらしの窓から】ファンから株主へ。  

何年前のことだか忘れてしまった。
仕事を終えて帰宅までにひと息入れたい。
そう思ってコーヒーを飲みにスターバックスに行った。 

ビジネス街にあるせいか店に入るとすでに席は満員。
コーヒーを飲みながら読みたい本を持ってきたのに、仕方なく引き返すか。
そう思ってビル一階にあるスタバを出ると同じビルの地下にサイゼリヤがあった。
確かメニューにワインがあったはず。

その当時はいまのように頻繁に通うことはなかった。
仕事の合間、偶然近くにあれば利用する程度、だった。
階段を降りて地下のお店のドアを開ける。
スタバほど満員というわけではなく、席は余裕で空いている。
ひとり用の席が多いのはビジネス街ゆえか。

そんなことを考えながら、仕事が終わったんだからお酒もOKとワインを注文。
当時はいまのようにお店に慣れていなかったので、食事というより帰宅前に一杯やる感じだった。
注文するのも赤ワインのデカンタ500mlとフレッシュチーズとトマトのサラダだけ。
「サイゼリヤ飲み」という言葉があるそうだけど、もちろんそんな言葉知るわけもなく、自己流で実践し始めた。

手ごろな値段でそこそこおいしく、結構酔える。
そのうち一週間に一度、週末のサイゼリヤ飲みを楽しみにするようになった。
毎回同じお店を利用し、注文するものも同じだからお店のスタッフも顔を覚えてくれただけでなく、いつものでいいですか? と声をかけてくれるようになった。
常連になった気分である。

日本酒を宅飲みすることが多くなっても、サイゼリヤは僕のなかでは別格扱い。
スタバなどのカフェが自宅でも職場でもない第三の場所を意味するサードプレースと称するようだが、僕のサードプレースはここである。
名古屋市内にもサイゼリヤは何店もあるけど、僕にとっての原点は桜通大津店。

さて最近、サイゼリヤ好きな僕にとって画期的な出来事があった。
とうとう株主になったのだ。 
一年ほど前から投資信託はやっていたけど個別株を買うのはサイゼリヤが初めてだ。
折しもコロナ禍で様々な業種が影響を受けたころ。
ステイホームが推奨され外食産業もかなりの打撃を受けたはずだ。
サイゼリヤも例外ではないのは株価を見れば一目瞭然だ。

そこで僕の好きなサイゼリヤを応援するという意味で株主になることにした。
サイゼリヤ全体の何万分の一か、何十万分の一か、何百万の一か、もっと低い比率かもしれないけど、僕のお金がほんの少しでも生きるならば、サイゼリヤファンとしてこれ以上の喜びはない。

妻が実家に帰省した今日、僕は午後のひとときをお気に入りのお店の一角でワインにピザをつまみながら過ごしている。
旅先でもサイゼリヤを利用しているけど、僕はこのお店が一番好きだ。

【くらしの窓から】行くべきか行かざるべきか...

いつものように毎週日曜日と月曜日はお休みである。
日曜日は用事を済ませる日と決めていたので月曜日にお出かけをしようを予定を立てていた。
もちろん自転車で。

毎度のごとく輪行するため最寄りの駅に向かうのだが、その日は午前五時三十分ころ出発の電車に乗ろうと思っていた。
朝は早起きする必要があるが、平日はいつも四時半起き、さらに市場の仕事のときは三時五十分に起きているため特別な早起きは不要なのが最近の僕の強みである。

五時三十分の電車に自転車ごと載せるためには遅くとも五分前には輪行を終えてホームに運び込みたい。
逆算していくと、ホームに五分前、輪行には余裕を持って二十分は必要だから輪行する駅前の公園に二十五分前、家から公園までは十分とすると家を出るのは三十五分前ということになる。
電車の時間が五時三十分ならば家を出るのは四時五十五分である。

うーむ、これなら行けなくはないと思ったから計画をたてたのだけど、ずぼらな性格の僕のこと。
前日にやっておくべき準備をせず寝てしまった。
当日朝は準備に加え朝食+整容で少なくとも一時間は時間が必要。
ということは市場に行く日と同じ三時五十分には起きていなくてはいけない。

寝床に横になりながら考えていた。
体調は悪くないし天気も晴れの予報だから出かけたい。
でも週末の市場仕事を終え、前日の日曜日も妻が仕事だったから六時前に起きている。
のんびりしたいなあ、と思っていたタイミングで市場時間に合わせてあった目覚まし時計が鳴った。
いま起きて準備しないと予定の電車には乗れない。

そのとき心の声が「一週間に一日くらいのんびりしようよ」とささやいた。
ちなみに当日は妻も休みなので、僕が休みさえすれば二人でゆっくりできる。
目覚ましを止めてひと寝入り、気がつくと七時を回っていた。
おかげでその日はとてものんびりゆったりと始まり、一日をのんびり過ごすことができた。

週に一日くらいはゆっくり寝ていられる日があってもいい。

【くらしの窓から】四十路後半の読書熱。

現在、新型コロナの第二波が懸念され、僕の住む愛知県でも県独自の緊急事態宣言が発令された。
名古屋でも毎日百人超の感染者が確認されている。
第一波の緊急事態宣言が解除されホッとしたのもつかの間、世間は第一波のときの生活様式に逆戻りだ。

といっても僕の生活自体は大きく変わらない。
混雑し密空間になる地下鉄を避けるため、自転車通勤、もしくは徒歩十分のバス停まで歩いていきバスと地下鉄を乗り継いで職場に向かうスタイルを続けている。
変わったことといえば、本を読む習慣が以前にも増して生活に根づいたような気がする。

第一波の自粛時、これまで読む機会のなかった日本の文学作品の面白さに気づいた。
家にいる時間や通勤の時間、仕事と仕事の合間に持参した文庫のページを開く。
第一波の三月ころからいままで数十冊の本を購入した。
多くは文庫や新書で、買ってすぐにカバーを取り書斎の机に積ん読する。
そこから気分で数冊をカバンのなかに入れて出かけ、読了するとカバーをかけて本棚へ立てかける。
本棚を眺めながら、四十代も後半になり遅れながら読書ブームがやってきたとひとりほくそ笑む。

ところで、せっかくのブームだから、読書にまつわるものにもこだわってみたいと昨日、ネットで読書用の椅子を検索してみた。
さすが世の中には様々な椅子がある。
ロッキングチェアやゆりかごのようなものからお店に置くような個室風の椅子まで、想像を超えるようなものが多くてびっくりした。
町の本屋がなくなるといわれて久しいけど、読書用の椅子は進化を遂げているようだ。
だが、驚きをもって眺めはしたものの実際、心を揺さぶられるような椅子はない。
ロッキングチェアなら父が四十年以上前に買ったものがある。
それに腰痛改善のための椅子の代用品としてバランスボールがあり、この原稿を書いている机には椅子がセットされている。

それらの椅子でもいいではないか。
もちろんそれらの椅子に座って本を読むこともあるが、なぜか集中することができない。
椅子の問題というより、家という場所にいるがためでもある。
本を手にしていてもやらなくてはいけないことが思い浮かんだり、キリのいいところまで読んだらお茶をいれようとか喉が渇いたので何か飲みたいとか、落ち着いて読むには支障が生まれやすい。

集中して本を読む場所として最適な場所、僕にとってのそれは乗り物のなか。
通勤であればバスや地下鉄だし、古社巡礼の際は輪行するJR車内。
その時間は、立っていても座っていてもとくにやることはない。
通勤の場合、時間にして十数分を乗り換え含めて片道三セット。
自分はじっとしているだけで目的地まで連れて行ってくれるから何も考えなくてよい時間。
だからひとつのことに集中できる。

乗り換えが多いというのもミソで、二冊の本を持って行ったら、乗り換えのたびに替えてみたりする。
もちろん面白い本はそのまま続行だけど、一冊だけを通して読むより頭の体操になってよい。
試行錯誤しながら自分なりの読書術を考えるのも読書生活を楽しむ上で必要なことである。

さて先日、齋藤孝明治大学教授の「読書力」を読んだ。
そこで提唱されているのが「文庫百冊新書五十冊」の読破。
精神の緊張を伴うという条件つきだけど、ぜひ挑戦してみたい。
先述のように買うのは文庫か新書ばかりだから挑戦しやすい環境にある。
昨年、松江に住みながら出雲国の式内社を自転車ですべて回ったことが身体的に秘めた可能性を感じるきっかけになった。
読書への挑戦はどうか。
精神的な可能性を掘り起こすきっかけになれば嬉しい。
四十路後半であっても様々な可能性に満ちあふれていることを証明してみたい。

【くらしの窓から】自転車禁断症状。

コロナ禍の特別給付金を使って自転車のブレーキを交換することにした。
馴染みの自転車屋はコロナの影響で営業形態を変更、事前にネットで予約してから入店という完全予約制となった。

開店の午前十時に予約しておいたので、他のお客もいないなかスタッフにブレーキ交換の件についてこちらの意図をだれにも邪魔されずに伝えることができた。
新人さんということもあり見積もりに時間はかかったけど、一時間くらいで帰ることができた。
現在ピット作業が混み合っているので自転車持ち込みはちょうどひと月後、ブレーキ交換後の納車はさらに一週間後となった。

見積もりを作ってもらった時点でも、これまでのブレーキは問題なく使うことができたのでひと月後を楽しみに古社巡礼に出かけた。
そして先週の月曜日、自転車のフレームに取りつけてあったフレームバッグ類を外しお店に持ち込んだ。
転倒で曲がってしまったブレーキレバーも新しいものとなり、五年分の汚れがこびりついたディスクローターもまっさらになると思うと嬉しい。

そして納車当日の日曜日。
持ち込むときに外したフレームバッグをカバンのなかに詰めた。
自転車のフレームにくっついているときにはなんとも思わなかったけど、いざカバンに入れて持ち上げると結構な重さだ。
なかにはぶっといチェーンキーやライトや工具類が入っている。
自転車を快適に乗るために必要な必需品ばかりだ。

午前十時を過ぎそろそろ出発、というときに携帯電話が鳴った。
出てみるとお店からだった。
納車の確認かなと思いきや、その若いスタッフは「ブレーキラインがいままでのものと互換性があると思っていたのですが、今朝付け替えてみたらダメでした。いまから発注かけるのであと二日ほどお時間もらえませんか」と謝りながらいった。

僕は出かける支度をしたばかりなので一瞬言葉を失った。
見積もりの時点ではブレーキラインは使えるといっていたはず。
まあそれはよいとしても見積もりからひと月がたち、しかも自転車を持ち込んでから一週間が経過している。
しかも納車当日に発覚したとなれば、一体、この間何をしていたのだろうか。
頭に来たけど、電話口で騒いでも納車の時間が早まるわけでなし、とりあえず二日後に行くことを確認して電話を切ったが釈然としない。

明日、仕事が終わってから取りに行く予定ではいる。
その際、長い時間がありながらなぜこういうことになったのか、周りには自転車の知識が豊富なベテランたちもいるだろう。
その先輩たちは新人の彼を放っておいたのだろうか。
自転車を受け取る際、今回の事態の原因を質してみたい。

それにしても、たった一週間のこととはいえ、自転車中心に回っていた生活が自転車がないというだけで途端に不便になった。
買い物も近所で済まさざるをえないし、冒険的に遠くの酒屋に日本酒を求めに行こうという気もなかった。
それに町に出て自転車に乗ったひとの姿を見ると、羨ましく思える。
かといってもう一台を買うことはモノを増やすことにつながるから避けたい。

自転車に乗りたい欲求は、自転車があると気づかないけどなくなるとふつふつと心にわき上がってくる。
酒を切らしたときに飲みたくなる気持ちや出先で手持ちの本を読みきってしまったもののほかに読む本がないときの状況に似ている。
完全に体が禁断症状を起こしている。
それと、部屋にあることが当たり前の自転車がない風景、日常と違う欠落した風景に対する不安感の増大もあるかもしれない。

とにかく早く我が家に戻ってきてほしい。

【くらしの窓から】香港系の友人。

韓国で過ごしていたときの知り合いに香港系カナダ人のR君がいた。
彼とは友人を介して知り合った。
僕よりひとつ年上のお兄さんだったけど、年齢が近いこともありすぐに仲良くなった。

聞くと生まれは香港だけどカナダに移民したという。
移民したのが幼いころだったので英語はほぼネイティヴである。
いつもニコニコしていて気さくな性格、そして語学堪能。
シンガポールから来ていた女の子との会話を側で聞いていた。
最初は広東語で話していたと思ったら次に英語になり、そして韓国語に移っていった。
聞いている分には言語間の継ぎ目はなく、とてもスムーズだったことに衝撃を受けた。
世の中にはこんなひともいるんだと。

普段は友人たちのグループで遊ぶことが多かった。
僕が韓国から帰国するというとR君は「お茶でも行こうよ」と韓国茶の店に行き、テーブルにカメラを置いて肩を組んで写真を撮った。
それが彼と会った最後だった。

香港に「香港国家安全法」が施行されたことを新聞一面が伝えていた。
香港がイギリスから中国に返還されたときのことを覚えている。
ソウルの下宿部屋のテレビで中継を見ていた。
返還されても五十年は一国二制度で高度な自治が付与されるとされた。
しかし二十三年で高度な自治は潰えてしまった。

小さいころに香港のカンフー映画やコメディ映画が好きだった。
とても身近に感じていた香港。
行ったことはないけど、二階建てバスが走り、電飾が夜空にきらめく自由な世界というイメージだった。

今後、香港はどうなっていくのだろう。
自由が失われた香港、強権的な中国に対する恐怖。
R君はカナダでこの事態をどう思い感じているのだろう。

【くらしの窓から】おかしな日記。

最近、ブログをサボり気味である。
実際、書いてはいるのでサボっていることにはならないかもしれない。

投稿する日が一日ずれ、とうとう昨日二日ずれてしまった。
もともとその日の分はその日に書くようにしていた。
古社巡礼の記事はほぼ書こうと計画したその日に書き、掲載している。
しかしいまはすべてを回りきった「国」(尾張国とか伊勢国とかの国)が皆無の状態で、その隙間を埋めるように身辺雑記を書いている。

そこに少し油断があったのだろう。
本来なら日記はその日のうちに書くものだろうが、その日にあったことをその日の晩に書こうとすると都合が悪いことが多々あった。
感情に任せて書いたり、晩酌でほろ酔い気分になり寝てしまって書けなかったり。
だから翌朝、頭がすっきりした状態で前日のことを思い出して書くことにしていた。

しかしだ。
昨朝も一昨日のことを書き、そのままにしていた。
仕事から帰ってきて掲載しようと思っていたら、帰るなり一杯やり始めた。
そして夕食をとるとそのまま食卓の後ろに倒れこんで寝てしまった。
急いで布団を敷き風呂に入ったが、ブログの原稿はそのまま放置されたまま。
結局、二日後の朝に投稿となった。

ちなみにこの原稿、七月一日に書きながら、六月三十日投稿の予定。

【くらしの窓から】ブレーキ新調。

FATBIKEのブレーキを交換することにした。
乗っているとき左側のブレーキレバーが曲がっていることに気づいたのは一年ほど前。
立てかけておいたときバランスを崩して倒れることが何度かあり、その都度強い衝撃を受けていたので曲がったようだ。
ブレーキの機能は変わらないが、常に手をかけている場所なので気になって仕方ない。

僕がFATBIKEを購入した店に行こうとしてホームページを確認するとコロナ禍で入店は完全予約制となっていた。
FATBIKEを購入した当時は何かにつけてちょこちょこと買い物していたけど最近は一年に数回、しかも修理の依頼ばかり。
今回も部品交換だから修理みたいなものだ。

予約して行った午前十時台はお客さんが三組。
僕以外のひとは用事を済ませ早々に帰って行った。
最初はブレーキレバーの交換のつもりだった。
でもFATBIKEには五年乗ったのでブレーキ本体とディスクローター、つまりはブレーキ一式を新しいものに交換することにした。
ブレーキは自転車に乗る上で一番機能しなくてはいけない部分。
最近は音鳴りするようになったし、よく見るとブレーキ本体もかなり傷ついている。

二十代のころから自転車が好きでとくにマウンテンバイクに乗っていた。
当時は年数がたてば部品を交換というより新しい自転車を買うことばかりを考えていた。
でもいまはお金がないこともあるけど、丈夫なフレームはまだまだ使えるし、部品交換の際に少しずついい部品をつけるようにすれば自転車自体のグレードが上がる。
しょっちゅう輪行をするものだからFATBIKEのフレームにはかなり傷がついている。
その傷さえ美しいと思うことがある。

五年間、僕をいろいろな場所に連れて行ってくれた自転車だからこそ、これからも乗りたい。

【くらしの窓から】タコライスで思い出した沖縄。

先日、市場での仕事で野菜をたくさんもらった。
そのなかにサニーレタスがあった。
レタス類って我が家ではなかなか買って食べないので、調理方法に迷っていたとき、妻が沖縄ハムのタコライスの元を見つけた。
チリソースと味付けミンチがついているので、サニーレタス、トマト、ピザ用チーズを用意するだけで簡単にできてしまう。

作り方は簡単。
味付けミンチをお湯で温め、皿に盛りつけたご飯の上にまぶす。
その上に千切りにしたサニーレタスを盛り、細かく切ったトマトを並べチーズを振り、チリソースを全体にかければ出来上がり。
スプーンで混ぜて食べる。
チリソースの味が口中に広がり、レトルト食品とは思えないうまさ。

僕はこれまで二回沖縄を旅している。
もうかれこれ二十年近く前のことだ。
一回目は糸満から辺戸岬まで沖縄本島を歩いて縦断した。
二回目は何を思ったのか沖縄の新聞社の試験を受け、その足で石垣島とさらに台湾まで渡り、鹿児島、宮崎、大阪と船を乗り継いで帰ってきた。

二回目の旅では台湾になかなか渡ることができず、船待ちのために石垣島の公園で数日野宿していた。
そこで同じように野宿していた若者と親しくなった。
その若者の好物がタコライスで、そのとき初めてタコライスという存在を知ったのだった。
そんなことだから沖縄旅行中にタコライスを食べたことはなかった。
本土に帰ってきて、沖縄料理店で食べたのがタコライス初体験である。

アルバイトをして過ごしていた当時はいまよりも時間があったので、沖縄へは船で行った。
名古屋港からも沖縄便が出ていた。
名古屋港から那覇まで三日間。
九州を過ぎた辺りからは波が高くとても揺れるので船室でじっと本を読んでいた。
沖縄に行くからと持参した灰谷健次郎の「太陽の子」を船室内に閉じこもって読んだ記憶がある。

タコライスを食べて若かりしころの沖縄の旅を思い出した。

【くらしの窓から】コロナと本。

新型コロナの外出自粛期間にできた習慣で一番大きいのは本を読むこと。
いろいろと不便を強いられたからコロナのおかげなんていいたくないけど、実際、その期間に読んだ本の冊数や時間はコロナ以前と比べて大きく増えたと思う。
自転車通勤のおかげで電車内での読書時間は減ったけど少しでも空き時間ができるとカバンのなかから本を取り出しページをめくる。

スマホも見ることは見る。
自分の揚げたインスタの「いいね」を確認したり、ヤフーニュースを読んだり、天気予報で雨雲を確認する。
でもスマホを見るのはそんな程度。
カバンのなかには常に文庫と新書、計三冊を入れている。
一冊だけだと読み終わったあと読むものがない空虚な時間を過ごさなくてはならない。
そのため読み終わるとすぐ次につなげるよう、複数冊用意しているのだ。

持っていく本のジャンルはバラバラ。
それを一冊ずつ読むのではなく複数冊を同時に読んでいる。
例えば雨の日、バス車内で小説Aを読み、乗り換えた地下鉄車内で新書Aを、下車した駅から仕事先までのバスでは小説Bというように、一日のうちそれを繰り返す。
一度に読める量は少なくとも、同時に読めば複数の内容を楽しめ、なんとなく精神の体操になるような気もする。

とはいっても面白い本は一冊を連続して読むこともある。
先週末の福井の旅で、電車内で読んでいた本は長編ということもありなかなか読みきれなかったけど、福井市内の書店で買った本は興味深い内容だったので一気に読んだ。
最近、三谷宏治著「戦略読書」という本を読み、自分がこれまで読む機会のなかった海外ミステリーをお試しで買ってみた。
何度かページをめくっているのだけど、面白味に気づいていないせいか、あまり進まない。
他人が薦める本も自分にとって気が進まなくては意味はない。
もしかしたら今後、どハマりする可能性もあるので、しばらくは机の上に積ん読しておこう。
カテゴリ
最近のコメント
RSS
ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
「livedoor 天気」は提供を終了しました。
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
お願い
◆お問合せ、ご質問、取材などご連絡はコメント欄へお願いします。後ほどご連絡差し上げます。


◇ ◇ ◇


◆当ブログの写真や図、文章等の無断転用・転載を禁止します。
お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
  • ライブドアブログ