名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

くらしの窓から

【くらしの窓から】讃岐暮らし。

今日は十一ヶ月目の父親の命日。
仕事を終えて実家に向かい、母親とともにささやかな夕食をとった。
昨年の十月といえば、父親の思い出の場所へ家族全員で旅行した。
その後、一週間ほどの時間しか残されていなかった。
だから旅行は最後の最後に間に合ったといってもいいかもしれない。
行くことができて本当によかった。
父親がいないいまとなっては本当にそう実感する。

明日からまた旅に出る。
旅というのか分からないけど、とりあえず出かける。
行き先は香川県高松市。
十日間の「プチ移住」

今回の高松行にはいろいろな理由が混じり合っている。
まず僕の父親。
讃岐うどんが好きで青春18切符が出るたびに香川へ出向き、うどんを何杯が食べてその日のうちに帰ってきた。
名古屋から日帰りが基本だけど、一回だけ疲れて高松で泊まると連絡が入ったことがあった。

次に義父。
若いころ仕事で七年間、高松に滞在していたという。
妻が高松行を切望したのは父親の目にしていた風景を自分でも見たいということがきっかけだ。
そこから火がつき、高松を拠点に島を巡りながら瀬戸内国際芸術祭を観覧しようという計画を立てたのだった。

「プチ移住」について細かい決まりごとがあるわけではないけど、「暮らしながらその土地について知ろうとすること」としておけば、僕にとっては松江以来二回目、妻は初めての経験となる。
期間は十日で、初日と最終日は移動日なので滞在期間は正味八日。

そして僕。
式内社を回ることが使命と勝手に考えている。
父親のことを考えながら、讃岐の古社を巡りたい。

【くらしの窓から】トリプルワーク。

「トリプルワーク」するようになった八月以降、一週間の動きがようやく固定化されてきた。
日曜と月曜は休みで、火曜から土曜を出勤日としている。
その間に三ヶ所で仕事をするわけだが、三ヶ所とも体を使ういわゆる「肉体労働」
そのため、土曜日最終の介護の仕事のあとで酒を飲むと倒れるようにして爆睡してしまうこともお決まりとなってしまった。

ちなみに今週の勤務スケジュールはというと...

火曜日:介護1.5+ホテル清掃5(6.5h)
水曜日:介護1.5+介護事務1+介護1.5(4h)
木曜日:介護1.5+ホテル清掃5+介護1+介護2(9.5h)
金曜日:市場配達4+介護1.5+介護2(7.5h)
土曜日:市場配達4+介護4+介護1.5(9.5h)

五日間の合計は三十七時間。
一日八時間労働週五日勤務の四十時間よりは少ないものの、仕事の中身はほぼ動きっぱなしで結構ハードである。
とくに今週は一日9.5h労働の日が二日あったことが疲労感を高める結果となった。

ただ肉体的にはしんどくても仕事内容を後々引きずることがまったくない分、精神的にはとても楽である。
おかげさまで食事も酒もおいしく感じられる毎日だ。
できればもう少し楽になるとありがたいのだが。

【くらしの窓から】あぁ、またやらかした...

大変なことをしてしまった。

仕事を終えて帰宅してからブログの原稿を書いたものの、そのファイルを何も考えず消してしまった。
かなりのボリュームで書いたものだったから、それなりに動揺している。

今日はどうやらそんな一日らしい。
朝から何だかタイミングというか、自分がやろうとすることと自分の外側の世界との波長がいまいち合わない。
バスが到着時間を過ぎて相当待っていてもちっとも来なかったり、仕事はいつもより時間がかかり、しかも疲労度はその仕事を初めてから一番きつかったりとか...
何か、それが何だか分からないけど、いつもと違うようだ。

家に帰ってきて、パソコンに向かいどうにか書き上げたブログの原稿。
それも書き上げた安心感で保存せず完全に消してしまった。

こうなったら気持ちを切り替えるしかない。
その原稿は今日書くべきものではなかったんだ、明日、ゆっくり書くためのものだったんだ、と。

そう解釈しよう。

【くらしの窓から】休職から得たもの。

松江での「プチ移住」を含め、六月末で休職期間を終えてから少しずつ働き始めた。

形式的には元の職場に復帰、ということになってはいるものの、そこでは常勤ではなく非常勤を希望した。
元の職場では事務と現場を合わせて週に数時間働くだけである。
もちろんそれだけでは家計を賄うことは難しいので他でも仕事を探し、七月から中央卸売市場内の配達を、八月からはホテルの客室清掃の仕事を始めた。

休職期間中、四月は三月の給料が100%出た。
五月は四月に少しだけ出勤した分があったけど、六月、七月は無収入。
蓄えを切り崩して生活費に充てた。
八月になりようやく七月分の給与が入り始め、今月九月は介護、市場、ホテルの三ヶ所で働いた八月分の給料を得た。
派手な生活さえしなければどうにかやっていける程度になった。

仕事は日月休みの週休二日で、仕事は火〜土。
一日八時間労働になるように二種の仕事を組み合わせている。
三ヶ所とも肉体労働だが、以前のように休日でさえ常に携帯で縛られるといったことはないため、精神的にはとても楽になった。
古社巡礼で回っているとき、山中の神社境内で電話を受けたことがあったけど、いまはもう昔の話である。
それだけでも本当にありがたい。
それに責任者という立場上、スタッフが抜けると代わりで出なければならず、それで休みが潰れることがあったし、父親が亡くなった当日も代わりがいないことで仕事に出た。

いまは毎週日曜日は完全に休みなので、妻と一緒に散歩や近場に出かけたりと一日をともに過ごす時間が増えた。
当たり前のことが当たり前のようにできるようになったんだと思うと、体調が崩れた悔しさも慰められる。

いまはもう一生懸命でなくてよいと思う。
一生懸命というと聞こえはいいが、それで体調を崩して損をするのは自分だ。
休職してまず自分ありきであることの大切さを痛感した。
ひとのため、はそれからでいい。

【くらしの窓から】休肝日に挑戦、再び...

昨日は久しぶりの休肝日。
酒を一滴も飲まなかった。

九月に入っても例年以上に残暑が厳しい。
一日、仕事で体力を使い果たし家に帰ると欲しくなるのが、缶酎ハイだ。
ストロング系のロング缶を帰宅とともにグビグビやるとたちどころに幸福感に満たされる。

缶酎ハイで幸せを得られれば安いものだが、束の間の幸せ感も問題を多くはらんでいる。
帰宅後の酎ハイはあくまでも帰宅してすぐに飲むものだから晩酌までもたない。
だから晩酌用にもう一本必要になるのだ。
最近、職場からクオカードをもらったことから、コンビニでビールを買って飲んでいる。

とはいえ一日二本ペースで飲むということを続けると、肝臓にも負担がかかるし、何よりも家計を圧迫する。

さらに先日、美濃国の古社巡礼で加佐美神社近くの酒蔵「小町酒造」で日本酒を一本手に入れた。
サドルバッグに入れて持ち帰った「長良川別囲い純米吟醸」
すっきりした飲み口に、原酒ならではのしっかりとした味わい。
小町酒造の酒は数年前、妻と岐阜市内の中華料理店で飲んで以来。
懐かしいねぇ、といいながら気づくと一本空になっていた。
おいしい酒だから飲みすぎ、失敗というわけではない。
でも僕は翌日以降も仕事。
しんどい状態で一週間働きたくない。

そこで火曜日の昨晩、久しぶりに休肝日を実施することにした。
缶チューハイ依存症には辛いけど、あえて休肝日をやってみるのも挑戦である。
結果、炭酸水とファンタオレンジを代用品として飲みはしたが、アルコール抜きに成功。

ただ今後も毎週火曜日を休肝日にすることはできるだろうか、という不安は残る。
肉体労働者となったいま、体を酷使したあとのご飯と酒が本当にうまく感じる。
酒を飲むことで一日の疲れが癒され、明日も飲めると思うことで一日頑張れる。

でも、それってアル中の域に入っていないか、大丈夫か自分! と自分で自分を心配している。
暑さが引けば酒の量も少なくなるはず、とまさか、そんなことはないだろう。
鍋やおでんの季節には燗酒もおいしくなるから、やっぱ無理。

強制的に休肝日を作った方がよさそうだ。

【くらしの窓から】「プチ移住」に必要なもの、その2。

次回、もし「プチ移住」ができるとしたらどこにどれくらいの期間になるだろうか。
いまから楽しみにしている。

そもそも「プチ移住」とは何日くらいのことを指すのだろう。
「観光以上、移住未満」という言葉聞いたことがあるけど、的を得ていると思う。

ただ松江でのような一ヶ月間の「プチ移住」は理想でもそうそう可能ではない。
金銭的に負担が少なく、仕事を休むにも可能なのは一週間から十日かなというのがこのところ考え続けてきた結論である。
その期間なら十分観光だという意見もあるかもしれないけど、拠点をひとつ所に定めて滞在すればその土地について、滞在経験がないよりはひとつでもふたつでも知ることができるのではないだろうか。
一週間程度の「プチ移住」ならウイークリーマンションの最低プランで可能だし、やり方次第だが年に数回というのも夢ではない。

これを念頭に「プチ移住」キットなるものを作ってみたい。
ふっと「プチ移住しようかな」と思い立ったらすぐにでも出かけることができる必要最低限の持ち物である。
「移住先」にもよるけど、そこにはハサミと洗濯バサミは必ず加えるつもりでいる。
「プチ移住」したいと思えば、必ず次も行けるものである。

【くらしの窓から】「プチ移住」に必要なもの、その2。

調理関係で自宅から送ったものはすべてアウトドア用品ばかりだった。
ナイフ、コーヒードリッパー、メスティン(アルミ製飯ごう)、携帯用箸、チタンカップなど。

一番活躍したのはメスティン。
ご飯を炊くことはなかったけど毎朝のコーヒー、昼食時、味噌汁のお湯を沸かすのに毎日使った。
同じくチタンカップもコーヒーと味噌汁を飲むのに使ったし、携帯用箸も朝昼晩の食事で使用。

逆に、一番使わなかったのがナイフだ。
備えつけの包丁があったので使う機会がなかった。
アウトドア用品が役に立つとはいえ「プチ移住」はキャンプではないので、ブッシュクラフト用の木材をたたき割れるナイフは完全にオーバースペックだった。
むしろあると便利だったのはハサミ。
毎日の暮らしにはスーパーやコンビニを利用するので、購入したものを切るハサミの方がよほど重宝したことだろう。
だから次の「プチ移住」ではハサミを持っていくことに決めている。

それともうひとつ持っていくとすれば洗濯バサミである。
奇しくも「ハサミ」という点で共通している。
松江での暮らしでは毎日自転車に乗って出かけていた。
帰宅後はシャワーを浴びて洗濯というのが毎日の生活パターンだった。
洗濯物は部屋干し用の物干し台があるくらいだから室内干しが推奨されていたようだが、ベランダには物干し竿もあったのでできるだけ外に干していた。
洗濯物をハンガーにかけて竿につるす。
何もなければいいのだけど風でも吹こうものならつるっとしたTシャツはハンガーから滑り落ちてしまうことが多かった。
洗濯バサミは備えつけがないので、洗濯バサミがたくさんついたハンガーから数個を取って単体の洗濯バサミとして使用した。
するとこれが便利で、洗濯物だけでなく封を開けたコーヒー豆や米の袋を閉じる際に活躍した。

いま思えば洗濯バサミくらい買えばよかったのだけど、そのときは取って使うという発想しかなかった。
だから洗濯バサミも必需品である。

【くらしの窓から】「プチ移住」に必要なもの、その1。

「プチ移住」には何が必要だろう。
松江市で暮らしたひと月のことを思い出して、もし再び「プチ移住」の機会があるとしたら何を持っていくか。

期間や逗留先(移住先)にもよると思う。
僕が暮らした松江市のマンションはワンルームタイプで、使いやすいか否かは別として当座の生活に必要なものは揃ってはいた。
家電製品は洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、テレビ(ほかにドライヤーや電気ポットなんかもあったが使っていない)。
調理道具は包丁、薄っぺらいまな板、鍋(大・小各一)、菜箸、大小のスプーンとフォーク。
洗濯関連用品はハンガー(木製とクリーニングについてくる黒いプラ製)、洗濯バサミがたくさんついたハンガー、室内干し用の洗濯干し台。
寝具はベッドに布団一式。
記憶に残っているものを書き出したけど、これだけあれば確かに暮らせるだろう。

だけど何か足りない、これは必要だ、と見渡して松江に到着後早々、百均ショップに買いに行ったものもある。
水切りつきのボール、味噌こし、計量スプーン、ラップ、茶こし。
ボールは米を研いだり、昼食用のおにぎりをつくるときにあると便利だった。
僕は味噌汁好きで、朝晩の食事に味噌汁は欠かせないから味噌こしと味噌の分量を量る計量スプーンは味噌汁を作るときに必要。
ラップはお握りを包むのと、多めに炊いたご飯を茶碗一杯分ずつ包んで冷蔵庫に入れておくのに使った。
また朝晩の食事のあとにはお茶を淹れて飲んでいたが、急須がないので茶こしを使った。
今後、もし移住した先にこれらのものがなければ必需品といえる。

【くらしの窓から】帰ってきたFATBIKE。

八月最終日の今日。
修理に出していたFATBIKEが帰ってきた。

先週の日曜日、秋葉山の激坂を下ったことが原因か分からないが、後輪のハブを締めるナットが緩み、緩むだけでなくフレームを挟んでクイックリリーズとハブについていたナットがお互い締めあってタイヤが動かなくなるトラブルが発生した。
あわや帰宅できなくなるところだったけど、強引に輪行して事なきを得た。

その後、自転車屋さんに持ち込んだところ、診断結果は修理不能。
相当乗ったし輪行をしまくったからかもしれない。
乗り始めて五年目ともなると各所にガタがくるもんだけど、部品さえ交換していけばその分長く乗れるのだ。

今回、FATBIKEに五年乗ったご褒美としてハブを少しだけグレードアップした。
これまではどちらかといえば下位グレードの「デオーレ」から上位の「デオーレXT」に替えた。
自転車屋から家までの短い距離なので良さは評価できないけど、ひとつだけいえるのはペダルを漕ぐのをやめたときの音がとても小気味よく聞こえるようになった。
グレードアップのおかげなのだと思う。

一週間ぶりにFATBIKEを部屋に入れた。
いつもある空間にFATBIKEがないのはぽっかり穴が開いたという言葉そのものだった。
再び古社巡礼に出られるのは来週かな。

【旅の空から】夏と嶋根郡の終わりに...

八月も終盤に差し掛かった。
夏休み中の子どもたちの心にはそろそろ始業式までのカウントダウンが始まっているのではないか。
いまごろ必死になってたまった宿題、自由研究に打ち込んでいるのかもしれない。
そもそもいまの学校では夏休みの宿題があるのかどうか、僕は知らない。
四十年近く前、自分が小学生だったころの基準で話している。

当時「夏の生活」という学習冊子があり、加えて読書感想文、計算・漢字ドリルなど各種課題があった。
そこに通常の出校日とプール出校日まであったので、長期休みとはいえやること満載(もちろん嫌な意味でだ)だったことを思い出す。

夏休みといえば「青春18きっぷ」が現在利用期間でもある。
一冊五回使用可能な18きっぷを今夏は二枚購入、時間的に余裕もあるので普段行けないような遠い場所の古社巡礼に出かける予定でいた。
利用期間は七月二十日から九月十日。
九月に入ってからも使えるけど手持ちのきっぷの利用可能回数は二回のみ。
すでに八回分利用しているが、FATBIKEを持っての古社巡礼に出たのは滋賀と静岡を一回ずつだけである。

六回分は妻と二人で自転車を持たない旅に出た。
敦賀から湖西線経由の京都、酒蔵と梅花藻を訪ねた滋賀、豊橋から岡谷まで飯田線全線に乗る旅。
京都と滋賀の旅は毎年恒例だが、飯田線の旅は妻にとって初めてである(どうやらこれが最後になりそうだ)。
なにより短期的にこれほど休みを合わせて旅に出たのは結婚後、初めてではないか。
これまでは休みを合わせることが難しかったが、いまは二人とも日曜日を休みにすることが可能となった。
だから出かける前日までに予定を立てれば簡単に旅に出られるようになったので本当にありがたい。

一方の古社巡礼、異常な暑さととともに、FATBIKEを修理に出したことから今夏は諦めの気分だ。
もちろん18きっぷじゃなきゃ行けないわけではないし、美濃や三河といった隣接県を旅すれば18きっぷの世話にはなることはないだろう。

「FATBIKE古社巡礼!」は昨日、出雲国嶋根郡を書き終えた。
出雲郡九郡あるうちの二郡が終わっただけなので先は長い。
だから古社巡礼をサボっていてもブログとしては当分ネタに尽きないわけだ。
でもゆっくりとはいえ日々ネタを消化しているわけだから、少しずつでも増やしていかなくては、と内心ヒヤヒヤしている。

嶋根郡が終わったのでいったん出雲国は休憩して、最近訪れた近江国、遠江国の神社について書いていこうと思う。
といっても数社分だけど、よい気分転換になるはずだ。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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