名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

旅の空から

【旅の空から】自転車と多幸感。


一日自転車を走り終えたときの多幸感! 

走っているときは当然辛い。
登り坂も多いし、九月の割に気温は三十度以上、照りつける日差し、したたる汗。
途中、颯爽と通り過ぎていったローディーたちのスマートさとはほど遠い自分。
太いタイヤのFATBIKEをTシャツ、七分丈ズボン姿でまたがる。
全然イケてないおっさんそのもののスタイルである。
自転車に心地よく乗れれば格好なんて二の次でいいじゃん、というのが四十路の半ばを過ぎた僕の持論。
いまからモテても困るし(もちろんそんなことはないけど)、もう四十台なんだから他人の目線よりも自分が主人公でいいんじゃないか。

このもっさいおっさんの一日は名鉄広見線顔戸駅からスタートした。
先週に引き続き美濃国の古社を巡る旅。
賀茂郡の神社を中心に可児市、美濃加茂市界隈を回った。

毎回苦行のような僕の旅だけど、今日は密かに楽しみにしていたことがあった。
昼食にあえておにぎりを持っていかず、お昼ごろに地元の名店「中華そばらいん」に着けるよう時間を調整。
グッドタイミングで到着、チャーハンと揚げ餃子を堪能した。
チャーハンは並でも結構な量なので、食後の古社巡礼がだるくなったのは残念ながら完全に年齢のせいである。

午後からも三カ所の神社を巡り、ゴールの犬山駅に到着したのが十五時半ころ。
特急列車に乗り一路、金山駅へ。

電車のなかで一日を振り返ると走っているときって必死というか、本当にペダル漕ぐことが辛いんじゃないかというくらい走ることに集中していた。
ときにしんどいとか、暑いから冷たいものを、と思うくらい。
でも走り終わると不思議と気持ちは完全に切り替わる。
さっきまでの苦行は輪行した瞬間一日のよき思い出に変わるのだ。
自宅に戻り酎ハイを傾けるころに思い出が多幸感へと変わっている。
そして一日が素晴らしかったことを思うのだ。

【旅の空から】尾張一宮へ小旅行。

秋晴れの一日。
前の晩に酔っ払って「明日、一宮に行こう」と何気に口にしたのだが、それを実行することにした。

最寄りの金山駅から一宮市までは名鉄、JR両方が利用できる。
少しでも安く行くことを考えたら、金券ショップで格安チケットを買うと名鉄の方が安い。
正規料金400円のところ片道280円で一宮へ行けるのだ。

往路は金山から須ヶ口まで行き、急ぐ旅ではないので普通電車に乗り換え一宮へ。
駅に着いたらその名の通り尾張国の一宮である真清田神社に向かった。
駅を出て商店街のある本町通りをへて神社へ歩いていく。
日曜日のせいか商店街は閑散としていたが、神社境内には結構な人出があった。
参拝するのかと思いきや皆一様にスマホを手にしている。
ポケモンGOに興じているようだった。

参拝後は一宮発のオーガニックスーパーをのぞき、本日第一の目的地である喫茶店「シェルボン」へ。

カナディアンスタイルの山形の建物に入ると広々とし天井が高く、席も余裕を持って置かれていた。
籐製の椅子は深く腰掛けると体全体が椅子に沈み込むような作りでくつろげる。
冷房の効いた室内でホットコーヒーとクラブハウスサンドイッチをいただく。
ベーコンと鶏肉が詰め込まれたトーストパン、そこにコーヒーを一口ずつ流し込む。
それだけでも満足だけど、午後二時を過ぎると飲み物を単体で頼んだひと限定で小さなお菓子が提供されるおまけ付き。
一宮といえばモーニングが有名だけど、二時を過ぎることには広い店内の席はほぼ埋まった。
近隣の人々の心をつかんでいるお店であることがよく分かる。

お茶の後は開明駅近くのスーパーで買い物して、尾西線で再び一宮に戻った。
名鉄百貨店の地下でお土産に一宮の酒蔵の酒でも買おうかと思ったけど、ちょうど試飲会をやっていた旧祖父江町の蔵の酒を購入。
時計を見るとまだ午後四時前だ。
特急に乗り金山駅へ。
喉を潤すという口実でサイゼリヤでワインを飲んで帰宅。

遠くもなく近くもない。
程よい距離の小さな旅を楽しむことができた。

【旅の空から】ありがたいこと。

昨日、美濃国の古社を巡った帰りのこと。
無事に名古屋まで帰ってきたのはいいが、家に着いてからタイヤの空気が抜けてペコペコになっていたことに今朝になって気づいた。

仕事に出る前、タイヤレバーを使ってリムからタイヤの片側を外しチューブを取り出した。
ついでにタイヤの裏側を入念に触ってみた。
パンクの原因となる何かが刺さっている可能性もある。

タイヤが太い分、走っていると色々なものを踏んでしまうことがある。
結構な大きさのクギがタイヤに向かって垂直に刺さっていたなんてこともあった。
まあ、そんなことは稀だけど、一時期、よくパンクしては旅先で修理をした。
FATBIKEのチューブには穴を塞いだパッチが何カ所も張ってあるから、痛々しい姿から逆に懐かしさがこみ上げた。

ところで、タイヤの裏を点検しても何かが刺さった形跡はなかった。
チューブに直接空気を入れて膨らませてみた。
耳をそばだてるとかすかに空気が漏れる音が聞こえる。
場所を探すと、なんと以前パンクした場所だった。
修理用パッチの経年劣化のようだ。
張った部分がカピカピに固まっていて、塞いだ穴とパッチの間に隙間ができていた。
そこから空気が漏れていたというわけだ。

古いパッチをはがしてその跡をサンドペーパーでこすり糊面をきれいに取っていく。
あらかた取り去ってから新しいパッチを張った。
念のため、バケツに入れた水で点検してみたけど、穴はその一ヶ所だった。
チューブをヤスリがけしながらもしこれが長良川沿いを走っているときだったら...と考えると恐ろしい。
残暑が厳しいさなか、FATBIKEをひっくり返してパンク修理なんて想像もしたくない。

その前には静岡を訪れた帰りにハブの故障でタイヤが動かなくなることがあった。
それが林道を走っている最中だったら、と思うと背筋が凍る。
遠州鉄道の駅から近い場所だったからよかったものの、熊注意の看板さえある林道では途方に暮れてしまったことだろう。

昨日も前回も運がよかったのだ。
ありがたい。

【旅の空から】やっぱりいい!

久しぶりだなぁ、この達成感! 

そう、今日はFATBIKEに乗り久しぶりの古社巡礼。
手持ちの青春18きっぷはもう使ってしまった。
だけど遠くに行かなくなっていいじゃないか。
こんなときのために我が尾張国の隣国、美濃国の式内社の場所をグーグルマップに落とし込んでおいた。

このところずっとJRばかり利用していたので、できれば名鉄に乗りたい。
となるとどこに行けばいいんだ? 
各務郡の神社が行きやすそうだ。

出発を名鉄新鵜沼駅近くの村国真墨田神社に設定し、そこから中山道を挟み南へ北へとしながら帰りは岐阜駅から再度輪行するコースを設定した。
詳しいことは神社ごとに報告することにするが、各務郡、現在の各務原市は本当に久しぶり。
その昔、叔父が住んでいた家が鵜沼にあったので祖父母と訪ねて行ったことがあることと、名鉄から高山線に乗り換える駅くらいの知識しかなかった。

実際に行ってみた感想は、神社と古墳のセット感が半端ない。
神社が鎮座する場所の近くはもとより、境内にまで古墳があったり境内自体が古墳だったり。

そして御井神社の旧社地である三井山に登った際、頂上の手前にある三井山古墳では横穴式石室が登山道に向けて内部を開けていたから興奮度がマックスに。
その勢いで山頂まで登り奥之宮を登拝した。

さらに各務原には酒蔵が点在するのもチェック項目だ。
加佐美神社の境内、手水舎で手を清めようとしたら端に蜂のような虫が水につかず離れずの状態で飛んでいた。
もしかしたら水が甘いのかな。
ふっとその奥に目をやると小町酒造の「長良川」の広告が張られていた。
場所を調べると神社から近い。

私事で恐縮だが、今月の酒関連の予算はほぼ底をついた。
とにかく酒がないとダメなのだ、って単なるアル中のおっさんである。
でもここまで来て買わないとあとで後悔すること必至だ。
そこは勉強だ! と割り切り蔵の女将さんがおすすめする「期間限定無濾過別囲い純米吟醸」を購入。
本当は生酒がよかったけどまだ先が長いのであえて火入れした酒を購入。
ちなみに女将さん(といっても僕より若い)はFATBIKEを見て「自転車で来るお客さんは多いけど、こんな自転車見たの初めて! かっこいい」とほめて下さった。
それだけで僕のなかで各務原の株は上がったのだった。

【旅の空から】そして、姫路に決まった。

青春18きっぷ最後の一枚の行き先は...

まず妻と二人で行きたい場所の候補をあげた。
塩尻、高山、富士宮、明石。
名古屋から日帰りが可能な場所であることが前提。
だから自ずと行き先の幅も決まってくる。

公平を期すためにあみだくじを引いたところ、塩尻に決定した。
塩尻はブドウの町。
市内にワイナリーが点在し、見学可能な施設もある。
だけど前の週に飯田線に乗り長野県まで行っている。
二週続けて同じ県に行くのは、とふっきれない気持ちもあった。

そこであみだくじの結果をいったん無効にして次点だった高山行きを模索したが、タイミング悪く大雨による落石で運休する事態があったから却下。

それじゃあ行ったことのない明石にしようか。
港の近くには前々から行きたかった海の幸を出してくれる定食屋もあるし、酒蔵も数件あるから日本酒も美味いだろう。
明石に決めて、当日18きっぷを手に快速電車に乗り込んだ。

でも何か物足りなかったんだろう。
妻が車内で持ってきた旅雑誌をめくっていた。
姫路を紹介したページにせいろで蒸されたシュウマイの写真が載っていた。
長年姫路で愛されていることがうかがえるレトロなお店の雰囲気。
これだ! 
米原駅で乗り換える電車は姫路行きである。
姫路にしよう。

最後の最後まで迷いながら姫路に決定した。
そしてその決断は決して間違ってはいなかった。
「東来春」のシュウマイと中華そばで腹を満たすと、そのまま姫路城へ。
優美な姿を写真に収めてから商店街を散歩。
スーパーで姫路産の食料品を購入したあとは立ち飲み屋ののれんをくぐり、地元のおじさまたちに混じって姫路おでんをつまみに冷えた濁り酒と純米酒で喉を潤した。
そして駅に戻り、本屋で立ち読みしてからお土産に純米酒の「八重垣」を一本購入した。

時間はかかるけど姫路から名古屋まで乗り換えは米原の一回だけ。
座って帰れるのでとても楽チンだった。
持参したお猪口に八重垣を注ぎながら、酒とともに姫路の旅の余韻を振り返った。

【旅の空から】飯田線の愉楽。

飯田線に乗っている。
今日は自転車を持たずに来た。
純粋に電車だけを楽しむ旅である。

飯田線の起点である豊橋駅から長野県の岡谷駅までの直通電車に乗るために豊橋駅に向かった。
豊橋駅発午前十時四十二分、岡谷駅着十七時三十三分。
飯田線自体には何度も乗っているけど、通しの電車に乗るのは昨年に続き三回目。
約七時間電車に乗り続けるのは楽なようで至難の業である。

長時間を快適に乗り続けるにはそれなりに考えなければならない。
僕の場合は「読む食う飲む」がキーワードだ。
「読む」長時間乗り続けるわけだから暇つぶしが必要。
だから読書にはうってつけの路線である。
ちなみに僕が持参したのはをブログ書くための「式内社調査報告」と昨日図書館で借りてきた梓澤要著「方丈の孤月」。
同伴の妻が持参したのは小川糸著「ツバキ文具店」。
景色を眺めながらなので真面目に本を読めるとは期待できないが、それでいいのだ。

「食う」は電車内で食べること。
今回持参したのはおにぎり二個とベビーチーズ、そして柿ピー。
飯田線が通過するのは愛知・静岡・長野の三県、食料は愛知県通過中、早々に尽きてしまった。

「飲み」はワインを持参。
昨年は豊橋駅で地元福井酒造の「四海王」四号瓶を購入し、その後地元岡谷駅では豊島屋の「豊香」を購入した。
飲み過ぎたせいか帰りの中央線で金山駅で降りなきゃいけないところを終点の名古屋まで乗り過ごすという失態をやらかした。
今回はそうならないよう気をつけたい。
ちなみに車窓を流れる風景を楽しみながら杯を重ねたが、長野県までもってくれた。

一年ぶりの岡谷。
信州のうまい酒が飲みたいのぉ。

【旅の空から】坂からハブトラブルまで...

一年ぶりに飯田線に乗った話を書いたのは目的地に到達する前に車内でのこと。
そのときはそれから大変なことが待っているとはつゆ知らず、のんきなものだった。

十時五十八分に向市場駅到着後、駅前でFATBIKEを組み立てていると、いつの間にか近所のおじさんが傍でその光景を見物していた。

「山住神社まで行くんかね。神社は頂上にある。五度は低いよ」

十一時十五分に駅出発。
FATBIKEに乗って行けたのはそこから三十分もたたないところまで。
延々続く坂道に変速機がない我が愛車では歯が立たない。
駅で出会ったおじさんは「三十分くらいで着くよ」といっていたがそれは車での話だろう。
三十分どころか一時間経過してもなお山頂は程遠い。

背中に降り注ぐ日光。
シャツは汗だく。
こまめに休憩をとりながらFATBIKEを押して歩く。
幸い山頂近くには湧き水が出ていたので頭からかぶり顔じゅうの汗を落とし、ミネラル分が多い水は水筒に確保した。

しばらくすると山頂に到着。
山住神社は遠江国周智郡の茅原川内神社の論社である。
参拝後、向かい側の茶屋で団子とお茶をいただき、これの先のことを考えた。
当初、森町方面の神社を訪ねる予定でいたが、山頂到着時、すでに十三時を回っていたのでそこからさらに50kmを走るのは体力的に無理と判断。
スーパー林道から秋葉神社経由で浜松まで走ることにした。
途中、疲れたら西鹿島から遠鉄線に乗ることも可能だ。

「少し登るけど、そのあとはずっと下りだから、こがんでもいいら」

茶屋のおじさんの言葉を信じていざスーパー林道へ。
確かに三十分ほど登ったが、峠にさしかかると一気に下った。
が、しばらくすると下りも落ち着き、再び登り。
登っては下り、を繰り返す。

気温は低く、山頂付近ではツクツクボウシやヒグラシといった秋のセミが盛んに鳴いていた。
すると突然、霧が立ち込めてきた。
時折、太陽が顔を出していたが、そのうちポツッと落ちたかと思うと次第に雨足が強くなった。
雨宿りできそうな場所はなく、葉っぱが密に茂った木の下に潜り込んだが、雨足の強さは木の下も侵入してきた。
ネットが繋がらないから雨雲レーダーで確認することができない。
ここで待つしかないのか、それとも行こうか。
時間は十五時過ぎ。
一か八かで外に飛び出し、大雨をモロに受けながら走った。
登り坂も立ち漕ぎで一気に上がる。
頭から足先まで強い雨を浴び、ビショビショになった。
それでも所詮、通り雨だ。
しばらく行くと日差しが現れ、そのうち道路には雨が降った痕跡すらない場所に出た。
もう少し早く進めていたら濡れずに済んだかもしれない。
だがその先も登ったり下ったりの繰り返しで、ついには「また登りかよ」と強い語気の言葉が口から出た。

状況が変わったのは秋葉神社本宮の鳥居が見えてきたころだ。
茶屋のおじさんの言葉はここからではないかと思うほど、一気に里に下った。
落石や側溝の蓋があったりするから舗装路とはいえかなりのラフ具合。
FATBIKEにはうってつけのコースだった。
そしてとうとう里に出た。
そこからは川に沿って走っていけば浜松の市街地に到着する、はずだった。

昨年訪れた西鹿島駅を通り過ぎたころだった。
後輪がやけに重い。
気のせいかと思ったがだんだん重くなってくるので止まって後輪を確認したところ、大変なことになっていた。
緩んだハブのナットがいつの間にか、クイックレリーズのナットとフレームを挟んで絞めあっていたのだ。
少し緩んでいたのは知っていたけど走りに支障がないのでそのままにしていた。
それが下り坂の振動でさらに緩み、最終的には絞めあう状態になったのだ。

このままでは走れないので遠鉄線で輪行することにして駅に向かった。
その前にタイヤが外れるかどうかと試してみたが、かなりきつく絞めあっているので工具がないと外せない。
駅に着き、何度かトライするものの自力ではまったく歯が立たない。

その状況に途方に暮れた。
タイヤを外せなければ輪行は無理だ。
このままでは帰れない。
かといってここにい続けることもできない。
だが無理を承知で輪行してみることにした。
後輪はそのまま、前輪とハンドルを曲げて袋に収めた。
後輪は半分出てはいるが、ギア部分は輪行袋の先端で隠してお茶を濁した。

遠鉄線に無事乗り込んで新浜松へ。
JR浜松駅ではひとが多すぎてインチキ輪行も気づかれず無事構内へ。
豊橋行、米原行ともになんとか車内に持ち込み、最後は地下鉄で自宅まで持って帰ることができた。

ハブトラブルは出雲でもあったがここまでひどくならなかった。
そろそろ寿命かな。
それを思い知る機会となったわけだが、相当冷や冷やしたので、もうこんな経験ごめんである。

坂からハブトラブルまで、大変な一日だった。

【旅の空から】飯田線にて。

午前八時十一分、飯田線が豊橋駅を出発し、車上のひととなった。
飯田線は昨年九月に豊橋から岡谷まで乗車して以来。
ちなみにその前月八月には古社巡礼で遠江国の神社を回っているから一年ぶりの乗車である。

出発時間よりも二十分ほど早めにホームへ輪行した自転車を持ち込んだ。
青春18きっぷが利用できるこの時期、秘境列車として人気のある飯田線には多くのひとが乗車する。
だから自転車という大荷物を持って行く以上、場所の確保が最優先になる。

飯田線のホームは一番線と二番線でどちらも同じ位置に停車する。
向かい側に停車した電車の位置から自転車を置くスペースをあらかじめ確認しておく。
もちろん座席の確保も重要課題である。
目的地の向市場駅到着は十時五十八分、豊橋からの所用時間は二時間四十七分、三十三個目の駅である。
電車に乗っている時間が長いのは飯田線の宿命。
できるだけ早めにホームにいるようにするのは、三時間近い乗車をできるだけ快適に過ごしたいからでもある。
車窓からは外の景色が眺められるがとても暑そうだ。
時間もかかるし暑い、だから苦行のような旅。

向市場は昨年訪れた相月駅の二駅先、なぜ昨年行かなかったのだろう。
見落としかもしれないし、神社が駅から遠い山の山頂にあることから避けたのかもしれない。

先日、近江国の式内社で回ることのできる神社を回り終えた。
できれば今後、回り始めて以来数年経過している遠江国や若狭国も終えたいと思っている。
やりたいことは多いけど神社巡りはスタンプラリーではない、あくまでも巡礼である。
単にペダルを漕ぐだけでなく、その土地ならではの自然や森の姿を眺めたり、未知なる酒との出会いなどすべてが混じり合って僕の古社巡礼になり経験という血肉になる。

時間もかかるし体力も消耗する旅だけど、無理なく自分のペースでやっていければいいのだ。

【旅の空から】近江の幸。

青春18切符を使って滋賀方面にお出かけ。
醒ヶ井の梅花藻と醤油アイスクリーム、そして愛荘町の酒蔵、藤居本家のお酒「旭日」。
近江の幸を堪能した一日!
帰宅後、疲れてしまってブログは短文しか書けずこの有様...

【旅の空から】尾張、伊勢、志摩、出雲、隠岐、そして近江。

昨日、滋賀県高島市をFATBIKEで巡った。
ブログの追伸にも書いた通り、これで近江国の式内社と考えられてる神社は“いちおう”回ったことになる。
廃絶社や回りにくい神社をのぞいてということではあるが、ひとまずこれでキリをつけようと思う。

尾張国から始まった式内社を訪ねる旅は尾張、伊勢、志摩、出雲、隠岐に続き近江国で六カ国目になる。

「延喜式」によれば近江国の式内社は百五十五座。
大和、伊勢、出雲に次ぐ四番目である。
単純に座数を社数に換算しても百五十五社。
そこに論社が加わるので数は膨れ上がる。
歴史のある場所だけに一ヶ所に確定できないケースが多々あるようだ。

当日はJR湖西線安曇川駅まで輪行した。
駅前でFATBIKEを組み立てて、向かったのは高島市朽木。
目指すのはすべて高島郡の神社で、大川神社二社、小野神社、大野神社、熊野神社の五社。
数としては多いわけではないのだが、とにかく遠い。

スタートして最初に目指したのは当日もっとも遠い朽木生杉。
緑のなかを走るとはいえ日中の気温は32度まで上がった。
上り基調の往路はそれでも体力があったので二時間以上をかけて大川神社の論社である大宮神社に到着。
その後近くの大川神社にも参拝した。
話を聞いたおじいさんによれば安曇川よりも小浜の方が近く、この辺りは文化的に若狭の影響を受けていると話してくれた。
そんな遠くまで来ておきながら、一時間もおらず再び安曇川方面へ。
小野神社と大野神社、両社の論社といわれる市杵島姫神社、そして日も暮れかけたころ最後の熊野神社に到着した。

考えてみれば青春18きっぷの出るころを中心に訪れた近江国の式内社。
日差しの強い暑い夏と雪が吹雪く寒い冬、どちらかの記憶しかない。

それでも事故もなく無事に回り終えることができた。
本当にありがたい。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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