名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

旅の空から

【旅の空から】奈良通い。

月曜恒例の古社巡礼は奈良通いが続いている。

物心ついてからは小学校の修学旅行以来、奈良が好きだ。
京都に住んでいた大学時代も自転車に乗ってよく出かけたし、仕事を始めてからも休日に思い立って奈良に行くことがあった。
自称「奈良好き」の僕にとり、毎週、愛車を駆って奈良を走れるなんて、幸せの極みである。

さて今朝も午前四時五十分に家を出て最寄りのJR駅から輪行、名古屋駅で近鉄に乗り換えた。
文言だけだと毎週同じことを書いているが、違うのは帰りである。
いつもなら妻の帰宅前には自宅に着くよう午後三時台の電車に乗るのだけど、今日は妻が実家に帰っているのでその心配をする必要がない。
だから思う存分、サイクリングを楽しむぜ! と意気込んだ。

大和八木駅で自転車を組み立てて出発したのは九時少し前。
山之坊山口神社を皮切りに十四社を訪ねた。
数を見ると立派だが実際はそうでもなく、耳成山で軽い登山をした以外はほぼ平地のサイクリング。
しかも神社間の距離は短い。
さすがは式内社数ナンバーワンの風格といってもいいくらいの神社の密度だ。
大和に都が置かれたとき、様々な氏族が大和に蟠踞し朝廷と渡り合っただろうことを想像しながらペダルを漕いだ。
最後の子部神社を発ったのは午後三時ころ。
出発地点の大和八木駅まで戻り、再び輪行。

始めたばかりの大和国、まだまだ終わりは見えない。
その分、目一杯奈良を楽しめそう。
帰りの楽しみは大和の地酒を一本ずつ買っていくこと。
このまま奈良通いが続けば、大和国の式内社を回りきるころには奈良の酒にかなり詳しくなりそうだ。

【旅の空から】まさかの雨。

毎週月曜恒例の古社巡礼の旅。
いつもというか、奈良へ行く旅では最寄りのJR金山駅で午前五時三十分発の中央線に乗り名古屋駅で五時五十分発の近鉄線に乗り換えるのが定着している。
しかし今朝は家を午前四時四十分に出発、自転車で烏森駅まで走って輪行することにした。
駅に到着するとまだ改札のシャッターは開いていなかった。
始発が到着する数分前まで開かないらしい。

シャッターが開く前に自転車を輪行袋に詰め、改札を通り五時二十四分発の普通電車に乗車。
名古屋駅から乗れば一回で済む乗り換えも今回は弥富と名張が追加されたけど、早く出発する分、目的地には早く着くことができた。
奈良の桜井駅前で自転車を組み立て、コーヒーブレイクをはさんで今日一発目の下居神社へと向かった。

下居神社とその論社である神明神社を順調に訪ね終え再び桜井の市街地に戻る途中、雨が降ってきた。
しかも結構、激しい雨だ。
奈良の天気がよくないことは天気アプリで見て知ってはいた。
でも大和国の式内社を訪ねる月曜日はこれまで決まって晴れだったから油断があったのかもしれない。

一度降り出した雨はなかなかやまなかった。
ドラッグストアの軒下で休憩を兼ねて雨宿りをするが、二十分たっても雨はやまない。
しびれを切らして出発すると、しばらくしてズボンのお尻に雨水が浸みてきた。
下着を濡らすだけでなく、ハイソックスへ滴り落ちていくのが感触で分かった。
さらに靴へも遠慮なく浸みていく。

今日は桜井駅を出発し、午前中で近鉄線の南側を走り午後からは線路の北側へと向かう予定だったが、雨に濡れ続けていたら気温が低いのも重なり体が冷えてきた。
この状態で走り続ければ確実に風邪を引きそうだ。
そう判断して午後十二時ころ大和八木駅に向かい駅前のアーケードの下で濡れた自転車を輪行した。 

古社巡礼の旅に出て五年近く経過したがこの間、雨に降られたことは一度や二度じゃない。
山のなかで突如、夕立に襲われたこともあるし、降り続く雨のなかを泣きそうになりながら走ったこともある。
だけどそれは雨が降ると分からずに出かけた結果雨に降られたケースで、事前に天気予報で雨の確率が高ければ出かけることはない。
だからこの五年間、確実に雨が降ると分かっていながら出かけたことは一度もなかった。

恵みの雨ともいうが、僕にとっては好きになれない自然現象である。
とにかく確実に雨が降ると分かっている日は休むのが一番だと思う。

【旅の空から】ひとに会いに行く旅。

話は長いが熱がある...
僕が今日、奈良で出会った大和人のことだ。

今週は桜井市から橿原市にかけて鎮座する神社を巡る、大和国の古社巡礼。
神社を巡るといっても基本的に祭礼でひとがいたり、参拝者がいる場合をのぞき、ひとと会うことも話すことはない。
神社を黙々と回っているだけ(当たり前だが参拝はする)あだ。
だから神社巡りのスタンプラリーをやってるようなものと自嘲気味に答えたりすることもあるくらい。

そんな旅でも稀にひとと会って話し込むことがある。
今日は素晴らしいひとに三人も出会った。

ひとりは神社近くを散歩していたひと、もうひとりは天香山神社で、さらにもうひとりは畝傍駅前の酒屋で。

出会った場面は違うけど共通するのは話しが長いこと。
なかには同じことを繰り返すこともあったけど、不思議と聞いていて心地よく、思わず聞き入ってしまうほどだった。

本は自宅の書斎でも読めるが、ひととは現場でしか出会えない。
そこに行ってしか出会えないひとたちだ。
ひとりは神社の奥にある古墳の石室について語り、もうひとりは世界遺産について、さらにもひとりは大和のうまい酒、とりわけ濁酒について僕の知らないことを教えてくれた。

世の中は広いが人間の一生は短い。
実際の経験には限界があるから読書も必要だ。
それにもましてひとから学ぶことがどんなに多いことか。

こうやってひとに会いに行く旅ができれば面白い。

【旅の空から】286/3132。

飛騨国の式内社を回り終えたので次はどこを回ろう。
回りかけで中途半端になっている越前国か、それとも僕の住む愛知県に隣接する県で手つかずの長野県(信濃国)か、伊勢・志摩の両国は終わっているものの伊賀が残る三重県に行くか、迷った。
青春18きっぷに代わる安く移動する手段として近鉄の株主優待券が結構出回っている昨今、それを利用しない手はない、とは以前にも書いた通り。
少し遠いけど日帰りできなくもない奈良県を目指すことにした。

奈良、つまり大和国はいままで何度も触れたように、神社数は延喜式内社で最大を誇る。
改めて手元の延喜式で神社の一覧が出ている神名帳を確認してみると...

並び順に宮中神三十六座
京中坐神三座
畿内神六百五十八座
東海道神七百三十一座
東山道神三百八十二座
北陸道神三百五十二座
山陰道神五百六十座
山陽道神百四十座
南海道神百六十三座
西海道神百七座
合計三千百三十二座である。
座数は社数ではなく一社のうちに数座の神をまつる神社もあるから変動もあるが、おおよそ三千社くらいとみてよさそうである。

なお国別トップ5では、
大和国二百八十六座
伊勢国二百五十三座
出雲国百八十七座
近江国百五十五座
山城国百二十二座
尾張国百二十一座の順。

すでに伊勢、出雲、近江、尾張は回ったので次なる目標として一位の大和国を目指すのは当然の成り行きだろう。

しかし、いくら日帰りができるとはいえ一日に回れる社数にも限度がある。
奈良といっても近鉄大阪線沿線であれば名古屋からも比較的行きやすいが、奈良市や天理市、御所市といった神社が多く存在する地域へは乗り換えが必須。
しかも一回ではなく数度の乗り換えが必要だから面倒だ。

ちなみに二週間前に天理を訪れたときは旧社地を含めて十三社を予定していたが、実際に回ったのは八社。
その前の榛原駅を中心に回ったときも同数なので、地域にもよるだろうがいまのところは一日八社が翌日に疲れを残さないで回れる数ということになる。
余計な計算だが、二百八十六座を社数としていまのペースで続けていくと大和国の式内社全社を回るのに約三十六日必要になる。

でもここは覚悟を決めて少しずつ。
古社巡礼、百社の神社も一社からの精神で。

【くらしの窓から】寝過ごし。

僕がよくやる失敗。
それは寝過ごし。
昨日は近鉄線で寝過ごした。

天理で半日の古社巡り。
もちろん輪行でFATBIKEを持っていくのはいつもの通りだ。
午前九時過ぎ到着後、九社の神社を巡った。
そして再び天理駅に戻ってきたのは午後三時。希望としてはJRで桜井駅まで行き近鉄に乗り換えたかった。
近鉄だと天理から大回りで大和八木に向かうのでJRを利用した方が時間を節約できる。
駅前の広場で自転車を超特急で分解・袋詰めしたのだが、電車到着のアナウンスとともにホームに電車が滑り込んできた、ああ無情...結局、大回りの近鉄を利用することにした。

名古屋から天理まで、特急を使わず急行のみで行こうとすると三時間近くかかる。
午後四時台に天理を出発したら名古屋到着は七時を過ぎる。
少しでも早く帰ろうと大和八木から伊勢中川までの区間を特急を利用、六時台に家に着く予定でいた。

伊勢中川で急行の名古屋行きに乗りホッとしたのだろう、ついついウトウトしてしまった。
そして気がつくと電車は伊勢若松駅を出たところ。
でも何だかおかしい、外の景色が暗すぎる。
アナウンスが次の停車駅を白子と告げている。
伊勢若松の次って確か塩浜なのに...

その謎を解くのに時間はかからなかった。
伊勢中川から乗ったときに進行方向だった座席とは逆方向に電車が走っている。
つまり寝過ごしたのだ。
いったん名古屋に到着した急行は左側の扉から降車客を降ろしたあと、右側から乗車客を乗せる。
そのため車掌の目にも電車乗ってすぐに疲れて寝たひとと映ったのだろう。
そしてそのまま伊勢中川へ向けて出発したというのがオチである。

原因は疲れもあるが、酒である。
うまい地酒が多い奈良。
そこに行けるのに飲まない手はないじゃないか。
しかもいったん輪行してしまえば駅上のマンションまで自転車を持って帰ることができるのが我が家の大大アドバンテージなのだ。

しかし今回はそれが裏目に出てしまった。
帰宅後、妻に「もう若くないんだから」とクギを刺された。
四十路後半戦真っ最中。
長時間の輪行も飲み過ぎも少し控えた方がいいのかな、と思う。

【旅の空から】詰所、古墳、古社…天理の旅。

先週に引き続き近鉄株主優待券を使っての古社巡礼の旅の舞台は天理市。
宗教都市、まさにその名にふさわしい。

天理といえば天理教。
僕は信者ではないけど、幼いころからシンパシーを感じていた。
毎週日曜日、朝のラジオで天理教の放送を聞いていたし、かつての実家の斜め向かいの同級生宅は天理教の教会、さらに初めてひとり暮らししたマンションの向かい側にも天理教の教会があった。
引っ越しから数年後に勤めた介護の仕事で担当した利用者が、その教会の関係者だったりした。
さらに韓国で暮らしていたとき知り合ったひとのなかには少なからず天理大学の朝鮮語科の卒業生がいた。

だから天理は僕にとってまったく無関係の場所でない気がした。

近鉄天理駅に降り立ちホームの広さに驚いた。
地方の駅にしては破格の広さである。
駅前で自転車を組み立てて出発。
遠くに小高い山並みが見えるけど、その手前には天理教関係施設の多く、大半が巨大な建物であることに驚いた。
市内を走れば詰所、詰所、詰所。
詰所やら母屋やらの多さに全国、世界からひとが集まる天理の宗教都市たる所以を実感した。

一方、天理には大和国、延喜式を代表する古社も多く存在する。
しかも神社に関係する古墳もちらほら。
とにかく天理には古社巡礼で求めるものが多いのだ。
結局、当日に予定していた十三社は回れなかったが、それでも短時間の間に九社回れたのは、古社が密に存在するからである。

名古屋から天理まで、近鉄の急行を乗り継いで三時間半。
距離を感じつつも、また来たいと思わせる何かが天理にあった。

【旅の空から】株主優待券の威力。

大和路を走るのは何年ぶりだろう。
そう思いながら近鉄電車に乗り込んだ。
伊勢中川行の急行。
伊勢国の式内社を巡っていたときは毎週のように乗っていた。
伊勢が終わり、勢いでちょっとだけ大和国の神社を回ったことがある。
おそらく近鉄の株主優待券か格安で手に入ったからだろう。

じつは今回も同じ理由である。
青春18きっぷの時期が過ぎ、安く移動するにはどうすればいいかを考えていた。
別件で金券ショップをのぞいたところ、近鉄の株主優待券がお値打ちに売られていた。

近鉄の株主優待券とは一日限りで近鉄沿線のどこへでも行けるマルチなきっぷ。
例えば、名古屋からなら大阪、京都、奈良、賢島とどこへでも行ける。
ただし一日乗車券のように乗り降り自由ではなく、改札を出るまでという条件付きではあるが。

最近はなかなか安値かつ数が出ていなかった。
久しぶりに手に入れたきっぷは一枚1300円。
運賃が1300円以上であれは元が取れるというわけだ。

大和国の式内社は全式内社のなかでも最大数を誇る。
すべてを回ろうとすれば何度も何度も出かけなくてはならない。
その割に一日で回れる社数はたかが知れている。
運賃も正規料金を払っていたのではもったいない。
だからこそ株主優待券に威力がある。

今回は二枚購入し名古屋と奈良県宇陀市の榛原駅間を往復した。
正規料金なら3660円のところ2600円で済んだ。
約1000円の節約。
浮いたお金は?
もちろん地元の酒を楽しむために使うわさ...

【旅の空から】最後の一回券。

夏季の青春18きっぷシーズン。
今回は迷いに迷いながらも、愛知県が独自に出した緊急事態宣言の解除とともに利用を決めた。
いつも買いに行く金券ショップをのぞく。
五回分のものはなく多いものでは四回券があった。
それを購入して自転車を持っての古社巡礼に二回、妻と一緒に一回旅に出た。

古社巡礼は飛騨国へ。
幸い二回の旅ですべての神社を回った。
延喜式では飛騨国の神社は八座なので一日で回れそうな数だ。
でも実際にはかなり大変な行程だった。

一回目、高山市周辺から飛騨古川まで、平野部に鎮座する神社を回ったのでそれほど苦痛もなかった。
気温も名古屋に比べ数度低く風も心地よい。
ツクツクボウシの鳴き声を聞き都会と山国とでは季節の移ろいそのものの違いを感じた。
そのせいか油断していたら翌週の二回目には上り坂にやられた。

飛騨古川から神岡町に向かうルートは上り坂が続いた。
変速機がない自転車なので軽いギアに切り替えるという選択肢はなく、ひたすらゆっくり重いペダルを漕いだ。
その状態を一時間続けると腰が痛くなった。
そして峠にあるトンネルをくぐると一転、急な下り坂が待っていた。
上りで力を使い果たした分、下り坂は最高のご褒美で体力的にはともかく精神的な快復につながる。
でも心配なのはこれだけ斜度の急な下り坂、帰りは反対にこの坂を上らなくてはいけない。
復路が心配の種になった。

神岡町と上宝村に一社ずつ神社を訪ねたが、そこから往路の国道へ戻るには時間がかかることもあり、県道を進むことに。
以前にも書いた通りそれが正解で、古川方面に向かう道は上りといってもだらだらした坂で苦痛はなく、日差しが陰り心地よくさえあった。
しかもだらだら坂を上りきると斜度の急な下りが続いた。
気持ちよ過ぎ! 
下り終わって後ろを振り返ると壁のように立ちはだかる山並み。
その頂近くから降りてきたんだと思うと、先ほどまでの心配事が嘘のように気分がすっきりとした。

さて、そんな旅を続けたせいかイケイケな気持になり調子に乗って再び金券ショップで今度は青春18きっぷ一回券を買った。
目的は駿河国。
翌週に回る計画を立てていざ当日の朝...
情けないことに疲れて起きられなかった。

そして迎えた今週、九州を通過する台風の影響で東海地方も雨や風が強くなった。
前日に静岡地方の天気を調べると晴れだったが、当日朝に再びチェックすると午後から雨になっている。
静岡県内を走る東海道線は太平洋岸を通るので強風の影響を受けやすく、過去に一度、運休が続出してなかなか名古屋にたどり着かないという経験をしている。
それが頭にあったので今回は取りやめにした。

となると一回券を使う機会はなくなる。
悩んだ挙句、京都行きを決行。
米原から北陸本線で敦賀に行き、昼食と酒を買って湖西線に乗り込み京都へ。
京都では行き先をあらかじめ決めていた。
三条大橋西詰めの内藤商店。
棕櫚のたわし(食器や調理道具が傷つかないように金属部分がなかに隠されているもの)と藁切りたわしを買った。
駅から三条までは高瀬川沿いを歩いて往復した。

たわしを買うだけのために京都なんて随分ぜいたくな旅行である。
僕の夏季の青春18きっぷシーズンはこうして終わった。

【旅の空から】上り坂と下り坂。

とてもきついライディングをした。
走り始めからの上り坂は峠まで二時間。
坂の傾斜は次第に急になっていき、立ち漕ぎこそしなかったけど、じっと座りながらひと漕ぎひと漕ぎに集中し力を込めた。
行けども行けども峠はまだかいな...

ようやく前方にトンネルの口が見えてきた。
通り抜けながら道は頂きに達したかと思うと徐々に下り始めた。
これまでの借りを返すように勢いをつけて下っていく。
最近ブレーキを交換したので効きはすごぶるよい。
交換前に悩まされた悲鳴のような音鳴りはない。
ブレーキレバーから伝わった制動の意思がすぐさまブレーキ本体に伝わりすばらしいレスポンスを見せてくれた。

前方を壁のようにそびえる山を越えた快感はすぐに復路への心配と変わる。
快感を得た下り坂は裏を返せば大変な上り坂となるからだ。
なるべくならいま来た道を通りたくないというのが本音。

そこからしばらくは平和な走りが続いた。
街道筋を思わせる街並み、木々が道を覆い涼を感じる林道、道祖神が見守る道を通り目的地に向かった。
当日の目的は果たしたがさて、この先どうしよう。
来た道を戻れば激坂が待ってる。
勇気を振り絞り別の道に進む。
駅まで二十キロの表示。
一か八かに賭けてみた。

するとどうだろう、道は確かに上りだけど立ち漕ぎは必要ないどころかサドルに腰掛けてでも適当にトルクが掛けられた。
自分のことを案外元気だなと思いながらダラダラした坂を上ると一時間ほどで峠に出た。
そこからは一気呵成の下り。

いつの間にかこんなに標高を上がっていたのだろう、先ほどまでの上りがウソのようなダウンヒルが始まった。
前を行く車と適当な距離をとらないとぶつかってしまいかねないので適度にブレーキを握っては離す。
その動作を繰り返し、峠から麓まで時間にして十分ほど。
地図を見返すと走った道の三分の一は下りだった。

自分にとり坂とは何だろう。
上りは死ぬほど辛いし、そこに厳しい暑さが照りつけると腹立たしくなってくる。
半面、意外だが上りでペダルを漕ぐ間中、ライディングが終わったら何を食べよう、酒はどの銘柄でできれば濁り酒がいいなんてことをひたすら考える。
ペースがゆっくりなので考え事にはちょうどよい。

一方、下りはあっという間だし、場所によっては他ごとを考えていると危険で、目は常に前方の状況を把握しブレーキングする指と連動させなくてはいけない。
だから食い物も濁り酒もなくなる。
とにかくその場の状況が優先になるのだ。

もし自分の自転車に変速機がありロードバイクのようにタイヤが細ければ上りとて苦にならないかもしれないし、シングルスピードのFATBIKEだからこそ、上りであれこれ考えられるのかもしれない。

馬上枕上厠上が物事をよく考えられる場所だそうだが、僕の場合はさしずめ馬上ならぬ輪上だろうか。

【旅の空から】気楽な旅から考える旅へ。

旅の楽しみって何だろう。

ひとの数だけ旅の楽しみはあるので、これが楽しみだみたいなことはいえない。

式内社というものを知り訪ね始めてかれこれ五年。
毎週の休みには自宅から近い地域を、学休期間に発売される青春18きっぷが使える期間には遠出をしている。
いや、していた、というのが最近は正しいかもしれない。
いわずもがな新型コロナのせいである。

それまでは何も考えず旅ができていたが、コロナ第一波の緊急事態宣言発令以降は自粛のため、どこにも行けずじまい。
宣言解除後は遠慮しながら旅立ったものの、七月に入り感染者が急増し第二波に突入、県外移動が自粛になった。

しかし、第一波と違ってなんとなく緩さが感じられるのも事実。
コロナに対して新しく分かったことが多いからかもしれない。
とにかくマスクを着用しつつこまめに手指の消毒、うがい手洗いをしっかりやればなんとかなりそうだ、と分かったからかもしれない。

じゃあ、コロナ後、ウィズコロナの新常態の旅は感染対策をしっかりやっていれば何とかなる、ということか。
密を避けたり、マスク手洗い消毒は簡単だ。
でも旅先で土地のひとから対面で話を聞くことがいままで以上に難しくなりそうだ。
遠慮してしまう。

最近、読んだ「還暦からの底力」の著書である出口治明氏は本書でしきりに人生を充実させるものとして「人、本、旅」と説く。
本はなんとかなりそうだけど、「旅」と「人」が難しくなった。
どうすればいいか、マニュアルは存在しない。
各人が感染対策を考えて他人にうつさないことを考えるしかない。

気楽な旅がコロナのせいで考えることを強いられる旅になってしまった。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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