名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

コラム・エッセイ

【休職日記】硬貨の整理。

生活費を精算するときに出た小銭を箱のなかにためているのだが、いつの間にか硬貨が箱からあふれ出し、ふたが閉まらなくなった
面倒くさくてそのままにしていたけど、そうなったら整理のサインである。

浜松銘菓・治一郎のバームクーヘンが入っていた茶色の箱。
ふたがついており置き場にぴったり収まる大きさだ。

今回の整理の対象は五円玉と十円玉。
硬貨が詰まった箱を妻と一緒に居間に運んで、箱の中身を新聞を敷いた床に出していく。
そこから五円と十円を一枚ずつより分け箱に入れていくのだ。

崩しても崩しても一向に終わりが見えない硬貨の山。
指先が硬貨についた汚れで灰色になってくる。
トイレに立つときにはいったん手を洗う。
石けんでは落ちない汚れなので重曹を手にまぶしてごしごしこする。
硬貨って案外汚いものである。

すべての五円十円をより分けた次は硬貨の数をチェック。
持ち込む予定の銀行ではあらかじめ数を確認しておかないと受け付けてくれない。
箱に入った硬貨を十枚ずつ積み上げていく。
いちいち数えなくても同じ高さに積んでいけばよいので楽である。
しめて23500円なり。
ここまでですでに二時間が経過していた。

袋に詰めていざ銀行へ。
用紙に金額を記入して窓口に持ち込み待機していると、お呼びがかかった。
銀行の機械では23495円しかないという。
ちゃんと計算したはずなのに、マジかよ。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。

すると窓口のお姉さん、これが混じっていました、と受け皿の上に置かれた一枚の硬貨を指さした。
一銭硬貨。
ギザつきだけど茶色がかったその色と大きさは五円にも十円に見えなくはない。

最後にそんな落ちがあるとは想像もつかなかったけど、五円と十円がなくなった我が家の硬貨入れ箱は、ふたも閉まるようになり、平穏を取り戻した。

【休職日記】ポメラがやって来た!

いま僕はパソコンのキーボードを打ちながら、すぐ左側にあるモノを横目でちらみしてニタニタ笑っている。
昨日注文したポメラ(DM200)が届いたからだ。
パソコンでポメラと打つと候補にポメラニアンと出てくるけど、もちろん犬ではない。
キングジムという文具メーカーが出しているデジタルメモである。

デジタルメモとはいうが見た目は小型のモバイルパソコンのような姿をしている。
実際、二つ折りの筐体を開けるとパソコン同様、正面にディスプレイがありその真下がキーボードになっている。

初代ポメラはキーボードが折りたたみ式になっていて、ギア好きの僕としてはいままで見たこともない機構とネット通信機能を持たない点に潔さを感じた。
その名の通りメモをする、つまり文字を打つ専用機である。
だから純粋に文章を書くのに重宝する。
最初にポメラを目にしたとき、これ旅に持っていける! と心躍ったものだ。

とはいっても機能の割には高額なため予算的に厳しく、買わないままかれこれ数年が経過したが、その間ポメラは進化した。

初期型の折りたたみ式キーボードタイプと折りたたまないタイプの二種があり、
僕が買おうと決めたのは後者。
縦書きの原稿用紙を設定できる点とUSB経由で充電ができる点が大きな要因である。

時間がある休職中に、島根県に滞在しながら出雲国の式内社を回りたいという夢がある。
その旅の相棒として早く使いこなせるよう、明日から猛特訓だ!

【休職日記】ウオーキング開始!

仕事を休んで療養中ということになっている。
だけど実際はすごぶる元気である。

いままでできていた早起き(午前四時半)ができなくなったことは痛いのでなんとかしないと、とは思う。
けどそれ以外、体調の悪さなんかを感じることはない。
昨年末からずっと風邪気味だったけど、気がつけばそれらしきものはどこかへ消え去ってくれた。

でもひとつ厄介なことがある。
休職前までは社内的な事務仕事をこなしながら現場の仕事にも出ていた。
責任者につく以前ほどではないけど外を歩くことが多かった。
最盛期には歩数計で毎日一万歩を超えていた。
それだけ歩いていたから四十代になってもお腹周りを気にすることはなかったのだ。

「健康のために歩いてみたら」

これまで結構な距離を歩いていただけに、休職になって歩かなくなったでは自分の健康に関わってくる。
だから妻のアドバイスで今朝から歩くことにした。

プランとしては、妻の出勤に合わせ熱田区の自宅から金山駅まで一緒に歩き、僕はそのまま大須まで北上。
観音さまに手を合わせて帰宅を毎日繰り返すというもの。

初日の今日は張り切って、その後に熱田神宮まで歩いてしまったが、あまり無理すると楽しみが苦痛になってしまう。
風は強かったけど、早足で歩いたら背中が少し汗ばんだ。

朝のウオーキング、これっていいかも。

【休職日記】定期の期限が切れました。

休職と同時に定期券の期限が切れた。
僕が職場から支給されていたのは市バス地下鉄の全線定期券。
バスも地下鉄も乗り放題の定期券である。

その定期、非常勤職員のころから持たされていた。
当時は職場のなかでも稼働時間が常に一位か二位の稼ぎ頭。
移動が多いから全線定期券を支給されたのだが、責任者になった今ではそれが、いつ何時、何があっても動けるようにという意味に変わった。

仕事において戦友のように慣れ親しんだ全線定期券とも今月九日を最後にお別れした。
仕事に行かなくてもいいことはありがたい半面、今後交通機関を利用するには当たり前だがその都度、お金を払わなければいけない。
仕事は嫌だったけど交通費に関しては恵まれていたから、期限が切れるとそのありがたみを痛感することになった。

さて今後はどうしよう。
これまでと違って当分時間はあるわけだからなるべく交通機関に頼らない生活をしてみようと考えている。

早速昨晩、久しぶりに栄にある先輩の店に飲みに行くとき、熱田区の自宅から歩いて行くことにした。
片道一時間かかったものの、もともと歩き好きな性分である。
歩いたことのない道とともに、知らないお店を見つけるなど、発見が多かった。

名古屋で生まれ育ったとはいえ、歩いたことのない道はまだまだ多いはず。
定期の期限切れを好機に、「初道」を見つけるのも面白そうだ。

【休職日記】お米屋さんで。

休職してからは僕がなるべく家事をするようにしている。
買い物もそう。

お米が切れそうだったので、近所のお米屋さんに買いに行った。
お店に入り「半々で」と伝えると店番のお母さんは「はーい、いつものね」とボールを持って倉庫に入っていく。
地元産の米五キロを白米と玄米半々にしてもらう。
少々手間で申し訳ないと思いながら、お母さんと息子さんの笑顔についつい甘えている。

袋詰めを待っていると入り口の戸がガラッと開いた。
入ってきたのは制服姿のタクシードライバー。
一見して七十過ぎの老運転手だった。
お店ではタバコも扱っている。
タバコだと思い僕は「時間かかるからお先にどうぞ」と声をかけた。
「いや、見さしてもらいたいんだわ」と老運転手氏。
お母さんも「よかったら欲しいの取ってって」というが彼の視線は米を袋詰めする機械にじっと注がれていた。

「俺よぅ、堀田の下町に育ったもんでさぁ。昔はこんな米屋があったなと思ってなか入ったんだわ。車置きっぱなしにしてよぅ。へぇーまだあるんだな」

僕の顔を見ながら懐かしそうに話してきた。

「最近は農家も、よぉ天日干しをしんもんでよう...」

僕の顔を見ながら話してくるんだけど、ヤニ臭さと面倒臭いおっさんだなという思いで聞き流していた。

袋詰めが出来上がったので、白米と玄米の袋二つを受け取った。
じっと観察していた老運転手氏はなぜか興奮気味だった。
あまりにも興奮していたので米を置く台にスネと打った。

「打った、打った」

打った部分をさすりながら「これ玄米?」と尋ねる。

「そうです、いつもこうやって買うんですよ」

白米だけでなく玄米も買っていく僕に満面の笑みで手を差し出してきた。

「えっ?」

不思議な顔をした僕もつられて右手を差し出す。
力一杯ぎゅっと握ってきた。
老運転手とはいえ現役で働くひとの手だった。
端で見ていたお母さんは突然のことに驚きながら、次の瞬間、声をあげて大笑いした。

あいさつしてお店を出た。
自転車に乗って帰ろうとして店内を見るとお母さんと熱心に話し込む老運転手氏の姿があった。
車は外に止まったまま。
近くに交番があるのに大丈夫かなと心配したけど、老運転手にとっては偶然通りかかった米屋さんの存在に懐かしさを通り越して強い衝撃を受けたようだった。
僕はこのお店の常連でよかったと心のなかでつぶやいた。

【休職日記】一日の出来事。

午前五時台。起床。コーヒーを淹れる。ドリップが落ちている間にトイレと新聞を取りに行く。

午前六時台。朝食。片つけ。歯磨き、洗顔。昨日の使ったお金の精算。布団をたたみ押し入れに入れる。買い物の内容を妻と相談する。

午前七時台。仕事に行く妻を見送る。洗濯物を干す。

午前八時台。再度コーヒーを淹れる。コーヒーを飲みながらインターネットで古本の出張買取を検索、出張買取業者に連絡する。掃除機をかける。

午前九時台。定期券の期限が切れてしまったので名古屋駅近くまで自転車で出かける。

午前十時台。銀行と郵便局で用事を済ませる。印鑑屋さんに立ち寄り印鑑を注文、店長と新元号「令和」について世間話をする。

午前十一時台。激安スーパーで買い物。帰宅してラーメンを作る。

午前十二時台。ラジオを聞きながら昼食。早めに食べ終わったので、本でも読む。

午後一時台。古本屋のお兄さんがやって来て二百冊以上の本をすばやく査定。文庫、新書、単行本、雑誌すべて含めて九千円で売れた。

午後二時台。買い物の続きをしにららぽーとへ。スーパーでキュウリ三本とひと玉五十七円のキャベツを買う。

午後三時台。中川運河沿い、いろは橋近くで桜の下に横になって本を読む。おやつはコーヒーとバームクーヘン。

午後四時台。キャンプ道具を扱うお店へ。店内を物色するが何も買わずに出てきた。そのまま自宅方面に走る。

午後五時台。自宅近くのスーパーと米屋さんに寄る。スーパーでは夕食のささみカツを買い、米屋さんでは白米と玄米を2.5キロずつ、合計五キロ購入。なぜか居合わせたタクシーの運転手さんに握手を求められた。帰宅後、米を研ぎ、味噌汁を作る。今日のおかずはご飯、玉ねぎと豆腐、しめじの味噌汁、ささみカツ、やっこ豆腐。

午後六時台。台所にて日本酒を飲みながら本を読む。妻帰宅。旬のホタルイカをつまみながら、妻は梅酒、僕は日本酒で晩酌開始。

午後七時台。夕食時に先日餞別にもらった高級純米大吟醸酒を開ける。

午後八時台。半分うつらうつらしながらブログを書く。その間、妻は夕食の食器のあと形つけ。ブログを書き上げたあと入浴(予定)。眠い。

一日は長いようで短い。

【休職日記】通帳と給与明細。

本を含め机周りをきれいに片つけたのはいいが、まだまだ完全にスッキリしたとはいえない。
机の引き出しを開けると捨てられないものが多く秘蔵されている。
代表的なのが銀行の通帳と給与明細。

通帳って記帳欄がなくなった時点で利用価値がなくなったはずなのに、捨ててもいいものかどうか分からなかった。
分からない以上、とっておくのが一番楽なのだ。
札束のようにゴムどめしてある終了通帳にはすでに解約して数年たっている銀行のものまである。
残念ながら昔の通帳を眺めながら懐かしさに浸るだけの感性を持ち合わせていない僕には、引き出しの肥やしとなった通帳は捨てる以外の選択肢が見当たらない。

給与明細も然り。
入社以来、後生大事にひと月分もなくさずとってあった。
でも口座に給与が振り込まれた時点で目的は果たされるはずである。
とっておいても額面が増えるわけでもないが、なんとなく捨てにくい。
休職とはいっても過去となりつつある職場の給与明細を取っておくこと自体が、なんだか過去に執着するような気もしないでもない。
ならば捨てるべきである。

信州南部のとある山荘。
風呂に直結した釜に持参した通帳と給与明細を放り込んだ。
火をつけると、音もたてず静かにメラメラと燃えていく。
記帳された残額も給与明細の額面にも瞬く間に火が回った。
大切に思っていた数字たちも、一瞬のうちに黒い灰となった。

【休職日記】感謝。

ひとの仕事人生で十四年って長いか短いか。
二十二歳で大学を卒業して六十の定年まで勤め上げたとして、三十八年。
卒業と同時に就職して、転職せずひとつところで仕事している友人もいるから、彼らと比べれば十四年なんてたいしたことはないかもしれない。

休職といいながら数日引き継ぎで出勤していたが、昨日は最後の出勤日だった。
非常勤の介護職員として採用された2005年からいまのところでお世話になっていた。

「二年くらいでやめるようかな」

最初はそんなこといっていたけど、仕事に必要な資格を取り続け、三年前に責任者になった。
自分から進んでなったわけではなく前任者の異動でやむなく、である。

初めて経験する管理職。
現場の仕事はそれなりに経験を積んでいたのでなんとかなったけど、事務や職員の勤怠管理等、事業所の運営は思った以上に苦労の連続だった。
相談できるひとが近くにいなかったこと、自分がやらなきゃ、といらぬ責任感や見栄が結果的に自分の首をしめてしまった。
それが父の死をきっかけにたまった疲れとして吹き出した。

仕事を辞めると決めてから。
事務所に保管してある過去の書類を手に取って眺めていた。
一枚一枚書類をめくると過去の記憶が当時の情景を伴って鮮明によみがってきた。
事務所で淹れてもらったコーヒーの味、昼食のお弁当を買いに行ったお店、仕事終わりにコンビニで買ったビール。
フタをしておかないと次から次へと頭のなかにわき上がってくる。

勢いが盛んだった時期もあった。
りきみ過ぎて離れていったひともいれば、頼りない僕を常に励ましてくれるひとたちもいた。

感謝、すてきな時間を僕に与えてくれた利用者さんへ。
感謝、一緒に働いた仲間たちへ。

【くらしの窓から】選挙戦。

統一地方選前半戦が終了した。
一昨日の投票日までほぼ毎日、熱い選挙戦が展開された。

少し前に実施された県知事選と違い今回は市議・県議選。
区ごとに選出されるため選挙運動のエリアが狭い。
瑞穂区の実家に住んでいるころは家が大通りや交差点から離れた住宅街にあったので宣伝カーは滅多にやって来なかった。
聞こえたとしても遠くからかすかにウグイス嬢の声が届く程度だった。

それがいま住んでいるマンションに引っ越してきてから180度事情が変わった。
我が家は地下鉄駅のある交差点に隣接するマンション、しかも大通り沿いにある角部屋。
窓から陽光が射し込むのが他の部屋にないメリットだけど、その分、車の通行音や信号待ちのアイドリング音が半端ない。
引越してすぐはその音に慣れず寝ていても音が気になって目が覚めてしまうこともしばしばだった。

朝八時、交差点に止められた宣伝カーから「おはようございます」と第一声が響き渡る。
日中は代わる代わる各党の演説があり、夜八時に「ありがとうございました」と締めくくる。

うるさいといってしまうと選挙戦を戦う候補に失礼だけど、よくいえば知らず知らずの間に演説内容が耳に入っているおかげで、普段政治の話をしない我が家でもどの候補者がよいかという話題が出るようになった。

選挙戦が終わったいま、静かでほっとする半面、寂しさを感じるのも交差点近くに住むからだろうか。

【休職日記】本を捨てる。

我が机、とてもひどい状況である。

「資料」と称して、本が机の左端からなかほどまで横一列、場所によってはもう一列余分に並ぶ。
さらに一巻ずつ箱に入った本がノートパソコンの向かい側、机の右端近くに、二種のシリーズ本が上に向かって積み重ねられている。
二十五巻と十三巻という二つのタワーは不安定で、地震の揺れどころか横を通った際、箱の淵に触れようものなら、たちどころに倒壊してしまうだろう。

横軸と縦軸というグラフのように無造作に本が置かれた我が机。
この状況を放ったらかしにしていいはずがない。

休職後の目標のひとつ。
「本棚を整理していらない本を処分すること」

整理前にコーヒーを飲みながら「こんまりさん」こと近藤麻理恵さんの著書を入念にチェック。
ポイントは、本棚の本を全部取り出す。
中身を読むと時間がかかるので、手にした本がときめくかで残すか処分かを決めていくこの二点。

六段ある本棚に収まった本と机や地面にあぶれた本を居間に運んだ。
こんまりさんの教え通り一冊一冊手に取って判断していく。
中身を見ないようにするつもりが久しぶりに手に取る本たちだから、どうしてもページをめくってしまう。
いかんいかん、本との、というより自分との格闘。
いらない本コーナーに仕分けした本をいるコーナーに戻したり、逆も然り。
その繰り返しに手こずりながらなんとか減らした。
本棚六段中五段に収まり、机や床の本はすべて消えた。
定位置を与えられた者たちは残り、与えられなかった者たちは残念ながら新しい旅路へとつくことになった。

机の上は今朝の状態がウソのようにパソコン以外、何もない。
本の処分という仕事が残るけど、ひとまずは目標完了だ。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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