名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

コラム・エッセイ

【旅の空から】美濃国、終盤戦!

美濃国の古社巡礼も終盤を迎えた。
先週は東濃、今週は西濃と忙しく動いたが、美濃国を終えるにはあと二ヶ所回らなくてはいけない。
二ヶ所とも東濃で、一ヶ所は恵那山山頂の恵那神社奥宮、そしてもう一ヶ所は東白川町の神田神社である。

伊勢や出雲に比べれば美濃国の式内社は圧倒的に少ないが、かといって決して楽な行程ではないから一筋縄にいかない。
それでも続けているのは純粋に楽しいし、この年になって「初めて」を経験することが多いから。
今日のメニューでは大垣駅から樽見鉄道への初乗車を果たした。

ホームに自転車を置いたまま改札を出て樽見鉄道の切符を買った。
一両の車両に乗り込む。
始発だけに満員だったが谷汲口駅を過ぎると乗客は僕ひとりになり、終点の樽見駅で降りたのも僕だけだった。
そこから花長神社の論社である能郷白山神社を皮切りに西濃の五社を回った。

朝のうち曇り空で時折しぐれることもあったけど、昼を過ぎるころには青空が出てとてもすっきりして気温も十度を超えた。
最後は岐阜駅まで走って輪行で再び名古屋へ。
疲れたけど、やっぱり自転車は楽しい。

【旅の空から】たまには特急で...

若狭の旅を終えて名古屋への帰り道。
青春18きっぷは一回分しか残っていなかったので二日間のうちのより遠方を訪ねる昨日に使い、帰りはきっぷを買うことにした。

午前七時に宿を発ち目的地である美浜町に向けて出発。
FATBIKEで約一時間。
そこから小浜線十村駅までの間を九か所の神社を訪ねながらペダルを漕いだ。

若狭国の神社巡りは数年ぶり。
これまで18きっぷが出る時期限定で回っていたけどあとが続かなかった。
名古屋から近い国を優先したこと、出雲や讃岐を集中的に回ったこと、もともとの神社の数が多くないし、すでに半数以上の神社を回っていたこと、若狭国の神社巡りの主要交通機関が小浜線であることもその理由のひとつかもしれない。

名古屋からでは同じ敦賀から乗り換える北陸本線とは雲泥の差、本数は極端に少ない。
今回も昨日は午前七時台の電車に乗ったものの、目的地の加斗駅に到着したのは午後一二時過ぎ。
雹や小雨交じりの曇天のなかを帰りの時間を気にしながら走るのはきつい。

一方、18きっぷのない今朝は最初、自転車に乗って出発した。
敦賀からであれば峠を越えれば若狭。
距離の近さと快晴の天気、またコースに立ちこぎを必要とするような登り坂がなかったことから自転車自体は楽だった。
だいたい予定通りに回ったが、小浜線の時間が気になるので遅くならないうちに名古屋に着こうとするなら二時台がタイムリミットだ。敦賀から先の乗り換えを考えると気持ちが萎える。
しかも明日は仕事始め。
旅の疲れを残したまま仕事には行きたくない。
ならば特急に乗ろう。
18きっぷは規定により特急や新幹線に乗る場合、乗車券が別途必要になる。
18きっぷという乗車券があるのに特急に乗るための乗車券が必要なんてもったいない。
だから余程の緊急時にしか特急に乗ることはない。
しかし今日の僕は幸い、帰りはきっぷを買うことになっている。
奮発し敦賀から名古屋まで特急券を買うことにした。
そしてこの原稿を書いているいま、米原を出発したしらさぎは座席の方向転換を終えて大垣に向かって疾走している。

小浜線十村駅を14:57に出発後、敦賀16:09発のしらさぎに乗り、定刻通りなら名古屋には17:49に到着する。
それでもほぼ三時間である。
ちなみに在来線だけなら名古屋着がもう一時間遅れて約七時。
乗り換えは四回、しかも僕にはFATBIKEという重い荷物がある。

特急券があるだけで時間と楽さが買えたというわけだ。
たまにはこんな楽さを求めてもいいんじゃないか、FATBIKEでの道中はいつも結構な苦行だから。

【旅の空から】やっぱり、敦賀がいい。

新年一回目の「FATBIKE古社巡礼」は若狭から始めた。
小浜線に乗るため、敦賀経由で京都に向かった前日に引き続き、二日連続で敦賀へ。
小浜線の起点である敦賀は越前だけど若狭の玄関口でもある。

僕はなぜだか引き寄せられるようにこの町を訪れる。
古社巡礼的にいえば、敦賀が位置する越前国の式内社を訪ねるときだけでなく、嶺南の若狭や隣国である近江の湖北地方を訪れる際も敦賀が起点だった。

ちなみにお泊まり旅の常宿は敦賀の東横イン。
理由は駅から近くお値打ちであること。
ユースホステルも会員だけど最近は余程のことがない限り利用していない。
そもそも敦賀にないのでは。

話を戻すと、なぜ敦賀か、ということだけど絶対敦賀という理由はない。
気比神宮は敦賀に来ればなるべく寄るようにしているし、アルプラザはほぼ毎回、お決まりのように買い物をしている。
強いていえばそれくらいである。
毎年二回京都に行くときも敦賀を経由すると昨日書いたばかりだが、そのときだって敦賀自体を観光する訳ではなく、あくまでも乗り換えで来ているだけだ。
それでも気比神宮に参拝しアルプラザのイートインコーナーで早い昼食をとっている。

敦賀のよさって何だろう。
僕は越前国の古社巡礼で市内を広範囲に巡った経験から古い神社、古墳が多いことがまず第一。
広すぎず小さすぎない市内、海が近い、歴史のある国際港、東海地方からでは福井の玄関口かつ福井市に行かずともここである程度の嶺南嶺北の幸を味わえる...
もっとあるかもしれないけどいま思いつくのはこのくらいか。

そういえば空気が澄んでいて夜空が高くきれいだ。
さっきアルプラザからの帰り、そう感じた。
だから敦賀はいいんか。

【旅の空から】同じコースで京都行き。

京都へは一年に二回行くことにしている。
一月と七月の二回。
名古屋から京都まで直接行けば早いのだけど、まず米原で北陸本線に乗り換えて敦賀に行き、敦賀から湖西線に乗って京都を目指す。

乗り換え時間が長い敦賀では気比神宮を参ったり、地元のスーパーの惣菜コーナーで寿司を買ってイートインコーナーで食べる。
また越前の酒とつまみも買い込み、湖西線の車内で琵琶湖を眺めながら一杯やるのも楽しみだ。

京都に着くと出町柳まで京阪電車に乗り下鴨神社を参る。
参拝後は再び京阪に乗って東福寺駅へ。
駅近くのラーメン屋でラーメンを食べ、京都駅から帰宅。
年に二回、ほぼ同じコース。

強いていえば、下鴨神社では、一月は初詣を兼ねて参拝してから焚き火にあたって境内で売られている「丹山」の升酒を飲む。
夏は裸足になって境内を流れる川を歩いて無病息災を祈願する御手洗祭に参加する。
一月に「丹山」を飲むのも七月に御手洗祭に参加するのも毎年のこと。

夕食のラーメンは東福寺駅近くの「大黒ラーメン」がお気に入りである。
かつては京都駅近くの有名店に並んでいたのだけど待ち時間が半端ないので、昔の記憶を頼りに東福寺駅近くのお店に行くようになった。
なんといっても駅から近いし値段も手ごろ。

こうしていつしか京都の旅はほぼ同じコースをたどることが定番となった。

京都はいつ行ってもひと、ひと、ひと。
一日いようものならそれだけでへばってしまう。
だから行く場所を特定し、一日のうちの京都に占める時間を少なくするだけでかなり楽になるのだ。

【旅の空から】大晦日の電車旅...

大晦日の今日、青春18きっぷを使って姫路を目指した。
夏以来の姫路。

地酒とご当地グルメを楽しみにやって来たものの、やはり大晦日。
駅から姫路城まで伸びる商店街、年末年始の休みに入りシャッターを閉めているお店が多い。
前回やって来たときは行列をつくっていたお店もシャッターを閉じていた。
あてにしていた立ち飲み屋もお休み。

それなら、と一か八かで行ってみたシュウマイのおいしい中華料理屋は開いていた。
シュウマイとワンタン麺を注文。
すぐに出てきたシュウマイのアンはもちもちしていて、辛子ソースをちょこっとつけて食べるとピリ辛でおいしい。
ワンタン麺のワンタンにはかわいらしい肉が入って皮はつるっとしている。
入店時には余裕のあった店内も出るころには席待ちの行列ができていた。
ほかのお店が休みだから余計に集中するのだろう。

食後は山陽百貨店や駅ビルのお土産屋さんに立ち寄り、正月に実家に持っていくお年賀の手土産とともに、僕が飲みたかった地元八重垣酒造の酒を買った。

滞在時間二時間に対し、電車には往復で約八時間乗っていた。
持ってきた読みかけの文庫本二冊を読み切るにはちょうどよかった。
だから電車旅はやめられない。

【くらしの窓から】仕事で今年を振り返ると。

十二月二十八日朝、市場での仕事は仕事納めとなった。
市場自体は三十日までやっており可能なら出て欲しいといわれたが、介護の仕事を優先させたいのでお断りした。

二十九、三十の両日は毎年恒例となった利用者さんの支援に入る。
十数年間、毎年のことなのでとくに身構える必要もない。
一緒に映画を観に行って彼の大好きなマックでお昼を食べて帰って来る。
今年もこの仕事に入れることになった。
ある時期まではもうやることはないと思っていたから、ありがたい。

四月初旬、休職という理由ではあったけど職場を離れることになった。
その後、松江での生活に入るわけだけど、FATBIKEで神社を巡っているときも仕事のことを考えることはなかった。
復帰するか、別の仕事をするか、たまに頭をよぎるけど、いま考えることではない、そのうちなんとかなると、深く考えることを避けた。

転機はヘルパーさんからの電話。
僕が抜けたあと、事務所の運営はボロボロになったそうだ。
ご自身もほぼ休みなく出勤、体力的に限界であることを訴えられた。

それでも放っておけばそれまでだ。
休職期間も半分を過ぎたけど、焦りというものもなく、ただその日一日を精一杯過ごすだけ。
でもわざわざ電話して訴えてきたからには本当に大変なんだろう。
内情はなんとなく想像はついていたが。

そして七月。
以前のように管理者、責任者はやらないという条件で、再び復帰を果たした。
そして自分なりにこう決めた。
仕事で休みを犠牲にしない。
週休二日は必ず取る。
仕事より体を優先。
収入を一ヶ所に頼らず数カ所に分散する。

休職から復帰後、介護、市場、ホテルの三ヶ所で働くようになった。
四十代ともなると新しい仕事に慣れるまではしんどい。
その分、普通の四十代にはない新しい人間関係ができたり、知らないことを知ることができる。
体はきつい。
自分で選んだ道だし、いまはなかなか悪くないと思う。

新しい年まで数日残っている。
一日一日を大切にして、いろいろあった2019年を終えたい。

【旅の空から】FATBIKEと前カゴ。

FATBIKEに前カゴを取りつけた。
カゴというより「フロントバスケット」といった方が洒落ているだろう。

自転車にカゴというとママチャリでは当たり前。
だけど、マウンテンバイクに付けているのを見ると、なんか無理矢理といった感がある。
マウンテンバイクってカゴを付けることを前提とする乗り物ではないと思っていたし、いまでもそう思っている。
しかし、である。
似合うカゴもあるのだ。

FATBIKEに乗り始めてから、Instagramやfacebookを通して海外の自転車愛好家たちの写真に触れる機会が増えた。
投稿された写真からサドルやフレーム、ハンドルにバッグをくくりつけるバイクパッキングというスタイルに憧れるようになり、自分のFATBIKEにも、最初はサドル、次ぎにフレームといったようにバッグ類を取りつけて走るようになった。

フレームだけだと何となく骨々しいが、バッグ類をつけると肉がついたようでたくましい。
たまにバッグをバッテリーや発動機と勘違いして、FATBIKEをオートバイやeバイクと思うひとに出会ったのもひとりや二人ではない。

そんな風にバイクパッキングを楽しんでいたが、ハンドル部分に取りつけた荷物に難を感じ悩んでいた。
ブルドーザーのブレードのような部品に円筒形の防水バッグを取りつける。
一見、がっちり取りつけられても走っているとストラップが緩み、八の字形に両側の荷物が落ちてしまう。
あまりにも続くので、最近では小さな輪行バッグを取りつけるだけになった。
でもハンドル前方に荷物があると取り出しやすいのに...
そう思ったときカゴを付けたらどうかと思ったのだ。

そして昨日、アメリカ製の前カゴを購入、早速FATBIKEに取りつけた。
どうなることか心配していた外観も意外とすっきりしている。
大きなサイズは何かの商売用(?)にも見えるくらいでかいので小さなサイズに。
FATBIKEの強そうなイメージを傷つけないからグッドだ。

カゴを付けてからの試乗はまだ。
これなら酒瓶も安定して載せられる。
ということで酒屋行きが初試乗となる、かも。

【旅の空から】古社巡礼と母親の誕生日。

路面の温度計のデジタル表示は5度を指していた。
どおりで手が冷たいわけである。
名鉄豊田線梅坪駅前の広場でFATBIKEを組み立てて、今日最初の神社である兵主神社に向けて出発した。

十二月半ばになり、ようやく寒い季節の到来を実感することになった。
我が家を出たのは午前五時二十分ころ。
最寄りの地下鉄駅から輪行し名城線と鶴舞線、名鉄豊田線を乗り継いで梅坪駅へ。

我が家は地下鉄駅から限りなく近いので輪行した状態で駅まで運んでもよかったけど、いままで体験したことのないことをやってみたいと思い、駅のエレベータがある広場で輪行することに。
ここは寝室からよく見える場所でもある。

マンションを出てわずか一分ほどで到着。
早速作業に取りかかるが、ベンチのある場所の街路灯が消されているので手元が暗い。
サドルバッグやタイヤといった大きいものを外すには苦労しない半面、ヒモでタイヤを固定したりレンチでペダルをはずす細かい作業は暗さのせいで難儀した。
高松「プチ移住」のころも四時台の電車に乗ろうとすると夜明け前に駅に向かうことになったけど、幸いベンチには街路灯の光が射していたので明るい状態での作業が可能だった。
この違いは大きい。

難儀したせいで時間ギリギリになってようやく輪行バッグ詰めが完了。
でもここまでできればあとは電車に乗るだけ。

豊田市から始めた古社巡礼は平地の神社、山頂にある神社など参河国の式内社を回りながらJR岡崎駅までやって来た。

そして今日は母親の誕生日。
再び輪行して慌てて名古屋に戻り、ケーキを買って母親の家に向かった。

【くらしの窓から】FATBIKEが我が家に来て五年。

先日十二月七日でFATBIKEが我が家に来て五年になった。

五年前のその日、お店に出来上がったばかりのサーリー・パグスレーを取りに行った。
雑誌やネットではたびたび目にしていたけど、FATBIKEの実物は見たことがなかった。
想像以上に太いタイヤの第一印象がそのまま口に出た。
「でけぇ」

お店のスタッフから油圧ブレーキやタイヤの空気圧について説明を受ける。
ディスクブレーキも太いタイヤも狂ったように自転車に乗っていた大学時代にはなかったものだから、物珍しそうに説明を聞いていた。
そのまま家に乗って帰るのはもったいないと少し回り道した。
そしてなぜか白鳥古墳の前で記念写真を撮った。

最初のうちは特にあてもなく、休日になると適当にサイクリングに出かけていた。
そして翌年の五月、名古屋の自宅から敦賀まで走ったことがターニングポイントとなった。
それまでもFATBIKEで神社を訪ねることはあった。
敦賀半島先端の白城神社を訪れたとき、そこが式内社であることと名前が古代朝鮮の新羅から来ていることを知り、FATBIKEと式内社巡り、つまり古社巡礼を組み合わせられないか、と考えた。
白城神社の鎮座する越前国から始まった古社巡礼は自分の住む尾張国へ。

そのころ始めた「FATBIKE古社巡礼!」と題するブログの記事数が十二月十四日現在で950本になった。
もうすぐ千本の大台に乗る。
ライブドアブログをメーンに、現在では写真を載せやすくシンプルなはてなブログでも記事を配信している。
ブログはもともと屋根神さまを紹介するために始めたものだった。
いまでは屋根神さまを離れ式内社というそれまでまったく未知だった領域に進むことになった。

自分の知らないことを知るため、FATBIKEに乗って現地に赴く。
この面白さ楽しさに気づかせてくれたのはFATBIKEのおかげでもある。

キズが目立つようになったフレームに愛おしさを感じる、今日このごろ。

【旅の空から】行くべきか、行かざるべきか...

今日月曜日は日・月連休の二日目。
妻は出勤なので僕ひとりの自由な時間を持てる日である。
とはいっても、いつも通り朝食の支度をしなくてはいけない。
休みだからとはいえ朝早く起きるのが日課である。

前日の晩。
三河国の古社巡礼を少しでもいいから進めておきたいと思ってグーグルマップを立ち上げると、以前チェックしておいた神社の所在地がすべて消えていた。
一瞬固まってしまったが、神社数はそれほど多くはないので、先日訪れた場所以外の場所をチェックし直した。
時間にして十数分ほど。
でもなんだか嫌な予感がする。
消えていたってことは行くなということかもしれない。
「行くべきか行かざるべきか」
考えながら布団に潜り込んだ。

午前三時五十分にいつも通りの目覚ましが鳴った。
あと少しだけ眠ろうと音を消した。
再び目を覚ましたのは二時間後の五時五十分。
土曜日に家族を呼んで夕食会を催したときの疲れが体に残っていたようだ。
外を眺めると空一面に分厚い雲が漂っているけど、その隙間からは青空がのぞいている。
雨の予報ではないので、妻が出発するまで考えることにした。

出勤する妻を見送って玄関先に出たとき、空には青空が広がっていた。
行こう! 
FATBIKEにサドルバッグとポンプ、それに輪行バッグを取りつけた。
往復自走で行き先は豊田市を中心に。
無理して回らず、二、三ヶ所でも回れれば御の字という軽めの予定。

九時に我が家を出発、最初に訪れた射穂神社には十一時に到着した。
その後、猿投神社、広沢神社と回り、浦野酒造にて酒を一本買って帰宅。
片道二時間は結構しんどいけど、伊勢国ではそれも当たり前にこなしていたから、できないことではない。
しかも県内だし。

仕事があるときは疲労困憊で一日を終える。
休みの日くらいゆっくりすればいいのだけど、自転車って仕事で使う筋肉とは違うから長距離を走っても疲れの質が違うのか、翌日に響かない。
そこにうまい酒でもあれば...
これ以上、望むものはない幸せだ。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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