名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

コラム・エッセイ

【くらしの窓から】酒難。

一昨日、飲み過ぎて電車を寝過ごした。
その翌日の昨日、再び酒を飲み過ぎた。

毎週火曜日は清掃の仕事を終えてから遅めの昼食をとることにしている。
そのあとは仕事がないのでサイゼリヤのランチメニューとワインを楽しみながらブログの原稿を書くのがささやかな楽しみである。
しかし昨日は妻が四連休の最終日で僕の職場近くまで出てきた。
そこで僕の仕事の終わりを待って一緒に昼食をとることにした。

僕は赤のデカンタで妻は白のグラスワイン。
ひとりで来るときはそれ以上を飲まないのだが、前日にかなり飲んでいるにも関わらずもう少し飲みたい気分になった。
そこでサイゼリヤを引き上げて近くの日本酒バーに行くことにした。

立ち飲みのその店のことは知っていたけど、なかなか行く機会に恵まれなかった。
時間が早いせいか客はだれもいない。
僕は四十五分間、同種類以外の酒がお猪口に飲み放題のプラン、妻はお酒一杯+つまみのセットにした。

僕のは飲み放題とはいえお猪口なのでそんなに酔うことはないだろうと高をくくっていた。
かなりのハイペースで飲んでいき、思い入れのある一本義の伝心を最後にとうとうお店に置いてある全種類の酒を飲みきった。
ちょうど時間になったので支払いを済ませ、妻が寄りたい店で買い物を済ませ帰ることにした。
しかし全種類飲んだ達成感はその数時間後気分の悪さに変わった。

自分でいうのもなんだけど僕は酒が好きだ。
それほど強くはないけど、コンディションと種類によってはワインも日本酒も四合瓶サイズ一本を飲んでケロッとしているときがある。
だけど一昨日は四合瓶を一本近く飲んでしまったことが寝過ごしにつながった(確かに翌朝はケロッとしていた)。

しかし昨日は違った。
家に帰り寝室でぶっ倒れて寝てしまった。
夜中十二時ころに再び起きたときの気持ちの悪さ。
完全に悪酔いしていた。
一種類の酒を飲む分には悪酔いどころか翌日にも持ち越すことはないが(僕の場合)、十数種類飲んだものだから、いつしか胃のなかで異なる酒をちゃんぽんして悪酔いするのと同じような効果が現れたのではないか。
同じ日本酒、純米酒とはいっても水、米、酒を醸す地域の気候、日本酒度、精米歩合等々違いも多い。
違いがあるのだから混ぜて飲んではいけない。
この一件で学んだことがあるとすれば、そこである。

それにしても二日連続の失敗。
だから今回は本腰を入れて酒を飲まない日を作ろうと決意した。
かといってまったくなしにするのもストレスになる。
考えたのはこんなプラン。

日・二合
月・二合
火・サイゼリヤ
水・禁酒
木・禁酒
金・禁酒
土・自由

かなりゆるいものだからすぐやらなくなってしまう危険性がなくもない。
でもこれが定着すればすごいことだ。
これまで毎日飲んでいた酒を週に三日も飲まなくなるのだから。

ちなみに日、月の二合というのは日本酒の小瓶サイズのこと。
日、月のどちらかで出かけることが多いから、出先での酒との出会いはこれまで通り大切にしたいとの願いを込めて。

さてどれだけ続くだろうか。

【くらしの窓から】寝過ごし。

僕がよくやる失敗。
それは寝過ごし。
昨日は近鉄線で寝過ごした。

天理で半日の古社巡り。
もちろん輪行でFATBIKEを持っていくのはいつもの通りだ。
午前九時過ぎ到着後、九社の神社を巡った。
そして再び天理駅に戻ってきたのは午後三時。希望としてはJRで桜井駅まで行き近鉄に乗り換えたかった。
近鉄だと天理から大回りで大和八木に向かうのでJRを利用した方が時間を節約できる。
駅前の広場で自転車を超特急で分解・袋詰めしたのだが、電車到着のアナウンスとともにホームに電車が滑り込んできた、ああ無情...結局、大回りの近鉄を利用することにした。

名古屋から天理まで、特急を使わず急行のみで行こうとすると三時間近くかかる。
午後四時台に天理を出発したら名古屋到着は七時を過ぎる。
少しでも早く帰ろうと大和八木から伊勢中川までの区間を特急を利用、六時台に家に着く予定でいた。

伊勢中川で急行の名古屋行きに乗りホッとしたのだろう、ついついウトウトしてしまった。
そして気がつくと電車は伊勢若松駅を出たところ。
でも何だかおかしい、外の景色が暗すぎる。
アナウンスが次の停車駅を白子と告げている。
伊勢若松の次って確か塩浜なのに...

その謎を解くのに時間はかからなかった。
伊勢中川から乗ったときに進行方向だった座席とは逆方向に電車が走っている。
つまり寝過ごしたのだ。
いったん名古屋に到着した急行は左側の扉から降車客を降ろしたあと、右側から乗車客を乗せる。
そのため車掌の目にも電車乗ってすぐに疲れて寝たひとと映ったのだろう。
そしてそのまま伊勢中川へ向けて出発したというのがオチである。

原因は疲れもあるが、酒である。
うまい地酒が多い奈良。
そこに行けるのに飲まない手はないじゃないか。
しかもいったん輪行してしまえば駅上のマンションまで自転車を持って帰ることができるのが我が家の大大アドバンテージなのだ。

しかし今回はそれが裏目に出てしまった。
帰宅後、妻に「もう若くないんだから」とクギを刺された。
四十路後半戦真っ最中。
長時間の輪行も飲み過ぎも少し控えた方がいいのかな、と思う。

【旅の空から】詰所、古墳、古社…天理の旅。

先週に引き続き近鉄株主優待券を使っての古社巡礼の旅の舞台は天理市。
宗教都市、まさにその名にふさわしい。

天理といえば天理教。
僕は信者ではないけど、幼いころからシンパシーを感じていた。
毎週日曜日、朝のラジオで天理教の放送を聞いていたし、かつての実家の斜め向かいの同級生宅は天理教の教会、さらに初めてひとり暮らししたマンションの向かい側にも天理教の教会があった。
引っ越しから数年後に勤めた介護の仕事で担当した利用者が、その教会の関係者だったりした。
さらに韓国で暮らしていたとき知り合ったひとのなかには少なからず天理大学の朝鮮語科の卒業生がいた。

だから天理は僕にとってまったく無関係の場所でない気がした。

近鉄天理駅に降り立ちホームの広さに驚いた。
地方の駅にしては破格の広さである。
駅前で自転車を組み立てて出発。
遠くに小高い山並みが見えるけど、その手前には天理教関係施設の多く、大半が巨大な建物であることに驚いた。
市内を走れば詰所、詰所、詰所。
詰所やら母屋やらの多さに全国、世界からひとが集まる天理の宗教都市たる所以を実感した。

一方、天理には大和国、延喜式を代表する古社も多く存在する。
しかも神社に関係する古墳もちらほら。
とにかく天理には古社巡礼で求めるものが多いのだ。
結局、当日に予定していた十三社は回れなかったが、それでも短時間の間に九社回れたのは、古社が密に存在するからである。

名古屋から天理まで、近鉄の急行を乗り継いで三時間半。
距離を感じつつも、また来たいと思わせる何かが天理にあった。

【くらしの窓から】ファンから株主へ。  

何年前のことだか忘れてしまった。
仕事を終えて帰宅までにひと息入れたい。
そう思ってコーヒーを飲みにスターバックスに行った。 

ビジネス街にあるせいか店に入るとすでに席は満員。
コーヒーを飲みながら読みたい本を持ってきたのに、仕方なく引き返すか。
そう思ってビル一階にあるスタバを出ると同じビルの地下にサイゼリヤがあった。
確かメニューにワインがあったはず。

その当時はいまのように頻繁に通うことはなかった。
仕事の合間、偶然近くにあれば利用する程度、だった。
階段を降りて地下のお店のドアを開ける。
スタバほど満員というわけではなく、席は余裕で空いている。
ひとり用の席が多いのはビジネス街ゆえか。

そんなことを考えながら、仕事が終わったんだからお酒もOKとワインを注文。
当時はいまのようにお店に慣れていなかったので、食事というより帰宅前に一杯やる感じだった。
注文するのも赤ワインのデカンタ500mlとフレッシュチーズとトマトのサラダだけ。
「サイゼリヤ飲み」という言葉があるそうだけど、もちろんそんな言葉知るわけもなく、自己流で実践し始めた。

手ごろな値段でそこそこおいしく、結構酔える。
そのうち一週間に一度、週末のサイゼリヤ飲みを楽しみにするようになった。
毎回同じお店を利用し、注文するものも同じだからお店のスタッフも顔を覚えてくれただけでなく、いつものでいいですか? と声をかけてくれるようになった。
常連になった気分である。

日本酒を宅飲みすることが多くなっても、サイゼリヤは僕のなかでは別格扱い。
スタバなどのカフェが自宅でも職場でもない第三の場所を意味するサードプレースと称するようだが、僕のサードプレースはここである。
名古屋市内にもサイゼリヤは何店もあるけど、僕にとっての原点は桜通大津店。

さて最近、サイゼリヤ好きな僕にとって画期的な出来事があった。
とうとう株主になったのだ。 
一年ほど前から投資信託はやっていたけど個別株を買うのはサイゼリヤが初めてだ。
折しもコロナ禍で様々な業種が影響を受けたころ。
ステイホームが推奨され外食産業もかなりの打撃を受けたはずだ。
サイゼリヤも例外ではないのは株価を見れば一目瞭然だ。

そこで僕の好きなサイゼリヤを応援するという意味で株主になることにした。
サイゼリヤ全体の何万分の一か、何十万分の一か、何百万の一か、もっと低い比率かもしれないけど、僕のお金がほんの少しでも生きるならば、サイゼリヤファンとしてこれ以上の喜びはない。

妻が実家に帰省した今日、僕は午後のひとときをお気に入りのお店の一角でワインにピザをつまみながら過ごしている。
旅先でもサイゼリヤを利用しているけど、僕はこのお店が一番好きだ。

【旅の空から】株主優待券の威力。

大和路を走るのは何年ぶりだろう。
そう思いながら近鉄電車に乗り込んだ。
伊勢中川行の急行。
伊勢国の式内社を巡っていたときは毎週のように乗っていた。
伊勢が終わり、勢いでちょっとだけ大和国の神社を回ったことがある。
おそらく近鉄の株主優待券か格安で手に入ったからだろう。

じつは今回も同じ理由である。
青春18きっぷの時期が過ぎ、安く移動するにはどうすればいいかを考えていた。
別件で金券ショップをのぞいたところ、近鉄の株主優待券がお値打ちに売られていた。

近鉄の株主優待券とは一日限りで近鉄沿線のどこへでも行けるマルチなきっぷ。
例えば、名古屋からなら大阪、京都、奈良、賢島とどこへでも行ける。
ただし一日乗車券のように乗り降り自由ではなく、改札を出るまでという条件付きではあるが。

最近はなかなか安値かつ数が出ていなかった。
久しぶりに手に入れたきっぷは一枚1300円。
運賃が1300円以上であれは元が取れるというわけだ。

大和国の式内社は全式内社のなかでも最大数を誇る。
すべてを回ろうとすれば何度も何度も出かけなくてはならない。
その割に一日で回れる社数はたかが知れている。
運賃も正規料金を払っていたのではもったいない。
だからこそ株主優待券に威力がある。

今回は二枚購入し名古屋と奈良県宇陀市の榛原駅間を往復した。
正規料金なら3660円のところ2600円で済んだ。
約1000円の節約。
浮いたお金は?
もちろん地元の酒を楽しむために使うわさ...

【旅の空から】最後の一回券。

夏季の青春18きっぷシーズン。
今回は迷いに迷いながらも、愛知県が独自に出した緊急事態宣言の解除とともに利用を決めた。
いつも買いに行く金券ショップをのぞく。
五回分のものはなく多いものでは四回券があった。
それを購入して自転車を持っての古社巡礼に二回、妻と一緒に一回旅に出た。

古社巡礼は飛騨国へ。
幸い二回の旅ですべての神社を回った。
延喜式では飛騨国の神社は八座なので一日で回れそうな数だ。
でも実際にはかなり大変な行程だった。

一回目、高山市周辺から飛騨古川まで、平野部に鎮座する神社を回ったのでそれほど苦痛もなかった。
気温も名古屋に比べ数度低く風も心地よい。
ツクツクボウシの鳴き声を聞き都会と山国とでは季節の移ろいそのものの違いを感じた。
そのせいか油断していたら翌週の二回目には上り坂にやられた。

飛騨古川から神岡町に向かうルートは上り坂が続いた。
変速機がない自転車なので軽いギアに切り替えるという選択肢はなく、ひたすらゆっくり重いペダルを漕いだ。
その状態を一時間続けると腰が痛くなった。
そして峠にあるトンネルをくぐると一転、急な下り坂が待っていた。
上りで力を使い果たした分、下り坂は最高のご褒美で体力的にはともかく精神的な快復につながる。
でも心配なのはこれだけ斜度の急な下り坂、帰りは反対にこの坂を上らなくてはいけない。
復路が心配の種になった。

神岡町と上宝村に一社ずつ神社を訪ねたが、そこから往路の国道へ戻るには時間がかかることもあり、県道を進むことに。
以前にも書いた通りそれが正解で、古川方面に向かう道は上りといってもだらだらした坂で苦痛はなく、日差しが陰り心地よくさえあった。
しかもだらだら坂を上りきると斜度の急な下りが続いた。
気持ちよ過ぎ! 
下り終わって後ろを振り返ると壁のように立ちはだかる山並み。
その頂近くから降りてきたんだと思うと、先ほどまでの心配事が嘘のように気分がすっきりとした。

さて、そんな旅を続けたせいかイケイケな気持になり調子に乗って再び金券ショップで今度は青春18きっぷ一回券を買った。
目的は駿河国。
翌週に回る計画を立てていざ当日の朝...
情けないことに疲れて起きられなかった。

そして迎えた今週、九州を通過する台風の影響で東海地方も雨や風が強くなった。
前日に静岡地方の天気を調べると晴れだったが、当日朝に再びチェックすると午後から雨になっている。
静岡県内を走る東海道線は太平洋岸を通るので強風の影響を受けやすく、過去に一度、運休が続出してなかなか名古屋にたどり着かないという経験をしている。
それが頭にあったので今回は取りやめにした。

となると一回券を使う機会はなくなる。
悩んだ挙句、京都行きを決行。
米原から北陸本線で敦賀に行き、昼食と酒を買って湖西線に乗り込み京都へ。
京都では行き先をあらかじめ決めていた。
三条大橋西詰めの内藤商店。
棕櫚のたわし(食器や調理道具が傷つかないように金属部分がなかに隠されているもの)と藁切りたわしを買った。
駅から三条までは高瀬川沿いを歩いて往復した。

たわしを買うだけのために京都なんて随分ぜいたくな旅行である。
僕の夏季の青春18きっぷシーズンはこうして終わった。

【くらしの窓から】行くべきか行かざるべきか...

いつものように毎週日曜日と月曜日はお休みである。
日曜日は用事を済ませる日と決めていたので月曜日にお出かけをしようを予定を立てていた。
もちろん自転車で。

毎度のごとく輪行するため最寄りの駅に向かうのだが、その日は午前五時三十分ころ出発の電車に乗ろうと思っていた。
朝は早起きする必要があるが、平日はいつも四時半起き、さらに市場の仕事のときは三時五十分に起きているため特別な早起きは不要なのが最近の僕の強みである。

五時三十分の電車に自転車ごと載せるためには遅くとも五分前には輪行を終えてホームに運び込みたい。
逆算していくと、ホームに五分前、輪行には余裕を持って二十分は必要だから輪行する駅前の公園に二十五分前、家から公園までは十分とすると家を出るのは三十五分前ということになる。
電車の時間が五時三十分ならば家を出るのは四時五十五分である。

うーむ、これなら行けなくはないと思ったから計画をたてたのだけど、ずぼらな性格の僕のこと。
前日にやっておくべき準備をせず寝てしまった。
当日朝は準備に加え朝食+整容で少なくとも一時間は時間が必要。
ということは市場に行く日と同じ三時五十分には起きていなくてはいけない。

寝床に横になりながら考えていた。
体調は悪くないし天気も晴れの予報だから出かけたい。
でも週末の市場仕事を終え、前日の日曜日も妻が仕事だったから六時前に起きている。
のんびりしたいなあ、と思っていたタイミングで市場時間に合わせてあった目覚まし時計が鳴った。
いま起きて準備しないと予定の電車には乗れない。

そのとき心の声が「一週間に一日くらいのんびりしようよ」とささやいた。
ちなみに当日は妻も休みなので、僕が休みさえすれば二人でゆっくりできる。
目覚ましを止めてひと寝入り、気がつくと七時を回っていた。
おかげでその日はとてものんびりゆったりと始まり、一日をのんびり過ごすことができた。

週に一日くらいはゆっくり寝ていられる日があってもいい。

【旅の空から】上り坂と下り坂。

とてもきついライディングをした。
走り始めからの上り坂は峠まで二時間。
坂の傾斜は次第に急になっていき、立ち漕ぎこそしなかったけど、じっと座りながらひと漕ぎひと漕ぎに集中し力を込めた。
行けども行けども峠はまだかいな...

ようやく前方にトンネルの口が見えてきた。
通り抜けながら道は頂きに達したかと思うと徐々に下り始めた。
これまでの借りを返すように勢いをつけて下っていく。
最近ブレーキを交換したので効きはすごぶるよい。
交換前に悩まされた悲鳴のような音鳴りはない。
ブレーキレバーから伝わった制動の意思がすぐさまブレーキ本体に伝わりすばらしいレスポンスを見せてくれた。

前方を壁のようにそびえる山を越えた快感はすぐに復路への心配と変わる。
快感を得た下り坂は裏を返せば大変な上り坂となるからだ。
なるべくならいま来た道を通りたくないというのが本音。

そこからしばらくは平和な走りが続いた。
街道筋を思わせる街並み、木々が道を覆い涼を感じる林道、道祖神が見守る道を通り目的地に向かった。
当日の目的は果たしたがさて、この先どうしよう。
来た道を戻れば激坂が待ってる。
勇気を振り絞り別の道に進む。
駅まで二十キロの表示。
一か八かに賭けてみた。

するとどうだろう、道は確かに上りだけど立ち漕ぎは必要ないどころかサドルに腰掛けてでも適当にトルクが掛けられた。
自分のことを案外元気だなと思いながらダラダラした坂を上ると一時間ほどで峠に出た。
そこからは一気呵成の下り。

いつの間にかこんなに標高を上がっていたのだろう、先ほどまでの上りがウソのようなダウンヒルが始まった。
前を行く車と適当な距離をとらないとぶつかってしまいかねないので適度にブレーキを握っては離す。
その動作を繰り返し、峠から麓まで時間にして十分ほど。
地図を見返すと走った道の三分の一は下りだった。

自分にとり坂とは何だろう。
上りは死ぬほど辛いし、そこに厳しい暑さが照りつけると腹立たしくなってくる。
半面、意外だが上りでペダルを漕ぐ間中、ライディングが終わったら何を食べよう、酒はどの銘柄でできれば濁り酒がいいなんてことをひたすら考える。
ペースがゆっくりなので考え事にはちょうどよい。

一方、下りはあっという間だし、場所によっては他ごとを考えていると危険で、目は常に前方の状況を把握しブレーキングする指と連動させなくてはいけない。
だから食い物も濁り酒もなくなる。
とにかくその場の状況が優先になるのだ。

もし自分の自転車に変速機がありロードバイクのようにタイヤが細ければ上りとて苦にならないかもしれないし、シングルスピードのFATBIKEだからこそ、上りであれこれ考えられるのかもしれない。

馬上枕上厠上が物事をよく考えられる場所だそうだが、僕の場合はさしずめ馬上ならぬ輪上だろうか。

【旅の空から】気楽な旅から考える旅へ。

旅の楽しみって何だろう。

ひとの数だけ旅の楽しみはあるので、これが楽しみだみたいなことはいえない。

式内社というものを知り訪ね始めてかれこれ五年。
毎週の休みには自宅から近い地域を、学休期間に発売される青春18きっぷが使える期間には遠出をしている。
いや、していた、というのが最近は正しいかもしれない。
いわずもがな新型コロナのせいである。

それまでは何も考えず旅ができていたが、コロナ第一波の緊急事態宣言発令以降は自粛のため、どこにも行けずじまい。
宣言解除後は遠慮しながら旅立ったものの、七月に入り感染者が急増し第二波に突入、県外移動が自粛になった。

しかし、第一波と違ってなんとなく緩さが感じられるのも事実。
コロナに対して新しく分かったことが多いからかもしれない。
とにかくマスクを着用しつつこまめに手指の消毒、うがい手洗いをしっかりやればなんとかなりそうだ、と分かったからかもしれない。

じゃあ、コロナ後、ウィズコロナの新常態の旅は感染対策をしっかりやっていれば何とかなる、ということか。
密を避けたり、マスク手洗い消毒は簡単だ。
でも旅先で土地のひとから対面で話を聞くことがいままで以上に難しくなりそうだ。
遠慮してしまう。

最近、読んだ「還暦からの底力」の著書である出口治明氏は本書でしきりに人生を充実させるものとして「人、本、旅」と説く。
本はなんとかなりそうだけど、「旅」と「人」が難しくなった。
どうすればいいか、マニュアルは存在しない。
各人が感染対策を考えて他人にうつさないことを考えるしかない。

気楽な旅がコロナのせいで考えることを強いられる旅になってしまった。

【旅の空から】いいっすね。

人間の業、とでもいうものだろうか。
僕は自転車が好きだけど、いまの愛車に乗っていながらほかの自転車を夢見てしまうことがある。
これを浮気性というのかもしれない。
だけどモノである自転車は人間と違い感情がないから僕がどのように考えようと何とも思わないだろう。
切実な問題として、これからもいままで通りFATBIKEに乗っていられるか不安になるときがある。
四十路後半の体には重めの鉄フレームに太いタイヤ、変速のないシングルスピードがきつく感じられるときがある。
自転車に速さを求めるのであればまったく逆を行く。
カーボンなど新素材のフレームに対し鉄、極細のロードタイヤに対し四インチの極太タイヤを身にまとう我がFATBIKE。
でもこの自転車に乗り五年が経過した。

先週、ブレーキ系統を総入れ替えして高校生のころ夢見た「総XT化」した我がFATBIKE。
往年の理想に近づいたわけだ。
ハブもブレーキも快調であるにも関わらず、もし変速があったならとか、タイヤが細かったならとか、欲望を満たすことばかり考えてしまうのだ。
分かるよ分かる。

そうしていまの自転車を売りに出し新しい自転車を買ったとしよう。
新しいバイクを手に入れた瞬間は欲望が大満足するはずだ。
しかし乗っていると、自分が意識せずとも少しずつ不満が蓄積されて、新しいモノを欲しがるのに時間はそうかからないだろう。
そうなれば結局、お金をつぎ込むことになり結果、銭を失うことになるだろう。
少し想像すれば分かることなのに、理性を保ちながら、いや理性を保っているように見せかけて保っていないのだろう、さらに新しいモノを欲しがるようになる。
その繰り返し、それが資本主義の鉄則でもあるのだ。

さて今日は、豊川と新城の古社を巡り、おまけに本宮山を登拝した。
神社の詳しいことは後日掲載するとして、登山に疲れ切って豊川稲荷駅に戻り駅前のコンビニでお茶を買うために店の前にFATBIKEを止めた。
すると店の前でビールを立ち飲みしていた粋なお兄さんがFATBIKEを見るなり「いいっすね」と僕に向かって賞賛してくれた。
僕が「いいっすよ」と返すとお兄さん、「絶対、いいっすよ」とさらなる賞賛の言葉をくれた。

そうだ、僕のFATBIKEはいいんだ! 
改めて自分のバイクを誇らしく思った。
当分はこのバイクでやっていこう、そう思った。
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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