名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

コラム・エッセイ

【くらしの窓から】香港系の友人。

韓国で過ごしていたときの知り合いに香港系カナダ人のR君がいた。
彼とは友人を介して知り合った。
僕よりひとつ年上のお兄さんだったけど、年齢が近いこともありすぐに仲良くなった。

聞くと生まれは香港だけどカナダに移民したという。
移民したのが幼いころだったので英語はほぼネイティヴである。
いつもニコニコしていて気さくな性格、そして語学堪能。
シンガポールから来ていた女の子との会話を側で聞いていた。
最初は広東語で話していたと思ったら次に英語になり、そして韓国語に移っていった。
聞いている分には言語間の継ぎ目はなく、とてもスムーズだったことに衝撃を受けた。
世の中にはこんなひともいるんだと。

普段は友人たちのグループで遊ぶことが多かった。
僕が韓国から帰国するというとR君は「お茶でも行こうよ」と韓国茶の店に行き、テーブルにカメラを置いて肩を組んで写真を撮った。
それが彼と会った最後だった。

香港に「香港国家安全法」が施行されたことを新聞一面が伝えていた。
香港がイギリスから中国に返還されたときのことを覚えている。
ソウルの下宿部屋のテレビで中継を見ていた。
返還されても五十年は一国二制度で高度な自治が付与されるとされた。
しかし二十三年で高度な自治は潰えてしまった。

小さいころに香港のカンフー映画やコメディ映画が好きだった。
とても身近に感じていた香港。
行ったことはないけど、二階建てバスが走り、電飾が夜空にきらめく自由な世界というイメージだった。

今後、香港はどうなっていくのだろう。
自由が失われた香港、強権的な中国に対する恐怖。
R君はカナダでこの事態をどう思い感じているのだろう。

【くらしの窓から】おかしな日記。

最近、ブログをサボり気味である。
実際、書いてはいるのでサボっていることにはならないかもしれない。

投稿する日が一日ずれ、とうとう昨日二日ずれてしまった。
もともとその日の分はその日に書くようにしていた。
古社巡礼の記事はほぼ書こうと計画したその日に書き、掲載している。
しかしいまはすべてを回りきった「国」(尾張国とか伊勢国とかの国)が皆無の状態で、その隙間を埋めるように身辺雑記を書いている。

そこに少し油断があったのだろう。
本来なら日記はその日のうちに書くものだろうが、その日にあったことをその日の晩に書こうとすると都合が悪いことが多々あった。
感情に任せて書いたり、晩酌でほろ酔い気分になり寝てしまって書けなかったり。
だから翌朝、頭がすっきりした状態で前日のことを思い出して書くことにしていた。

しかしだ。
昨朝も一昨日のことを書き、そのままにしていた。
仕事から帰ってきて掲載しようと思っていたら、帰るなり一杯やり始めた。
そして夕食をとるとそのまま食卓の後ろに倒れこんで寝てしまった。
急いで布団を敷き風呂に入ったが、ブログの原稿はそのまま放置されたまま。
結局、二日後の朝に投稿となった。

ちなみにこの原稿、七月一日に書きながら、六月三十日投稿の予定。

【くらしの窓から】ブレーキ新調。

FATBIKEのブレーキを交換することにした。
乗っているとき左側のブレーキレバーが曲がっていることに気づいたのは一年ほど前。
立てかけておいたときバランスを崩して倒れることが何度かあり、その都度強い衝撃を受けていたので曲がったようだ。
ブレーキの機能は変わらないが、常に手をかけている場所なので気になって仕方ない。

僕がFATBIKEを購入した店に行こうとしてホームページを確認するとコロナ禍で入店は完全予約制となっていた。
FATBIKEを購入した当時は何かにつけてちょこちょこと買い物していたけど最近は一年に数回、しかも修理の依頼ばかり。
今回も部品交換だから修理みたいなものだ。

予約して行った午前十時台はお客さんが三組。
僕以外のひとは用事を済ませ早々に帰って行った。
最初はブレーキレバーの交換のつもりだった。
でもFATBIKEには五年乗ったのでブレーキ本体とディスクローター、つまりはブレーキ一式を新しいものに交換することにした。
ブレーキは自転車に乗る上で一番機能しなくてはいけない部分。
最近は音鳴りするようになったし、よく見るとブレーキ本体もかなり傷ついている。

二十代のころから自転車が好きでとくにマウンテンバイクに乗っていた。
当時は年数がたてば部品を交換というより新しい自転車を買うことばかりを考えていた。
でもいまはお金がないこともあるけど、丈夫なフレームはまだまだ使えるし、部品交換の際に少しずついい部品をつけるようにすれば自転車自体のグレードが上がる。
しょっちゅう輪行をするものだからFATBIKEのフレームにはかなり傷がついている。
その傷さえ美しいと思うことがある。

五年間、僕をいろいろな場所に連れて行ってくれた自転車だからこそ、これからも乗りたい。

【くらしの窓から】タコライスで思い出した沖縄。

先日、市場での仕事で野菜をたくさんもらった。
そのなかにサニーレタスがあった。
レタス類って我が家ではなかなか買って食べないので、調理方法に迷っていたとき、妻が沖縄ハムのタコライスの元を見つけた。
チリソースと味付けミンチがついているので、サニーレタス、トマト、ピザ用チーズを用意するだけで簡単にできてしまう。

作り方は簡単。
味付けミンチをお湯で温め、皿に盛りつけたご飯の上にまぶす。
その上に千切りにしたサニーレタスを盛り、細かく切ったトマトを並べチーズを振り、チリソースを全体にかければ出来上がり。
スプーンで混ぜて食べる。
チリソースの味が口中に広がり、レトルト食品とは思えないうまさ。

僕はこれまで二回沖縄を旅している。
もうかれこれ二十年近く前のことだ。
一回目は糸満から辺戸岬まで沖縄本島を歩いて縦断した。
二回目は何を思ったのか沖縄の新聞社の試験を受け、その足で石垣島とさらに台湾まで渡り、鹿児島、宮崎、大阪と船を乗り継いで帰ってきた。

二回目の旅では台湾になかなか渡ることができず、船待ちのために石垣島の公園で数日野宿していた。
そこで同じように野宿していた若者と親しくなった。
その若者の好物がタコライスで、そのとき初めてタコライスという存在を知ったのだった。
そんなことだから沖縄旅行中にタコライスを食べたことはなかった。
本土に帰ってきて、沖縄料理店で食べたのがタコライス初体験である。

アルバイトをして過ごしていた当時はいまよりも時間があったので、沖縄へは船で行った。
名古屋港からも沖縄便が出ていた。
名古屋港から那覇まで三日間。
九州を過ぎた辺りからは波が高くとても揺れるので船室でじっと本を読んでいた。
沖縄に行くからと持参した灰谷健次郎の「太陽の子」を船室内に閉じこもって読んだ記憶がある。

タコライスを食べて若かりしころの沖縄の旅を思い出した。

【くらしの窓から】コロナと本。

新型コロナの外出自粛期間にできた習慣で一番大きいのは本を読むこと。
いろいろと不便を強いられたからコロナのおかげなんていいたくないけど、実際、その期間に読んだ本の冊数や時間はコロナ以前と比べて大きく増えたと思う。
自転車通勤のおかげで電車内での読書時間は減ったけど少しでも空き時間ができるとカバンのなかから本を取り出しページをめくる。

スマホも見ることは見る。
自分の揚げたインスタの「いいね」を確認したり、ヤフーニュースを読んだり、天気予報で雨雲を確認する。
でもスマホを見るのはそんな程度。
カバンのなかには常に文庫と新書、計三冊を入れている。
一冊だけだと読み終わったあと読むものがない空虚な時間を過ごさなくてはならない。
そのため読み終わるとすぐ次につなげるよう、複数冊用意しているのだ。

持っていく本のジャンルはバラバラ。
それを一冊ずつ読むのではなく複数冊を同時に読んでいる。
例えば雨の日、バス車内で小説Aを読み、乗り換えた地下鉄車内で新書Aを、下車した駅から仕事先までのバスでは小説Bというように、一日のうちそれを繰り返す。
一度に読める量は少なくとも、同時に読めば複数の内容を楽しめ、なんとなく精神の体操になるような気もする。

とはいっても面白い本は一冊を連続して読むこともある。
先週末の福井の旅で、電車内で読んでいた本は長編ということもありなかなか読みきれなかったけど、福井市内の書店で買った本は興味深い内容だったので一気に読んだ。
最近、三谷宏治著「戦略読書」という本を読み、自分がこれまで読む機会のなかった海外ミステリーをお試しで買ってみた。
何度かページをめくっているのだけど、面白味に気づいていないせいか、あまり進まない。
他人が薦める本も自分にとって気が進まなくては意味はない。
もしかしたら今後、どハマりする可能性もあるので、しばらくは机の上に積ん読しておこう。

【くらしの窓から】インスタと韓国。

毎日インスタグラムに古社巡礼の写真を掲載している。
神社に行くたびに自転車とともに写真を撮っているし、尾張、伊勢、志摩、近江、遠江、若狭、出雲、隠岐の各国は回り終えているのでネタは豊富だ。

きっかけは出雲国のブログ記事を書いているとき、せっかく写真を撮っても死蔵されてしまってはもったいない、何かできないかと考えた。
簡単なことからということでインスタグラムに載せてみることを思いついた。
これまでも古社巡礼やそれ以外のおでかけで撮った写真を不定期に載せていた。
テーマがあるわけでもないので一覧を眺めるとバラバラ。
そこに白黒で撮った神社の写真二、三枚を毎日掲載することにした。
写真内容はFATBIKEを写した一枚を必須にそれ以外はなるべく神社の外観や特徴が分かるもの。

今年の一月八日に始めて以来、載せ続けて半年。
一覧にようやくテーマ性や統一感が出てきた感がある。

それとともに最近「いいね」をくれるひとの数が微増した。
たいした数ではないものの、自分の写真に共感してくれるひとが多いのは嬉しいものだ。
なかでもとくに韓国のサイクリストからの「いいね」が増えた。

じつは古社巡礼の番外編としていつか韓国に自転車を持ち込んで走りたいと思っている。
古代朝鮮国家である新羅を名を冠した神社が式内式外を問わず日本各地に鎮座する。
お天王さまとして身近な素戔嗚尊も新羅と関係が深い神である。
その故地である韓国、特に慶州を始め慶尚北道各地を走りたいという計画を心のなかに温めている。
二十年前に住んでいた当時とは違い、最近ではサイクリングを楽しむひとたちも増えたようだ。

いま日本と韓国は政治的に対立状態にあり、両国に対する両国民の印象も悪化している。
そんななかで僕の写真を見てくれる韓国人サイクリストの存在がありがたい。

【くらしの窓から】市場で働く。

市場の仕事に就いてそろそろ一年になろうとしている。

松江の「プチ移住」から帰宅後、介護の仕事に非常勤として復帰することになった。
仕事と仕事の合間を常勤ならば事務仕事にあてるけど非常勤であれば何もない。
だから穴埋めに新たな挑戦としてこれまで経験したことのない仕事をやってみようと思った。

求人誌を見ると市場内の配達スタッフを募集している。
朝早いので市場の仕事のあとで介護の現場に向かうことが可能だ。
ただ挑戦とはいえいきなり週五日は無理だと怖気づき週二日でやってみて、その後のことはそのとき考えればと思った。
もともと早起きではあったけど、仕事を始めて間もないころは起きれるかどうか自信がなかった。
寝坊こそしなかったけど慣れない仕事に対する不安があり、出かける間際にお腹が痛くなりトイレにこもることも一度や二度ではなかった。

店では整った荷物を「ねこ」という平台の台車に乗せてお客さんの車に積みこむのがメーンの仕事。
最初のうちはお客さんの車が分からず右往左往していた。
とてつもなく広い場内はお客さんの車よりも自分がどこにいるかに迷うことさえあった。
ちなみに中央卸売市場には大きく分けて鮮魚、塩干、青果の棟があり、僕の勤め先は塩干に属する。
場内の中央に位地する棟から市場全体に向かってねこを引く。

初日の仕事を終えると早速野帳を一冊買ってきた。
そこに車の位置、車種、ナンバープレート、特徴、来る時間等を書き込んだ。
一年がたとうとするいまでは新規のメモをすることはほとんどない。
でもたまに忘れることがあるので、いつでも見られるよう腰につけたポーチのなかに入れている。

一年やってみてお客さんも僕を覚えてくれたし、僕もお客さんの顔を覚えることができた。
だから自然と「おはようございます」「ありがとうございます」と口をついて出てくる。
それに晴れた日には市場内で日の出に出くわすときがある。
ねこを引きながら「気持ちいい!」と思わず笑顔になる。
都会の真ん中にありながら電線がなく純粋に空を見上げることができる空間はそうそうない。

西区から熱田区に引っ越してきて十六年がたった。
その間、ほとんど足を踏み入れることのなかった市場。
そこに足を踏み入れ、早起きの仕事をしなければ挨拶することもなかったひとたち。
そんなひとたちと顔なじみになったことが、一年働いて楽しいと思えるようなできごとかもしれない。

【旅の空から】越前行路、おまけ。

福井での楽しい時間はあっという間に終わり、一晩寝ると現実に引き戻された。
今朝からまた仕事である。

久しぶりの自転車通勤。
福井で過ごした三日間は自転車に乗りまくったけど、知らない土地を走るのとルーティン的に走るのとでは気持ちは全然違う。
自転車に乗れるだけありがたいと思うがテンションの上がり方は違う。

恨みごとをいっても始まらないから楽しかった思い出を語ることにしよう。
まず福井では酒がうまかった。
神社巡りを終えて自走で福井駅に戻ってきたあと、自転車や荷物を置いて向かったのは西武百貨店。
その地下一階の酒売り場の取り揃えはなかなかよい。
百貨店の意地を感じられる。
駅周辺にも福井の地酒を揃えるところは多いけど、見たところの印象として売れ筋や全国的な知名度に左右され、地元感に乏しい印象だ。
でも僕のように、福井に来たのだからぜひ地元の酒と素晴らしい出会いを楽しみたのであれば断然百貨店がオススメである。
閉店時間が迫るなか、散々迷いながら買ったのは発泡性の原酒という珍しい一本。

酒とともに福井での楽しみは本屋。
福井駅周辺ではそれぞれ立ち位置の異なる書店が四店ある。
地元書店、古書店、本のセレクトショップ、そして大手チェーン書店。
初日に散歩したときは午後七時を回っておりすでに閉店している店があったので、早く戻ってきた翌日に再び散策。
立ち読みだけで買うことはなかったけど、本屋のハシゴをするのも楽しいもの。
四店とも歩いていける距離にあるのもありがたい。

僕の旅は以前から当たり前のように重い荷物を持っていくことが多かった。
以前ならカメラと三脚、いまは自転車。
その両者があるおかげで行動範囲が広がり、家にいたのでは知らなかったものを見聞することができた。
その点ではありがたいのだけど、旅が終わると疲労困憊の度が年々大きくなってきているのも事実。
自転車に乗れば体力の限りいろんなところに行けるがもっと楽な旅がしてみたい。

理想としては朝早くじゃなく、昼少し前に福井駅に到着し、サイゼリヤでランチを食べたあと駅前の書店をゆっくり時間をかけてハシゴし、ユトリコーヒーで休憩後、酒屋でいまだ飲んだことない酒を買ってチェックインした宿の冷蔵庫で冷やしておく。
夕食は秋吉で焼き鳥に舌鼓を打ち、宿に戻れば冷やしておいた酒を楽しむ。

ペダルを漕ぎながらこんなことを妄想していた。

【旅の空から】越前行路、三日目。

いつものように午前四時半に目が覚めたので、そのまま起きた。
窓の外、福井駅前の広場にはすでに日射しが、時間が早いため動きを止められた恐竜たちを照らしている。

宿をチェックアウトして福井駅に向かった。
前日輪行した丸岡駅からスタート。
通学の高校生たちを横目に駅前でFATBIKEを組み立てた。
当日回る予定の神社は九か所。
丸岡駅を出発し一社目の横山神社を皮切りに福井市内へ向かって走り、九頭竜川の堤防近くに鎮座する黒竜神社が最後だ。

丸岡の城下町を通り過ぎ、連なる山の麓を通ったかと思えば、再び平野に戻ってきたり。
山の緑と広々とした田んぼに青々と伸びた稲という光景を視覚を通して体内に取り込むととても幸せな気分になった。
また田んぼの畦に鳥居が立ちその奥に朱色の社殿が鎮座する多禰神社の姿はとても印象的だった。
田園に鎮座する神社という風景は我が故郷の愛知県にも見られない訳ではないが、米どころ福井とは規模が違う気がした。
そんな風景を見ながらペダルを漕いでいるから、心は癒される。

今回の旅で訪れた福井県北部の神社では主祭神や合祀された神として継体天皇の姿を感じないことはなかった。
どこかの神社の由緒には福井平野が肥沃な大地になり米どころになったのも継体天皇が行なった治水事業のためと書かれていた。

予定していたすべての神社を回り福井駅に着いたのは午後一時半。
名古屋に戻るしらさぎの車中で飲むために福井県産の米を醸した酒を購入した。
名古屋までの二時間半、三日間の旅を思い出しながら杯を重ねた。

【旅の空から】越前行路、二日目。

初日、久しぶりの古社巡礼にハッスルしたせいか、二日目は朝から疲れが残っていた。
午前七時半。
駅前の宿を出発し足羽山近くの神社からスタート。
足羽山に鎮座する足羽神社を参拝し継体天皇像を拝むと、まだ出発から一時間もたっていないのにすでに疲れが出てきた。

二日目に回る予定は十五社。
簡単に来れる所ではないしせっかくの機会、可能な限り回りたい。
神社間の距離が近ければ十分回れる数と思った(以前も同じ数を回ったことがあった)ものの、実際には地図で見るほど近くなく、早々に体力が限界に近づいた。
追い打ちをかけるように宿の朝食も少なかったので力が入らない。

自分でお弁当を持っていかないときの昼食はたいていコンビニで簡単に済ますことが多い。
いつものように広がる田んぼを眺めて走りながらコンビニを探した。
看板を見つけ店の前に自転車をとめた。
店に入ろうとするとすぐ隣はそば屋だった。
一瞬ためらったが、コンビニでは買ったところで外で食べなくてはいけない。
そば屋なら店内で食べられるし注文が出てくるまで休憩も可能だ。
少し値は張るけど、これも古社巡礼になくてはならない投資。
車にガソリンを入れるようなものである。

午後になりそば屋効果(ソースカツ丼とおろしそばのセット)が徐々に感じられるようになった。
予定していた十五社のうち最後の井口神社を訪ねたのは十六時過ぎだった。
一日目は回り終えてから福井駅まで自走したが、さすがにそれは無理だった。
JR丸岡駅まで走り、輪行。

駅前で自転車を分解していると電車待ちしていたおじいさんが出てきた。

「これ自転車かね」

FATBIKEを珍しそうに見て尋ねてきた。
「そうですよ」と答える。
いつもならそこから会話が生まれるはずなのにこちらは疲れているし、おじいさんはじっと輪行の行程を眺めている。
完了し輪行バッグを担ぐとそれまで黙っていたおじいさん、感極まったように「お見事!」と駅中に響き渡る大声で賞賛してくれた。
僕にとってはもう何回もやっていることなのでいまさら珍しいことではない。
でも初めてのひとからすれば、ただでさえタイヤがでかい自転車を分解してカバンに入れてしまうんだから、驚いて当然かもしれない。

宿に着くと荷物を置いて夕食へ。
二日目も初日同様、疲れた体に酒がよくしみた。
カテゴリ
最近のコメント
RSS
ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
お願い
◆お問合せ、ご質問、取材などご連絡はコメント欄へお願いします。後ほどご連絡差し上げます。


◇ ◇ ◇


◆当ブログの写真や図、文章等の無断転用・転載を禁止します。
お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
  • ライブドアブログ