名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

尾張国

【FATBIKE古社巡礼!】尾張國春日部郡・訓原神社

151219訓原白山神社2

「尾張国一百廿一座 大八座 小一百十三座」

延喜式神名帳に掲載された尾張国の式内社の正式な数である。
しかし同じ神社の伝承を持つ論社もあるので、実際に訪ねようとするとこれよりも多くなる。

春日井市外之原。
瀬戸と多治見の境に近い山間部に春日部郡の訓原神社の論社、白山神社は鎮座する。

県道を走っていると社名の書かれた看板が立っていた。
鳥居が立つ脇道に入ると小さな川が流れており、上に架かる白山橋を渡る。
拝殿までは190歩。

本殿は大きな祠を中心に左右に小さな祠が二社。
ほかにも山側に小祠がまつられている。

まずは参拝。

白山神社というだけで由緒書は見当たらない。
「式内社調査報告」によれば、神社の建つ「外(之)原」が「訓原」と読みが近いという理由で論社とされているようだ。

境内には「細野チビッコ広場」という児童公園を併設、社叢にはクスノキやヒノキ、サクラが多く見られる一方で、保存樹に指定されたアラカシも。

尾張国の式内社を訪ねる旅はこれでおしまい。

次はどこの国の古社へ…

写真は愛知県春日井市。

151219訓原白山神社4

【FATBIKE古社巡礼!】尾張國丹羽郡・内々神社

151219内々神社6

尾張と美濃の国境近くの尾張側は犬山と小牧、春日井の三市が境を接する場所でもある。
犬山市の入鹿池東端を山側に入り市境のアップダウンのある道をFATBIKEで走る。
当日は天候に恵まれ日が差してきたので手袋をはめずにハンドルを握っても冷たくはない。

内々神社は下街道、現在の国道19号線沿いに鎮座する。

朱塗りの鳥居をくぐり拝殿までは80歩。
権現造の拝殿正面軒には曲線の美しい唐破風屋根、軒を支える左右の梁には躍動感のある龍が彫られている。
上諏訪の大工立川一族により十年の歳月をかけて造られたそうだ。
社殿を守るようにご神木の杉が立っている。

祭神は建稲種命、日本武尊、宮簀媛命。

日本武尊が駿河で水死した建稲種命を思い「ああ現哉(うつつ)かな」と嘆いたことが社名の由来になったという。
まずは参拝。

境内を歩いてみる。
現在社殿は改修工事を行っていたが、すぐ裏手には庭園があり、また東海自然歩道へ連なる入り口もある。

さらに庭園の北側には巨岩が並んでいた。
磐座として信仰されているようで、外から隠れて見えない岩の内側には小さな祠を囲むように小さな神仏がたくさん置かれていた。

写真は愛知県春日井市。

151219内々神社1

【FATBIKE古社巡礼】尾張國丹羽郡・石作神社

151219石作神社1

石作神社は高台の上に鎮座していた。
正面の石段を上りきった場所に立つ鳥居から拝殿までは40歩。

雲の切れ間から時折太陽がのぞき、鬱蒼と茂った社叢の樹間から陽光が太い線のように境内に降り注ぐ。

石作神社は同じ社名の神社としては山田、中島、葉栗、丹羽の四郡に鎮座。
犬山の石作神社は丹羽郡の神社で、四ヶ所の論社が犬山江南の両市にまたがって存在する。

まずは参拝。
祭神は天照大神、菅原道真、大貴己命、少彦名命、菊理姫命。

「式内社調査報告」によれば天正十五年に現位置に遷座され宅美神社を呼称したそうだが、同社が他に確定されたため天神社となり、明治三十二年、石作神社とされたという。
祭神のなかに石作連の祖神といわれる建眞利根命の名前がないのは、それだけの変遷を経てきたためかもしれない。

境内を歩いてみると、山上の古社という言葉通り緑に包まれている。
なかでもツクバネガシは幹周り200cm樹高20m級の大木が狭い範囲に十二本も郡立しており、「犬山の古樹」として登録されている。

また境内からは旧石器時代から古墳時代にかけての石器や土器などが出土している。

写真は愛知県犬山市。

151219石作神社3

【FATBIKE古社巡礼】尾張國丹羽郡・虫鹿神社

151219虫鹿神社4

僕が式内社を回り始めてから季節は夏から秋へ、そして冬へと移った。

FATBIKEで走りながら心地よい風を受けて気持ちよいと感じる季節はあっという間。
うだる暑さの夏や寒い冬は、自転車の重量と相まって四十路を迎えた体には苦行だった。

夏、休憩をかねてよくスーパーで買った昼食を冷房の効いたフードコートで食べていた。
気がつくとスーパーとの距離が遠ざかりコンビニでコーヒーとドーナツというメニューが定番になった。
それでお腹が減らないのが不思議だったが、考えてみれば自走せず輪行で現地に来ていたからだった...

虫鹿神社の最寄りは名鉄広見線「富岡前」駅。

境内へ続く参道の両側には燈籠が整然と並んでいる。
入口の鳥居から拝殿まで68歩。
まずは参拝。

玉垣で囲われた社域の外に針葉樹の高木が並んで立ち森を形成していた。

由緒書は見られない。
拝殿前には「虫鹿神社燈明臺」「時祀官吉原右近」「寛政九巳年九月吉祥日」と刻まれた常夜灯が立っていた。

写真は愛知県犬山市。

151219虫鹿神社1

【FATBIKE古社巡礼】尾張國春日部郡・片山神社

151214片山神社天神5

春日部郡には片山神社の伝承を持つ論社が二社がある。
小牧市の片山八幡社ともう一方は春日井市の天神社である。

名鉄小牧線間内駅北側の道を東に進むと大山川に朱塗りの天神橋がかかっている。

境内にヒノキが多いことは遠くからもよく分かる。
入口近くには並んで立ち、また柵で囲われたヒノキの巨樹は神木としてまつられていた。

入口の鳥居から拝殿までは52歩。
まずは参拝。

境内を歩いてみると式内片山神社の伝承を持つ神社としてよりも、御嶽山中興の祖として知られる覚明行者の生誕地としての方が有名であるようだ。
産湯の井戸や石碑、石像など覚明行者に関する顕彰物が多い。

神社側に由緒書はなく「式内社調査報告」も詳しい伝承は分からないとするが、同書が引く「東春日井郡誌」には古老の伝として「字片山ニ鎮座大社ナリシガ」、小牧の役で秀吉軍によって「放火ニ因テ社格宝物ハ勿論、守護人玄殿ノ家屋等悉皆焼失」されたと記している。

写真は愛知県春日井市。

151214片山神社天神2
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【FATBIKE古社巡礼】尾張國春日部郡・片山神社

151214片山神社八幡4

一年前のちょうど今ごろ、後厄のお祓いのために田縣神社を訪れた。

家を出発して一時間ほど、庄内緑地公園近くでハンドルがだんだん重く感じられるようになった。
信号待ちで前輪のタイヤを一周回してみると細かいピンが刺さっていた。
パンク修理セットを持ってないときに限ってこのザマである。

引き返そうとした思ったところ、運良く公園の向かい側に自転車店があった。
しかも開店している。

「これで厄が落ちたね」

店のおばさんにそう言われながら修理は完了。

お祓いを受けたあと、犬山を経由して名古屋に向かう途中、前方に大きな森が見えたので立ち寄った。
まだ式内社を意識する前のこと。
片山神社との初めての出会いだった。

長い参道をFATBIKEを押して歩き拝殿まで240歩。
参道の紅葉したカエデとは対照的に、クスノキ、ツバキ、クロガネモチなど常緑樹が繁茂した境内は鬱蒼としている。

由緒書によれば祭神は応神天皇と少彦名命。
貞観十三年、山城国の石清水八幡宮の分霊を勧請したのがその始まりとされる。

本殿の建物は修理中で、バチッバチッと釘を打つ音が響いていた。

写真は愛知県小牧市。

151214片山神社八幡1

【FATBIKE古社巡礼】尾張國春日部郡・外山神社

151214外山神社4

式内社を回る際、境内に古墳があったり、土器が出土していないかチェックしている。

由緒書や「式内社調査報告」を見ても古社だけに創建時期が不明な社は多い。
それだけに境内から古墳、土器といった遺物の出土は神社の古さを如実に物語ってくれる。
FATBIKEに乗りながら神社の昔日の光景を想像するのも楽しみだ。

式内外山神社は、県営名古屋空港近くの道を住宅街に入った場所に鎮座。

入口近くにシイノキ、拝殿手前に注連縄を巻かれたムクノキの巨樹が立っているが、鬱蒼とした印象はない。

入口の鳥居から拝殿までは50歩。
本殿近くで落ち葉の掃除を行っているおばあさんにあいさつして、参拝。

由緒書によれば祭神は天照大神、天児屋命、誉田別命。

境内に設置された記念碑によれば、大正四年に銅鐸が出土したそうだ。
弥生後期の「袈裟襷文銅鐸」で、高さ39.5cm、底部の直径18.2cm、県内出土の銅鐸としては最古の部類に入るという。

銅鐸は祭具だったろうから神社のルーツは弥生時代の祭場で、それが時を経るごとに洗練されて現在の神社の姿に至ったのでは…
あくまでも素人考えだけど…

写真は愛知県小牧市。

151214外山神社1

【FATBIKE古社巡礼】尾張國丹羽郡・諸鑵神社

151214諸鍬神社7

式内社を回っていると時として同じ名前の神社の存在に気づく。
尾張国では石作神社が代表例で、中島、葉栗、丹羽、山田の四郡に同名の神社が存在、石工の祖神をまつっている。

ほかに物部(春日部、尾張)、片山(春日部、山田)、そして諸鑵神社もそのひとつ。
海部郡の諸鍬神社とは鍬の字が違うが、両社とも「モロクワ」と読む。

名鉄小牧線「楽田」駅から尾張国二宮である大縣神社へ向かう途中、鳥居の立つ道を左に折れると正面に森が広がる。

一の鳥居から民家が並ぶ参道を通り、拝殿までは380歩。
集落の中心に位置し小ぢんまりとした海部郡の諸鍬神社とは違い境内は広い。

FATBIKEを立てかけ、まずは参拝。
由緒書はないが拝殿に吊るされた幕には諏訪神社の神紋が見られる。

「式内社調査報告」によれば現在の祭神は諏訪神社同様、建身名方命ということになっているが元は相殿の神だったので、本来の祭神と取って代わられたようだという。

また境内東端には自然石をまつった社域があり、60〜70cmほどの高さの石には「山之神」と刻まれていた。
手前には積まれた焚き物と燃やした跡があるので、火を使った神事が行われているようだった。

写真は愛知県犬山市。


151214諸鍬神社4

【FATBIKE古社巡礼】尾張國丹羽郡・詫美神社

151214託美神社2

「これタイヤが太いけど自転車?」

境内の入口にFATBIKEを立てかけると近くにいたおばあさんが声をかけてきた。

「こんな自転車初めて見た」

扶桑町の詫美神社。
僕がFATBIKEで乗りつけたとき、境内には多くのおじいさんおばあさんがたちが集まって、グランドゴルフの開始を待っていた。

入口の鳥居から拝殿までは16歩。
遠くから見たときにこんもりとした森はクスノキ、ヒノキ、シイなどが社叢を構成していた。

由緒書は見当たらない。
「式内社調査報告」によれば、祭神は「昭和二十七年明細書」を引いて日本武尊と大美和津弥命。
同じく丹羽郡には宅美神社があり建築関係の祖神として武田王をまつるが、こちらでは、日本武尊がその父であるという理由でまつられているようだ。

元は神明社であったが、周囲の地名や神社蔵の神鏡に「工造神社」の文字があること、「応宣墳」と呼ばれる長泉塚古墳があることから長年式内社への昇格を求め、弘化二年に許可された経緯がある。

いつしかFATBIKEの周りには人だかりができていた。

「これ重くない?」
「重いだろう」

思い思いの言葉を口にして太いタイヤを触る面々の疑問に答える。

FATBIKEはやはりコミュニケーションバイクである。

写真は愛知県扶桑町。

151214託美神社1

【FATBIKE古社巡礼】尾張國丹羽郡・針綱神社

151214針綱神社2

FATBIKE古社巡礼にようやく輪行が定着した。

以前は面倒と思っていたことが少しだけだが、苦にならなくなった。
これまでFATBIKEを輪行バックに詰める作業に何度も失敗して軽く30〜40分はかかっていたのが、要領を覚えると20分ほどでできるようになった。

名鉄犬山線「犬山遊園」下車。
ちなみに分解したFATBIKEの組み立てはもっと簡単だ。

木曽川の堤防道路を走って犬山の麓、針綱神社へ。
由緒書によれば針綱神社は尾張五社のひとつで、犬山の峰から白山平、名栗町を転座し明治十五年、現位置に鎮座。
祭神は尾治針名根連命。
天白区平針の針名神社の祭神と同じで尾張氏の系譜に連なる。

境内入口、推定樹齢200年のイチョウ近くにFATBIKEをとめる。
社殿までは石段を上がり160歩。
参拝して右手に目を向けると木曽川方向と思われる眺望が開けている。
犬山に繁茂する豊かな常緑樹の間から落ち葉を集める機械の音に混じり名鉄電車が通過する音が聞こえた。

国宝犬山城に向かう道とは反対側に下り三光稲荷へ。
ナギの木とともに女陰石がまつられていた。
ナギの木は古来より縁結びにご利益があるそうだ。

写真は愛知県犬山市。

151214針綱神社4
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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