名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

越前国

【FATBIKE古社巡礼!】越前國敦賀郡・織田神社

160825織田神社1

越前町の劔神社境内にはもう一社、式内社が鎮座している。

織田神社には式内社を示す「式内」の文字は見当たらないが、その小さな社殿はかなりの古さ、伝統を感じさせる造りである。
それもそのはず、社殿脇の説明にはこう書かれている。

「桁行一間、梁間一間、一間社流造り檜皮葺建築様式から察して、後世の改築による部分が多いが、全体として創建当初の室町様式がよく残されている」

恥ずかしながら建築に疎い僕には小さいけどしっかり作られている程度にしか見えない。
県指定文化財であると書かれていて初めて、古い貴重なものなんだと分かる程度だ。

何はともあれ、まずは参拝。

社名の「織田」とは織田信長の織田氏のことで、ここ越前は織田氏発祥の地である。
そのせいか境内には武将(おそらく織田信長だろうか)を描いた幟がはためいていた。

なおもうひとつの説明書によれば祭神は保食神で、織田氏の祖神をまつるというわけではなさそうだ。

写真は福井県越前町。

160825織田神社由緒

【FATBIKE古社巡礼!】越前國敦賀郡・劔神社

160825劔神社4

大虫神社前の県道19号線を山側に向かって走っていくと、ひたすら上り坂が続くのでひと漕ぎひと漕ぎ、ゆっくりとペダルを漕ぐ。

それでも安養寺トンネルを抜けると道は下り坂。
重量感のあるFATBIKEだけに一気に加速して猛スピードで下っていく。
それが山道の楽しみである。

下りきるとトンネル以前ほどの上り坂はなくなり、地図を確認すると目的地である劔神社まではあと少しだ。

神社に着くと入口にFATBIKEをとめて鳥居をくぐる。
広い境内に入り、手を清めて拝殿までは60歩。
まずは参拝。

神社は小高い山に神域を構えており、本殿はその麓部分に鎮座する。
ちなみに階段を上がれば山上に通じる道があるので行ってみると、稲荷社、猿田彦社などが、また階段手前、池のほとりには男根形を神体とした「子宝さま」がそれぞれまつられていた。

当社は敦賀郡の劔神社の論社。
由緒書によれば祭神は素戔嗚尊、気比大神、忍熊王。
もとは座ヶ岳という山にまつられていた素戔嗚尊を、仲哀天皇の皇子である忍熊王がこの地に斎きまつったのが始まりとされる。

写真は福井県越前町。

160825劔神社2

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・大虫神社

160825大虫神社3

「石神の湧水」

神社に近づくとそう書かれた幟が道路脇にはためいていた。

越前国丹生郡唯一の名神大社である大虫神社。
県道沿いに立つ鳥居をくぐり登録有形文化財に指定されている宮橋を渡ると、正面に拝殿が見えてきた。
まずは参拝。

雷神社からは十五分ほどでやってきたけど、暑さで喉がからから。
そこで境内を歩き回る前に喉を潤すことにした。
池のほとりに水が湧き出る場所があり、地元のひととみられるおじいさんが先客としてペットボトルに水を汲んでいた。
あいさつして置いてある柄杓を使い一杯口に含む。

「うまいなぁ」

もう一杯、もう一杯とおかわりして境内に戻ると入口手前の手水から流れる水の音とセミの鳴き声が響いていた。

境内にはスギやヒノキなど針葉樹が多く見られ、スギのみ注連縄が巻かれていた。

由緒によれば祭神は地開びゃくの神である天津日高日子穂穂出見尊。
もとは大蒸神社と称していたが、垂仁天皇の御世、大発生したイナゴの駆除を当社に祈願。
無事退散したことから大虫大明神と改称したという。

当社には同じく丹生郡の式内社である小虫神社も合祀されている。

写真は福井県越前市。

160825大虫神社5

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・雷神社

160825雷神社1

もしも長い休みが取れたら何をしよう...

最近暇なときにそんなことばかり妄想している。

海外なら十年以上訪れていない韓国に行きたい。
友人たちにも会いたいし、自転車で済州島一周もしてみたい。

日本ならもちろん古社巡礼。
月単位で休めたらFATBIKE持参で松江市に長期滞在して毎日神社巡りしたい...

残念ながら人手不足に悩む現実を前に妄想の域を出ない、非現実的なことである。
でもいつか...

越前市広瀬町に入りコンビニで休憩した後、吉野瀬川沿いの道を走り雷神社を目指した。
山裾の道を走るとそのまま境内へ続く参道に出たので、いったん入口の鳥居へ戻り写真を撮った。

朱色の雷橋を渡り常夜灯が並ぶ参道を通って拝殿までは155歩。
まずは参拝。

由緒を記したものは見当たらない。
「式内社調査報告」によれば祭神は広満雄碓神という聞き慣れない神さまが主神のようだ。

林立するスギが適度に日射しを遮ってくれるおかげで、腰をおろすと動きたくなくなる心地よい空間だ。
ひと気はなくツクツクボウシの鳴き声だけが響いていた。

写真は福井県越前市。

160825雷神社4

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・兄子神社

160825兄子神社論社日野神社5

「式内社調査報告」には、越前国丹生郡の兄子神社には論社が三社掲載されている。
そのひとつである日野神社はJR王子保駅の東側、日野山の麓の中平次町に鎮座する。

駅からは日野川を渡り、集落の奥までFATBIKEで向かうと登山口の手前に鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐり背の高い木々に囲まれた境内を拝殿まで歩くと95歩。
まずは参拝。

由緒書によれば祭神は継体天皇、安閑天皇、宣化天皇。
背後にそびえる日野山は御嶽山、越前富士とも呼ばれ、古来より信仰の山として尊崇されてきた。
父である藤原房時に伴い武生にやってきた紫式部も歌集のなかで日野山について詠んでいる。

でも僕が気になったのは日野山や日野川の「日野」という地名。
岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」には日野川について「日野川はかつて叔羅(しらき)川、白鬼女川、信露貴川とよばれ」ていたと書いている。
そう考えれば日野山も日野神社も新羅と関係のある山であり神社なのかもしれない、と思った。

写真は福井県越前市。

160825兄子神社論社日野神社2

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・大山御板神社

160825大山御板神社論社神明神社2

式内社といえば、山裾にあり多くの木々に囲まれ古そうな木造の社殿を構える...

僕が今まで見てきた古社のイメージである。
しかしすべての神社がそのイメージ通り、というわけではなく、なかにはえっというほど新しい神社もある。

越前市三ツ口に鎮座する神明神社は大山御板神社の伝承が残る神社のひとつ。
こぢんまりとした境内は全体が比較的最近に整備改修されたようで、本拝殿だけでなく併設された自治会館までも新しい。

小さい神社なので鳥居をくぐり拝殿まで21歩。
まずは参拝。

前出の南地区自治振興会設置の案内版によれば、由緒は不明。
「越前国名跡考」には「今三口、延喜式に云大山御板の神社是也」と書かれているという。
また明治四十一年に楠町の伏し拝み神社と合併、御神体も併合。
御神体はさらに上総社に合祀されたが、後に当社に分祀されたという複雑な経緯をたどっている。

拝殿に隣接して「ころり観音」もまつられている。
長患いせず“ころり”と死ねることからその名がついたそうだ。

写真は福井県越前市。

160825大山御板神社論社神明神社1

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・斗布神社

160825十府神社1

式内斗布神社の論社である十府神社は武生駅と王子保駅の中間辺りに鎮座している。

「村社十府神社」と書かれた標柱が立つバス通り沿いの角を曲がり、奥に進むと鳥居が見えてきた。
境内はとてもこぢんまりとしており、入口の鳥居から拝殿までは17歩。
鳥居をくぐると正面が拝殿という具合である。
まずは参拝。

この辺りの神社を訪れると「南地区自治振興会」という団体が設置した案内板を目にする。
よほど大きな神社、もしくは熱心な神職の方か氏子さんがいる神社でないと由緒を記したものは見当たらないが、このように地区の団体が案内を建ててくれていると本当にありがたい。

十府神社の由緒については不詳、明治四十四年に同じ字にあった天満宮と合祀したそうだ。
祭神は先に訪れた斗布神社同様、彦火火出見尊である。
境内には拝殿を挟んで右側に大物主神をまつる金刀比羅宮、左側に青面金剛像を納めた庚申宮がそれぞれまつられていた。

すぐ裏手には田んぼが広がり、田んぼと神社の境界にある用水路には勢いよく水が流れていた。

写真は福井県越前市。

160825十府神社5

【FATBIKE古社巡礼!】越前國丹生郡・斗布神社

160825斗布神社4

斗布神社に到着すると強い日射しがほんの少しだけ雲に遮られた。
大塩八幡宮から走ってきたらすでに体中は汗だらけ。
北陸は豪雪地帯で寒いというイメージが先行しがちだけど、夏の暑さは意外に厳しい。

白崎の交差点に社名が書かれた標柱が立っていた。
境内はそこから200m先である。

神社に到着すると背の高いスギの木立に驚いた。
拝殿の手前に立つスギの高さたるや完全に建物を覆ってしまっているのだ。
一見すると建物の高さの二倍強はあるだろうか。
神社の背後は山なので一瞬、山のなかに神社が鎮座しているような錯覚を覚えてしまう。

入口の鳥居からその拝殿まで70歩。
まずは参拝。

由緒を記したものはないが、「式内社調査報告」によれば祭神は彦火々出見尊。
同じ伝承を持つ論社として松森町にも十府神社がある。

再び日射しが照りつけてきて暑くなったけど、境内に響き渡るツクツクボウシの鳴き声と吹く風にどことなく秋の気配も感じられた。
境内には児童公園も併設されている。

写真は福井県越前市。

160825斗布神社1

【FATBIKE古社巡礼!】越前國敦賀郡・高岡神社

160825高岡神社1

「式内社調査報告」によれば越前国敦賀郡の高岡神社と考えられている論社は三ヶ所。
敦賀市砂流の高岡神社と同市高野の白山神社、そして大塩八幡宮内の高岡神社である。

同じ伝承が残る論社が三社あることは式内社では珍しいことではないけど、山深い木ノ芽峠を挟み以西に二社、以東に一社というのはにわかに信じがたく思われる。

JR北陸本線は敦賀駅を出発するとすぐに北陸トンネルに入る。
日本で二番目に長いといわれるトンネルと抜けると同じ敦賀郡とはいえ違和感を感じるものがある。
その最もたるものは言葉かもしれない。
敦賀市内で聞かれた関西の言葉は聞かれず、どことなく東北なまりに近い越前の言葉に変わるのだ。
山が境界となって文化を分断してしまっているようだ。
だからこそ僕個人の直感として、同じ伝承を持つ神社が峠をはさんで存在することが信じがたく思われるのだ。

大塩八幡宮の高岡神社は本殿に向かって左側に鎮座する。
まずは参拝。

案内によれば祭神は素戔嗚尊、創建年代は不詳。
もとは本殿東南方向の高岡峰に鎮座していたそうだが、江戸時代に現在地にまつられたという。

写真は福井県越前市。

160825高岡神社由緒

【FATBIKE古社巡礼!】越前國敦賀郡・天国津彦神社、天国津比弯声

160825天国津彦比彈1

大塩八幡宮の本殿右側に鎮座する天国津彦神社と天国津比弯声辧
祭神は伊邪那岐命と伊邪那美命の夫婦神であることから縁結び、和合の神としてまつられている。

木造の社殿は大変古く、軒部分に掲げられた扁額の文字はすでに読むことができない。
まずは参拝。

祭神と由来について書かれた小さな案内板をメモしていたときだ。
背後に息づかいの荒いひとの気配を感じたので振り向くと、なんとお巡りさんだった。
あいさつしようと思ったら先に、「あの自転車?」と声をかけられた。
鳥居近くに立てかけておいたFATBIKEのことだ。

「はい」
「どっから来たの?」
「名古屋です」
「えっ?」
「名古屋からですけど、王子保駅まで自転車運んできたんですよ」
「あぁ、輪行して。それにしても太いタイヤだなぁ」

越前訛りのお巡りさんは自転車に詳しく、FATBIKEの説明をひとしきりすると何だか納得したような表情をしていた。
僕が社殿に向かっているとき無言で近づいてきたのは、賽銭ドロなら現行犯でお縄にしてやろうとでも思っていたのだろうか。
でも持っているのがペンとノートだったから、実のところお巡りさんもホッとしたのかもしれない。

いま考えれば通報があったのだろう。

写真は福井県武生市。

160825大塩八幡宮5
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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