名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

若狭国

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・宇波西神社。

遠くから見た神社は緑のなかに建物をはめ込んだように後背の山と一体化している。手水の傍らに羽根を広げた鵜!? と思いきや胴に注連縄が巻かれた鵜形。精巧に作られ、近づくと口から水が出る仕組みになっている。なるほど祭神の鵜葺草葺不合命にちなんで鵜なんだ、と納得。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・佐支神社。

若狭湾と久々子湖を結ぶコブのような二つの丘。神社が鎮座するのは湖側の寺山。出雲系の素戔嗚尊が祭神なのは日本海が近いからか。ただ神社自体はかつて別場所にあったそう。参拝後、階段を上がり頂きへ。秋葉小祠が海とともに、広がる田んぼと密集する家並みを見守っている。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・和爾部神社。

敦賀市内から関峠を越え美浜町に入ると丹後街道に合流。旧道の風情が残る町並から山側に向かうと鳥居が立ち、苔むした石段と重厚感ある拝殿に古社を感じる。社名から和爾氏の祖神をまつったであろう神社だが、後に勧請された日吉神社に庇を貸したら母屋を取られたという話。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・伊牟移神社。

若狭には胴回り樹高とも立派な木のある神社が多い。偶然だろうか、訪ねた神社の多くはそんな印象だ。遠くからも神社だと予想がつく消防署裏手の青々とした森。参道脇や本殿後方に太い幹のモチ、タブ、シイが並ぶ。見上げると密に重なる枝や葉の間から太陽が顔をのぞかせた。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・御方神社。

旧街道の両側に立ち並ぶ朱色の常夜灯は神社が近い目印。石観音へ上がる参道、観音川にかかる橋のたもとに社名を刻む石柱がお出迎え。社名の御方は三方で、湖名であり郡名でもある。大社を想像するも実際はこぢんまりとした境内。手水では鶴と亀がなかよく水をかけ合っていた。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國遠敷郡・苅田比賣神社。

鳥居を挟み込むようにそびえるスギとムク。林立する木々に囲まれた境内には文化財が二つ。本殿はおおい町の文化財。覆いのなかにあり外から眺められず残念。もうひとつは県の天然記念物の老ムク。幹に穴が空き一部が朽ちてはいるものの根元のお賽銭を見るといまでも現役。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國遠敷郡・苅田比古神社。

強風が吹く日本海から内陸の名田庄へ向かう。海を離れるにつれて海沿いで吹いていた風も和らぎ、雲の切れ間から青空がのぞくようになった。鳥居をくぐり山の斜面に鎮座する境内へ。手水に流れ落ちる水がとても澄んでいた。流造の社殿が狛犬のような巨樹に守られ鎮座する。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國大飯郡・伊射奈伎神社。

小浜線加斗駅で輪行の自転車を組み出発。加斗PA裏手の丘を越えると開けた場所に出た。旧社地「伊射の森」はいずこ? 地図上の所在地を示す辺りに小さな堂が建つ。手を合わせてなかをのぞくと石仏がまつられていた。その背後、木々が生い茂る辺りが目的の森なのだろうか。

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・木野神社

170401木野神社1

閉められていた防獣用の扉を開けて神社に向かったものの、拝殿の手前にも境内への侵入を防ぐためのフェンスが張られていた。
先に進めないので本殿に向かって手を合わせる。

どうにか境内に入れないものだろうか。

そう思っていたら、伐採作業で山に入っていたひとたちが作業を終えて戻るところだった。

「こんにちは。神社のなかには入れませんかね」
「向こうの方から行けるんじゃないかな」

神社の後方を指差しながらそう教えてくれた。

その場に向かったがやはりフェンスに囲まれている。
しかしよく見ると出入りができる場所があった。
ゆるく結わえられた針金を解いて境内に入った。

いったん先ほど参拝したフェンスのある場所に戻り拝殿へ、そこに鳥居からフェンスまでの歩数を足して95歩。
改めて手を合わせた。

じつはこうした光景は初めてではなく、この日は動物の気配こそ感じなかったけど防獣フェンスのすぐ向こう側にシカやニホンザルを目にすることもこれまで度々あった。
街で生活していると動物被害はニュースのなかの出来事で、実感することは難しいものだ。

神社を訪ねることは楽しい。
半面、その土地ならではの厳しい現実を見つめる旅になることもある。

写真は福井県美浜町。

170401木野神社5

【FATBIKE古社巡礼!】若狭國三方郡・織田神社

170401織田神社(佐田)1

僕はFATBIKEで神社を回る際に自分なりの決まりを作っている。
いくつかあるけど主なものは、

「境内では自転車に乗らない」
「必ずお参りする」
「ビンディングシューズは履かない」

の三点。

とはいえ最近は決まりを少し緩めて、境内が広く車も通行できるできる道だけは乗ってもいいことにした。

歴史の古い式内社とはいっても、入り口から拝殿までの距離が10歩ほどの場所から300歩以上というところまで本当に大小様々。
佐田の織田神社は僕がこれまで訪れた神社のなかでも広い神社だ。
入り口の鳥居から拝殿までは510歩。
まずは参拝。
祭神は国常立尊。

一直線に伸びる参道では四月四日と九月九日の年二回、夕陽が一の鳥居と二の鳥居を一直線に結ぶ「織田神社の夕陽」が見られる。
かつては海まで伸びていたという参道を使って騎馬や弓矢の練武場としても使われいたそうだ。

いまでは車も通るその参道、FATBIKEで走ってみた。
舗装されていない道を太いタイヤでショックを吸収しながら、現代版「騎馬の練武」と勝手に解釈して鳥居まで走っていった。

写真は福井県美浜町。

170401織田神社(佐田)5
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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