名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

大和国

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・殖栗神社

171215殖栗神社1

殖栗神社はその旧社地といわれる十之森の南側、ちょうどイオンの裏側に鎮座する。

入り口の標柱近くにFATBIKEをとめて境内へ。
鳥居をくぐり拝殿までは20歩。
境内にはケヤキが多いため落ち葉が一面に敷き詰められている。
歩みを進めるたびにサクッサクッと小気味良い音がした。
まずは参拝。

訪れたのが初冬なので境内はどことなく寂しい雰囲気が漂い地味な印象を受けたが、拝殿奥にまつられた本殿は朱色を基調とした派手な彩色がなされている。
この森にあってまぶしいくらいに輝いていた。

境内を歩きまわったが由緒などは見当たらない。
「式内社調査報告」によれば祭神は殖栗王と天児屋根命。
殖栗王とは殖栗連の祖神とのことだ。

先に訪れた十之森では由緒に「十之森鎮座春日神社は殖栗神社に合祀」されたと書かれていた。
ということは十之森と殖栗神社とは別々ということだろうか。
大型の店舗や新しい住宅が立ち並ぶ周囲の雰囲気から察するに十之森は昔、相当に大きな森だったような気がする。
じつはその森のなかに殖栗神社も鎮座していたのではないかと思った、なんの根拠もないけど。

写真は奈良県桜井市。

171215殖栗神社3

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・殖栗神社

171215殖栗神社十之森3

神社の場所を探していたらイオンの巨大な建物が目の前に現れた。
中和幹線道路という交通量の多いロードサイド。
殖栗神社の旧社地である十之森神社はこの辺りにあるはずだが...

辺りを見渡しながら走っていると道路の向こう側に小さな森を発見した。
十之森という名前から鬱蒼とした森を想像していたけど、小さな境内は明るく開放的。

入り口の木製鳥居をくぐり10歩ほど進むと、正面には神社によくある社殿の建物はない。
代わりに屋根のある覆いのなかにはかなり古い木が植えられていた、というかまつられていた。
すでに枯れてしまっているようだが、神社を象徴するご神体的なものとして納められているのだろう。

由緒によれば、十之森にはかつて春日神社が鎮座していたが大正八年に殖栗神社に合祀。
昭和十八年ころ再び元の十之森に遷座された。
時が流れて中和幹線道路開通に際し、道路が十之森を横断することから現在のご神木をまつる場所となったそうだ。

由緒を読むと十之森というのは社名ではなく純粋に森の名前で、そこにまつられていたのは春日神社ということになる。
殖栗神社とはどういう関係なのだろう。

写真は奈良県桜井市。

171215殖栗神社十之森1

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・桑内神社二座

171215桑内神社二座1

三輪山の麓から桜井駅方面へ。
大手スーパーやお店が立ち並ぶロードサイドの風景は走っていてあまり面白くない。
そこで遠回りになるけど一本なかの道に入ることにした。

建ち並ぶ古民家の屋根にはうだつが上がっていた。
旧街道のような風情だけど交通量は思った以上に多いので、さらに適当な路地に入った。

しばらく走ると木々が生い茂る一角が目についた。
近づくと神社らしい瑞垣と標柱に鳥居。
桑内神社と考えられている論社、大神神社だ。

住宅地にある神社でこぢんまりとした境内。
入り口の鳥居から扉の開いた拝殿まで24歩。

紅白の布が垂れ下がる拝殿のなかに入ると、太鼓がデンと置かれ「どうぞ叩いてください」といわんばかりに近くにはバチもあった。
まずは参拝。
境内には由緒などが見当たらず桑内神社について詳しいことは分からなかった。

「三輪大明神、春日大明神、蔵王権現」

本殿手前には祭神名が書かれた扁額が掛けられていた。
前者二柱を見ると改めて奈良に来ているんだなということを実感する。

写真は奈良県桜井市。

171215桑内神社二座4

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・玉列神社

171215玉烈神社4

桜井市内の神社を回りながら、数年前に明日香村を歩いたときのことを思い出した。

青春18きっぷを使って奈良を訪れたものの行き先である飛鳥までは近鉄線じゃないといけない。
そこで桜井駅で近鉄に乗り換え飛鳥に着いたのはいいが突然の雨。
傘をさしながら飛鳥の遺跡群を歩いたり博物館を見学した。
そして再び桜井駅に戻り、駅近くのスーパーで買ったお弁当をベンチで食べた、なんてことのない旅の記憶。

三重でも滋賀でも同じだけど、古社巡礼で訪れる場所って以前に来ていたりするので、ペダルを漕ぎながら当時のことを思い出すことが多い。

玉列神社は三輪山の南麓に鎮座。
由緒によれば祭神は三輪山にまつられた大物主命の御子神である玉列王子神。

神社の入り口近くにFATBIKEをとめて鳥居をくぐる。
石段を上がって拝殿までは105歩、まずは参拝。
社殿の屋根に張られた金箔が日差しに反射してキラキラ光っている。

拝殿脇のベンチに腰掛けると立ち並ぶ家々の向こう側に近鉄線やバイバスを走る車が眺められた。
遠く離れているから電車も車もとても小さく見える。
三輪山の神さまはいつもこうして世間の俗事を眺めていらっしゃるのかもしれない。

いつか三輪山に登ろう、そう思った。

写真は奈良県桜井市。

171215玉烈神社2

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・忍坂山口坐神社

171215忍坂坐山口神社1

忍坂山口坐神社は珍しい形態の神社である。

「式内社調査報告」で事前に調べたところ祭神は大山祇神。
しかしそう決まったのは昭和五年のことで、それまでは「天一神」といっていた。
さらに境内には拝殿のみで本殿の設備はないという。

先に訪れた忍坂坐生根神社から旧道のような道を下り川を渡ると社叢林が見えてきた。
入り口を探しペダルを漕ぐと突き当たりの壁に神社への案内が張られていた。

入り口といっても鳥居はなく、代わりに桜井市指定文化財でもあるクスノキが鎮座していた。
根元にできたコブがゴツゴツして迫力あるが、そこから小さなヒコバエが出ており樹勢はよさそうだ。

クスノキに見とれてしまったが、奥の鳥居をくぐり拝殿にて参拝。
裏手に回るも本殿がありそうな場所に建物はなく50センチほどの石が置かれているのみだ。
どこかにご神体があるはずだが、この石だろうか。
大神神社や忍坂坐生根神社のように山をご神体とするにしても境内は山の麓にあるわけではない。

ここでまた「式内社調査報告」を参考にすると、拝殿の向きは地理上では三輪山の方向を向いているそうだ。
森を出ると正面に三輪山が眺められるので、三輪山がご神体といっても違和感は感じられない。
不思議な神社だ。

写真は奈良県桜井市。

171215忍坂坐山口神社3

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・忍坂坐生根神社

171215忍坂坐生根神社1

本殿を持たず山そのものがご神体の神社。
そういわれて思い浮かぶのは桜井市の大神神社だけど、同様の神社が忍坂にもあると「式内社調査報告」に出ていたので楽しみにしていた。

三輪山を左手に見ながらペダルを漕ぎ忍坂に入った。
交通量の多い道から街道のような狭い道に入ると古い造りの民家が建ち並んでいた。
忍坂坐生根神社が鎮座する忍坂山はきれいな円錐形をしており、遠くからでもその姿がよく分かる。

道路よりも一段高くなっている場所の山側に注連縄が張られているのを発見。
そこは広場になっていて公民館や児童公園も併設されている。
道路から広場へ上がる細い階段上には三本の縄が吊るされており、そのまま正面に進み石段を上がると小さな拝殿の建物があった。
まずは参拝。

祭神は少彦名命と天津彦根命。
由緒には宮山自体をご神体とし拝殿北側に神が鎮座する「石神」と称する自然石数十個を並べた「磐座」があると書かれていたが、それがどこにあるのかよく分からなかった。

それよりも拝殿の横に立てかけられた木札の言葉が衝撃的だった。

「いい加減にしなさい。神さまも私たちも知っている」

賽銭ドロに対する怒りの言葉だ。

写真は奈良県桜井市。

171215忍坂坐生根神社5

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・宗像神社

171215宗像神社1

昨年八月、九州であった義理の妹の結婚式の帰り道。
新幹線博多駅改札内にある本屋をのぞくと、目立つ場所に「海の民宗像」という本が置かれていた。
福岡の出版社が出している漫画で、宗像族の活躍を描いたものだった。
宗像といえば『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』が世界遺産に登録されたばかりである。
早速購入して、九州の酒の肴に読みながら名古屋までの帰路についた。

ところ変わって奈良県桜井市。
鳥美山北側の山麓に鎮座する宗像神社。
宗像氏って九州北部に勢力を伸ばした豪族のはず。
なぜ海のない奈良のしかも山の麓に神社があるのだろう。

入り口脇にFATBIKEをとめて鳥居をくぐり拝殿までは65歩。
まずは参拝。

拝殿と奥にまつられた本殿三社はピカピカで最近建てかえられたような新しさが感じられた。
本殿は宗像三女神にちなんで三社なのだろう。

由緒書を読むと当社を筑前国の本社から勧請したのは高市皇子と書かれている。
そこで思い出したのが博多で買った漫画の内容だ。

高市皇子とは宗像族の首長、胸形徳善の娘である尼子娘と大海人皇子との間にできた子どもである。
彼が母方の氏神である宗像神社を勧請したからこうして奈良にあるのだ。
なるほど...

写真は奈良県桜井市。

171215宗像神社2

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・等彌神社

171215等彌神社1

杜あるところに酒があり、酒あるところに杜がある。

「桜井市 酒蔵」
大和国城上郡の神社を巡ったその日、行きの近鉄電車のなかでそう検索していた。

以前、同市の大神神社を参拝したとき、「三諸杉」で有名な今西酒造を訪ねてお土産に一升瓶を購入した。
ちなみに「三諸杉」は名古屋でも買うことができるからできれば違う銘柄がいい。

検索結果には駅南側に西内酒造という小さな蔵があると出てきた。
場所も若櫻神社の次に予定している等彌神社に向かう途中にあるから好都合だ。

スマホで地図を見ながら西内酒造へ到着、このところハマっている濁り酒を購入した。
ネット情報によれば相当おいしいというから帰ってからの楽しみにサドルバックに詰め込んだ。

西内酒造から等彌神社へは坂道を下ってすぐだった。
入り口の鳥居をくぐり奥へと参道を歩く。
本殿の位置が分からず神主さんに場所を尋ね左手奥に向かうと立派な拝殿がある上津尾社に出た。
そこまで240歩、まずは参拝。

境内に鳥見山への登山口があるように当社は山の麓に鎮座、社名は山の名前と同じ「とみ」と読む。
先日に畝傍山のように登ろうか迷ったけど往復二キロの文字にたじろぎ「お酒も買えたし、まっいいか」とやめておいた。

結局酒を優先してしまうわが古社巡礼...

写真は奈良県桜井市。

171215等彌神社3

【FATBIKE古社巡礼!】大和國城上郡・若櫻神社

171215若櫻神社1

大阪上本町行急行の車窓からはなだらかな三輪山が眺められた。
初秋に大神神社を訪れたときほぼ全体が緑だった三輪山は、十二月になり半分くらいが赤や茶色に紅葉していた。

桜井駅で下車して駅前でFATBIKEを組み立てた。
駅前の道を南に下りすぐ右手に若櫻神社の社叢が見えてきた。
駅から五分とかからない。

入り口の鳥居をくぐりゆるい石段を上がって境内へ。
木々の隙間から差し込む朝日が広前を照らす。
時間はまだ午前九時を回っていない。
三時半起き五時出発が奏功して出会う朝の景色だ。

入り口から拝殿までは85歩、まずは参拝。
平屋の住居のような拝殿の奥に本殿が建つが、生い茂る木々にはばまれ外からなかの様子をうかがい知ることはできない。

朝の通勤時間帯。
神社前の道路は車の通行量が多いものの高台にある境内にはその音も届かず、木々に遊ぶ鳥たちのさえずりが耳に心地よい。

由緒によれば本殿は東殿と西殿が鎮座。
東殿には伊波俄加利命、西殿には大彦命がそれぞれまつられている。

また入り口の鳥居近くの小さな井戸があった。
桜井市の地名の由来になった「桜の井戸」を復元したものだという。

写真は奈良県桜井市。

171215若櫻神社4

【FATBIKE古社巡礼!】大和國高市郡・高市御縣神社

171122高市御縣神社1

数年前、建国記念日の休日に近鉄に乗って橿原神宮を訪れたことがあった。
とくに考えがあってのことではなく、普段行けない遠いところに行きたいと思ったからだ。

急行と普通電車を乗り継いで橿原神宮前駅に降り立つと雪が降っていた。
歩いて神宮へ。
不思議なことに神社周辺は警察による物々しい警備が敷かれていた。
参拝を終えて境内を出るとなぜか右翼の街宣車が集結、周辺には大音量の軍歌が響いていた。

降り積もった雪のなかを今井町まで歩いた。
古い町並みが残る環濠集落だ。

「今日みたいな雪景色を見られるなんてなかなかあることではありませんよ」

今井まちなみ交流センターで職員さんからそういわれた。

高市御縣神社は説明を受けたセンターのすぐ南側に鎮座。
境内は隣接する国際交流センターの建物に隠れるように存在しておりとても小さい。
しかしここも立派な式内社で、国家の大事には特別に奉幣の対象となった名神大社でもある。

鳥居をくぐり正面の拝殿まで12歩、まずは参拝。
境内でメモをとっているとかくれんぼをしている子どもたちが神社に逃げ込んできた。

少し離れた場所から神社を眺めると、小さいと思っていた境内の社叢はボリュームがありこんもりとしていた。

写真は奈良県橿原市。

171122高市御縣神社3
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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