名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

隠岐国

【FATBIKE古社巡礼!】隠岐国の旅、最終日。

岡山駅から新幹線に乗り換えた。
目的地は名古屋。
ここに来てようやく帰宅を実感した。

松江暮らしのため名古屋を発った五月七日以来の帰宅である。
本来なら松江で借りていたマンションの契約期間満了とともに帰宅する予定でいたが、隠岐の島行きを決行したので旅が四日間延長された。
松江よりも遠い隠岐の島。
昨晩は隠岐の島最後の晩でもあり「プチ移住」を含めた一連の旅の最後の晩でもある。

西ノ島の民宿「味好」
お母さんが腕を振るうご飯は最高にうまい。
地の魚を手間暇かけた家庭料理でもてなしてくれるとネット上で好評の宿である。
アジのたたき、魚のすり身の天ぷら、肉の炒め物、もずく、昆布の和え物...と品数も多ければ量も多い。
もちろんご飯と味噌汁もつくのだが、ご飯はこっそりお替わりをした。

さて、昨晩は夕食を松江在住の薬品会社の営業氏とご一緒した。
「味好」歴の長い営業氏は隠岐の島を営業で回りながら「ここ以外でこれだけの食事できるところないよ」と大絶賛。

さてその営業氏、僕が松江にひと月滞在していたことを話すと、大変びっくりしていたが、僕のことよりもむしろ我が妻について「ひと月もの間、旦那を旅させるなんてとてもできた奥さんだ」と感心することしきり。
ちなみに営業氏は僕が松江に滞在中に開催されたホーランエンヤで某地区の櫂方を務めたそうだ。
グラスになみなみと注いだ焼酎をグビグビ飲みながら豪胆に話す。
それを宿のお母さんは嬉しそうに、うんうんと自分の息子の話を聞くようにうなずいている。
僕も横で話を聞いたり、ときに自分のことを話す。
宿に泊まっているんだけど、なんだか実家の居間にいるみたい。
隠岐の島は縁もゆかりもない場所だけど、まるで親戚の家にでも遊びに来ている感覚である。
しかも宿のお母さんからは「Iターンに来なさいよ、仕事もあるし空き家もあるからさ」と真顔で口説かれてしまった。

松江のひと月に比べると隠岐の島は島前・島後ともに二日ずつと滞在日数は断然短い。
神社巡りだけのためにやって来た隠岐の島だけど、ペダルを漕ぎながらその豊かな自然が自ずと視界に入り、そのエキスが体内に注入され疲れた肉体がほぐされていく。
二ヶ月前、休職したころの僕の体はあちこちに原因不明の痛みが暗躍していた。
それが、松江で調子が整い、隠岐の島で回復したといっていい。

今朝、フェリーターミナルに向かう前に隠岐の島と最後の別れをと思い、宿のお母さんに教えてもらった島根鼻キャンプ場を訪れた。
視界の先には大海原と停泊する海上保安庁の巡視船。
ここでコーヒーを淹れることにした。
アルコールストーブでお湯を沸かし、コップにドリップパックをセット。
沸いたお湯をゆっくり注いで完成したコーヒーのコップを大海原に向けて高らかに挙げた。
お酒じゃないのが残念だけど、朝だからコーヒーで十分。

さよなら隠岐の島、さよなら島根!

【FATBIKE古社巡礼!】隠岐国の旅、3日目。

隠岐の島では式内社を巡りながら海辺の道を走ることがある。
島だから当たり前のことなんだが。

走っていて海水浴場ほどではないけど小さな砂浜があれば、気が向くとFATBIKEを置いて浜に降りることがある。
その場にしゃがみこむと、打ち寄せる波に洗われながら石にしがみつく小さな巻き貝を発見。
よく観察すると細かく動いているが、指先でつまむとさっと貝殻のなかに隠れてしまう。
なかなかかわいい奴だ。

見渡すと石という石の上には同じような貝がたくさんくっついている。
この名も知らぬ貝以外に生き物といえば...フナムシくらいか。

波打ち際の生き物探しに没頭して無垢な少年時代に戻ったのも束の間、視線を移すと波打ち際には案外ゴミが多いことに気づいた。
打ち上げられたものだ。
ペットボトルや缶といった小さなモノから船舶用の浮き、一斗缶、形の崩れた発泡スチロールといった大型のモノまで様々だ。

ペットボトルの出身地を見ていくと、韓国のものが圧倒的に多く、次に中国(大陸)、珍しいものとしてベトナム(であろう)のペットボトルも見つけた。
波に乗ってぷかぷかとたどり着いたのだろう。

二十年近く前、韓国で暮らしていたときに鬱陵島を旅したことがあった。
偶然、岸壁近くに座っていたら緑色の扁平なプラ瓶が目の前を漂ってきた。
むむっ、どこかで見たことある形、近づいてきたとき思わず声が出た。
「あっ、ママレモンだ」

国境を越える海流。
政治とか国民感情とか関係ない、純粋な自然現象である。

転じて、隠岐の島には海流に乗ってやって来たひとたちが多かったんだと思う。
そこで島を開拓した人々を束ねる人物が神となり、神社の名前としてその名を刻まれたのでないかと思った。
隠岐の島には明らかに神名を冠した式内社が十五社中十社。
ざっと挙げると、

由良比女神社(知夫郡)
比奈麻治比賣神社(知夫郡)
眞気命神社(知夫郡)
天佐志比古命神社(知夫郡)
奈伎良比賣神社(海部郡)
宇受賀命神社(海部郡)
玉若酢命神社(周吉郡)
和気能須命神社(周吉郡)
水若酢命神社(穏地郡)
伊勢命神社(穏地郡)
これだけある。
見事に神名。

どういういきさつでこういった神さまが多いのだろうか。
考えられるのは海の存在。

隠岐の島で海を目にしない場所はない。
同時に韓国ほか外国からの漂流物が多いことと関係ないようで、じつは大いに関係あるんじゃないか。
そう思う、隠岐の島の旅。

【FATBIKE古社巡礼!】隠岐国の旅、2日目。

隠岐の島は大きく「島前」(どうぜん)と「島後」(どうご)の二つに分かれる。
今回の旅ではまず、境港から「島後」の隠岐の島町に渡った。

僕が古社巡りのテキストにしている「式内社調査報告」によれば隠岐国全体の式内社数は十五社。
島前に八社、島後に七社でそのうち名神大社は島前二社、島後二社の計四社。
名神大社だけで比較すれば、杵築大社(出雲大社)と熊野大社の二社しかない出雲国よりも多いことになる。

坂道に悩まされながら一日で予定通り島後の式内社を回り終えたから、今日からは島前へ。
今朝八時台の隠岐汽船のフェリーで島後・西郷港から島前の海士町に向かった。

島前の式内社は八社、ただ島後と違い海士町、西ノ島町、知夫村の三カ島に分かれているため、島の行き来ができるかが悩みの種だった。
しかし松江の観光協会で手にした隠岐の島のパンフレットで、島前三カ島を結ぶ航路が一日八便出ていることを知った。
一回三百円と安いし、利用客が少なければ自転車ごと乗せられるそうだから、メリットは大きい。
これを利用すればなんとか隠岐国も順調に回れそうだ。
早速、海士町の式内社を訪問後、同町菱浦港から島前内航船で西ノ島町へ。

順序が何だか変だが、隠岐国の旅は「島後の前半」から「島前の後半」戦へと突入した。

【FATBIKE古社巡礼!】隠岐国の旅、1日目。

隠岐の島に来ている。

名古屋からではなかなか来れない場所なので、出雲国の式内社を巡ったついでに隠岐の島にも渡れないか、名古屋にいると行きから密かに計画をたてていた。

初めての隠岐の島。
しかしおいそれとは島に渡らせてはくれなかった。
昨日のブログに書いたように、松江から乗る予定だった山陰線に大幅な遅延が発生。
米子から乗った境線はあろうことか踏切事故のためいつ動くか分からないといわれた。
そのため境線弓ヶ浜駅でFATBIKEを組み立て一路、境港へ。
乗船券販売の職員に「え〜自転車ですか?」と、乗船間際にそんなこというなよ的な言い方をされたが、どうにか輪行状態なら大丈夫とお墨付きをいただいた。

境港からフェリーで四時間、隠岐の島島後の西郷港に到着。
西郷港では雨がしっかり降っていた。
幸い宿はターミナルからそれほど遠くない。
漁師風のご主人はとても優しい方で、自転車が雨に濡れないように配慮して下さっただけでなく、夕食を持参していない僕を車でスーパーまで連れて行ってくれた。
トラブル続きだったけど、なんとかやって来た隠岐の島。

早速今朝、早朝から回りたいところだが、窓の外にはしっかりと雨が降っている。
天気予報によれば隠岐地方は雨のち晴れの予報。
その予報通り七時に外に出てみるとなんとなく空は明るくなってきて、雨もほぼ止んでいるといっていい状態だった。

島後の隠岐の島町には周吉・穏地の二郡があり、神社数は七社。
式内社が近接している都市部だと楽勝な数だが、ここは隠岐の島である。
実際、走ってみるとアップダウンが多い。
これが本土なら単なる苦痛だろうが、何度もいうようにここは隠岐の島である。
両サイドが森のように木々が繁茂する道路を抜けた先は湾口で、コバルトブルーの海が広がるのだ。

しんどい半面、海に救われた島後の式内社。

しかも今日だけでも大きな神社を意味する名神大社は二社。
一日で出雲国を越えてしまったのだ。

隠岐の島に名神大社が多いこと、明らかに神(人)名を冠した神社が多く島後には社名に「酢」の文字が入った神社があることが謎である。
しかも神社の境内には古墳があり古社巡礼ファンとしては興味が尽きない。

明日は島前。
今日一日張り切ったので明日はのんびりとフェリーターミナルに向かおうと思う。
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ブログについて
FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
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管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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