名古屋発! 町の神さま考

FATBIKEで巡る古社巡礼の旅...

プチ移住

【FATBIKE古社巡礼!】出雲國意宇郡・同社坐大穴持神社、同社坐大穴持御子神社。

松江の次はどこにしよう。
一度味わった「プチ移住」の味がなかなか忘れられない。
ひと月とはいかなくとも数週間、いや十日でも一週間でもいい。
やりたいのはただひとつ、移住先である「国」の式内社を回ることである。

でも僕が松江でひと月過ごすことができたのは妻のおかげだから、次は妻の番。
すでに四国・高松に行きたいとの希望が出ている。
「瀬戸内国際芸術祭」が開催される時期に合わせられるよう、現在計画をたてているところだが、僕もそこに便乗できないかとたくらんでいる。

讃岐国の式内社は二十四座。
そのうち同じ神社の伝承をもつ論社もいくつかあるから、三十社くらいとみておけば一週間から十日の「プチ移住」で何とか回ることができそうな気がする。

たとえ古社巡礼が計画通りに進まないとしても「プチ移住」を何度も繰り返すことで、『「プチ移住」の達人』になることだって夢ではない。
全国を暮らすように旅をする(実際には神社ばかり回る)おじさんとおばさん。
そんな人生もすてきなことではないか。

話を出雲国の式内社に戻すと、「出雲四大神」のひとつ野城神社。
延喜式には野城神社の次に同社と関係する二つの神社が列挙されている。

「同社坐大穴持神社」
「同社坐大穴持御子神社」

境内を歩きまわったけどその二社をまつっている末社は見当たらない。
由緒によれば祭神には「配祀神」として大己貴命と事代主命の二柱をまつっている。
そのうち前者を「同社坐大穴持神社」、後者を「同社坐大穴持御子神社」とするようだ。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、26日目。

部屋の窓を開けたついでにいつも締め切っているレースのカーテンをフルオープンにした。
やや湿り気を含んだ風が部屋に入ってくる。
窓辺に立つと視界の奥に横たわる宍道湖。
松江にやってきたばかりのころは物珍しい風景だったけど、いつの間にか見慣れたものに変わっていった。

昨日、回る予定だった出雲国の式内社を回り終えたので、今日から当分はお休み。
ちょうど名古屋から妻が松江にやって来る。
これまでは一日に数社の神社を訪ねることを中心にやってきたけど、この数日間はようやく観光らしい観光ができるのではと期待している。
早速、明日は一畑電車に乗って出雲大社へ行く予定だ。

一畑電車といえばこの間、自転車ごと電車に乗り込み沿線各地に出かけた。
人間だけで乗るのは感謝祭のとき以来。
常にFATBIKEと一緒だったから。

そのFATBIKEにも当分乗らない。
人間同様、自転車にも休憩してもらわないと、ということで、フレームやタイヤ回りを拭いたり、減っていたタイヤの空気を入れてやった。
古社巡りの最中は毎日事故もなく逗留先を行き来してくれたFATBIKE。
当分ゆっくり休んでほしいと思う。
また数日後には大役が控えているから。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、25日目。

出雲国大原郡の御代(みしろ)神社。
またの名を尾留大明神という。

社名の意味するところは記紀神話でよく知られた素戔嗚尊による八岐大蛇退治のお話。
大蛇は尊により仕留められ尾っぽは三代(みしろ)の地に留め置かれた。
社名の尾留とはここから来ていて、御代神社の社名は尾を留め置いた三代から来ているという。

尊が大蛇の尻尾に剣で切りつけると持っていた剣が折れてしまい、なかから違った剣が出てきた。
尾から出てきた剣とは天叢雲剣である。

先の五月一日、先代の天皇退位とともに新天皇が即位した。
その際に継承されたのが玉、鏡、剣のいわゆる三種の神器である。
天叢雲剣とはそのうちのひとつで、熱田神宮のご神体といわれている。

本日の古社巡礼は出雲国の最終日。
木次線木次駅で下車、河辺神社から始まり斐伊川沿いの神社を巡った。
不思議なことに祭神に素戔嗚尊をまつる神社が多く、土地柄、八岐大蛇退治にまつわる説話が残されていた。
先に挙げた御代神社が尾なら、近くの八口神社は八岐大蛇の八つの頭を切り伏した故事にちなむ。

さて、名古屋から出雲国の古社巡礼にやってきて以来、143社の神社を巡った。
最終日の今日、不思議なことに出雲と名古屋がこれほど近いと思った日はなかった。
大蛇の尾を留め置いた三代の地に鎮座する御代神社は天叢雲剣発祥の地でもあった。

しかしどういう経緯で出雲で得られた剣が尾張に届いたのか。
銅鐸が多数出土した加茂岩倉遺跡と同じく銅剣が多数出土した荒神谷遺跡が近いけど、それとは関係があるのかないのか。
さらに熱田神宮から遠くない距離にある僕のふるさと、中根銅鐸が出土したこととは関係はないのか。

御代神社境内に座っていろいろと想像してみた。
知らないだけで、出雲と尾張にはただならぬ太くて大きな縁があるんじゃないか。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、24日目。

出雲国の神社巡りは僕が松江にやって来た翌日の五月八日から始まった。
逗留先のマンション近くから徐々に距離を広げていき、「延喜式」掲載の意宇郡、嶋根郡、楯縫郡、秋鹿郡、出雲郡、神門郡、仁多郡、能義郡に所在する神社を訪れてきた。
明日、飯石郡と大原郡に残る神社を巡れば、僕がテキストにした「式内社調査報告」に挙げられている神社(旧社地以外)を訪れたことになる。

これまで何度も繰り返している通り、「延喜式」における出雲国の神社数は大和国、伊勢国に次いで多い。
かつて伊勢国の神社を三年近くかけて回った経験から、出雲国はそれよりも少ないし、松江を拠点に毎日回ることができれば、二週間くらいで終わるのではないかと甘くみていた。
自転車で走ってみて実感したのは、出雲国は山だらけで、神社を訪れるには毎日必ず峠を越え、山によっては麓の登り口に自転車を置き、自分の足で登らなくてはならないこともある。

毎日毎日しんどい思いの連続。
でも、頂上の景色に登山途中の苦労を忘れてしまうように、明日が最後だと思うと、岬や山の頂上など様々な場所を訪ねた苦労は、時間をへて楽しい記憶に転化していった。

朝から晩まで自転車に乗る、しかも連続でというのは大学時代の合宿以降なかった。
それを四十五歳になってやったわけだから相当しんどかったけと不思議と慣れてまうものである。
体が慣れたころに終わるのはなんだかもったいない。
とりあえず明日で「プチ移住」、出雲国の式内社巡りはその目的を果たすことになる予定だ。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、23日目。

僕が松江にやって来てから雨が降ったのはたった三回。
それも午前中にぱらっと降ったっきり、午後にはやんで晴れてきたから丸一日雨という日はないのだ。

松江出身の知人にプチ移住のことを話すと、出雲地方は雲が多いけどこの時期は天気がいいから、といわれて安心していた。
むしろ雨が続いてまともに神社を巡れなかったらどうしようと思っていた。

「出雲国風土記」には出雲という地名の由来について、八束水臣津野命が「八雲立つ」といったから「八雲立つ出雲」になったと書かれている。
これは僕の想像だけど、「八雲」というのは雲が多いということではないだろうか。
雲が多い、だから出雲。
雲が出やすく雨が降りやすいのが出雲。
そう考えたらいまの出雲は本来の出雲ではないのかもしれない。
雨がまったく降らないのだ。

今日は始発のJRに乗って安来駅へ。
安来から伯太町にかけての古社巡礼で、久米神社が鎮座する比婆山に登り、安来では和鋼博物館も見物した。
登山は往復一時間ほどで終わったものの、神社と神社の間は自転車に乗っている。
伯太川の涼しそうな流れを見ながらペダルを漕ぐ僕の額には汗がにじむ。

田面神社の場所を近くの畑で作業しているおばさんに尋ねた。
話好きなおばさんから神社までの行き方だけでなく、近隣の神社の祭礼や最近の天気まで話が及んだ。
やはり水不足は深刻らしく、農業用水があるとはいえ雨が降らないことをかなり心配されていた。

明日の天気も数日前までは雨の予報が出ていたので、あわよくばお休みにできるかなと思っていたが、現時点での予報は曇りのち晴れに変わっていた。
また雨が降らなそうだ。

一体、いつになったらまともな雨が降るのだろう。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、22日目。

古社巡礼の最中、たびたび地元のひとと話をすることがある。

まずタイヤが太い自転車の話題から入り、それから「どっから来た?」と出身地を尋ねられるのがお決まりのパターンだ。

「愛知県からです」

そう答えるようにしているのは数年前、東北を旅したとき、「名古屋からです」といっても「えっ?」といわれたことが何回か続いたことがきっかけである。
東北、そのときは岩手だったけど、名古屋よりも愛知県から来たといった方が分かってもらえる可能性が高かった。
県営名古屋空港から直通の飛行機が飛んでいるとはいえ東北から見ればまずは東京で、名古屋はどうしてもその陰に隠れてしまうのだろう。

そんなことで今回もあえて「愛知県からです」と答えるようにしていた。
でも意外と名古屋で通じることもあった。
十六島近く、「北の宮」とわれる許豆神社で神社の総代さんか地区長さんのようなおじいさんと話をしたときのこと。

最初はお約束のように自転車の話だったけど、次にどこから来たという話になった。
すかさず、「愛知県からです」と答えると「ということは、名古屋かね」といわれた。
「そうです、名古屋からです」

そのおじいさん、年のころは七十代後半から八十代。
じつは娘さんが愛知県高浜市に、甥っ子さんが豊田に住んでいることから、愛知県とは縁があるといっていた。

「また行かれるんですか?」との問いに、「都会はあわんけん。でも飛行機ならあっという間やけ、動けるうちに一度行きたいわな」

電車では行きにくい島根・名古屋間だけど、飛行機を使えばあっという間だ。
遠い遠いと思っているのは自分の先入観かもしれない。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、20日目。

松江駅前でFATBIKEを輪行バッグに詰め込んだ。
今日の行き先は雲南市木次町。

松江から乗った出雲市行きの電車を宍道駅で木次線に乗り換える。
つい数日前、体調不良の状態で乗ったあの電車である。

宍道駅で乗り込んだ電車はあっという間に通学の高校生たちでいっぱいになった。
見たところ二校の学校の生徒が乗ってきた。
制服に「D」マークのある学校、そして「M」マークのある学校。

電車が出発した。
輪行バッグを持っているので電車の最後部に立って周りの様子をうかがう。
男女ともに友達と話すよりも皆スマホに熱中しているのが、いまどきの高校生らしい。

僕の近くにもDとMの二校がいたけど、出雲大東駅でDのグループがすべて降りていった。

「これってマウンテンバイクですか、、クロスですか?」

近くにいたMの男の子が声をかけてきた。

「これね、マウンテンバイクのようだけどちょっと違うんだよ」

そう答えてスマホの写真を見せてあげた。

出雲大東駅まではDグループが多数を占めていた僕の近辺。
彼らが降りたのを見計らって声をかけてきてくれたみたいだ。

宍道駅から彼の目線が輪行バックに注がれるのをなんとなく感じていた。

「僕はロードに乗っています。昨日も走りに行ってきました」

真面目そうな彼に島根のおすすめルートを尋ねると、「日御碕がいいですね。それと三瓶山に「三瓶バーガー』食べに行ったんです。おいしかったからおすすめです」

じつは三瓶山、古社巡礼のコースでもあった。
しかし隣の石見国の神社なので、とりあえず出雲国を優先させるべく却下。

見るからに満を持して、声をかけてくれたようだ。
とても緊張しているのをこちらも見て取れた。
せっかくの機会なので輪行バッグのチャックを下げてFATBIKEの実物タイヤを見せてあげると「これバイクみたいですね」と笑顔になった。

自分の高校時代、雑誌を見よう見まねで真似してたことがあるし、まだ黎明期であったために、周りにマウンテンバイクに乗っている大人がいなかった。
だから生の情報を得ることはできなかった。

今朝のあの学生、親くらいのおじさんから何か影響を受けるところはあったのだろうか。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、19日目。

今日の松江は僕の知る限り最高気温は31度以上。
出雲市内から松江に戻る途中、道路端の温度計がそう示していたから、通りで暑いはずだった。

僕が松江にやって来た五月七日以降、雨が降ったのは二日だけ。
毎日天気がよいのはありがたい半面、農家のひとたちにとっては恵みの雨が少ないのが作物の生育状況に関わってくるので気が気でないと思われる。
幸い、明日月曜日の晩から火曜日にかけては雨の予報なので恵みの雨になるはずだ。

さて、今朝は今回の古社巡礼で最大イベントになる出雲大社に参拝した。
午前六時十九分発の一畑電車にFATBIKEごと乗り込み、出雲大社に到着したのは七時半。
朝早くとはいえ参拝客は思った以上に多い。
朝の静かな雰囲気のなか耳慣れない四拍手が境内の所々に響き渡る。

予定通り、大社、命主社、三歳神、日御碕神社、来阪神社の順で参拝。
その時点で時計は午後十二時半ころ。
ならばと思い、一気に松江まで走ることにした。
そう今日は十年に一度の「ホーランエンヤ」の還御祭。

十八日、二十二日ともに見逃しているので、今日こそはと急いで松江に戻ってきた。
自走である。

大橋川に向かうと橋や堤防から船の写真を撮るために陣取ったひとたちが多く、あとから来た僕が入る隙間はない。
スマホを取り出して数枚撮ってみるが櫂伝馬船の周囲にひとが映り込んでしまう。
周囲のひとの姿を入れないようスマホ画面を指で拡大したら、ようやくまともな一枚をものすることができた。

松江到着翌日から地元の新聞で関連する特集を目にし、また櫂伝馬船を出す五大地近くを古社巡礼の際に実際通っているので、ひと目でもホーランエンヤを見たいと思っていた。

松江滞在の日程終了が迫りつつあるなか、古社巡礼のペースを上げていかなくてはいけない。
ラストスパートの時期が来た。
だから大橋川に浮かぶ櫂伝馬船をひと目見られて、なんだかほっとした気分だ。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、18日目。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、17日目。
自転車の旅って人生そのものだと思う。
登りもあれば下りもある。
そしてその先に快楽がある。
その快楽とは、温泉。

と、ここまで書いたら疲れて寝てしまった。
というより、ひどい酔いが体全体に回ってしまったので、どうしようもなく書くのをやめざるを得なかった。
しかもキャンプ場のテントのなかで。

昨日は初めて、古社巡礼のなかにキャンプ泊を取り入れてみた。
四年間で初めてのことだ。
予約しておいたのは奥出雲・玉峰山の中腹にある「玉峰山森林公園キャンプ場」
ちょうど当日最後に訪れた伊賀多気神社からは一時間以内で到着できるところなので場所的には悪くない。
その前に激坂の登りというおまけがついていたが。

キャンプ場へ行く前に玉峰山荘で温泉に入浴。
前日のブログに書いた快楽、すなわち温泉である。
途中、道路端の温度計は三〇度を示していた。
乾燥していたとはいっても登り坂の多い一日だったから、まさに一日の走りを締めくくる温泉は汗をすべて洗い流してくれた。
本当にありがたい。
これまで温泉にありがたみを感じることは皆無で、わざわざ行こうなんて思うことすらなかった。
それが松江に来て変わったのだ。

浴後は近くの酒蔵で買っておいた原酒を楽しみにキャンプ場へ。
設営を終えたところ、神戸からバイクで来たという先客と一杯やることになった。
そのお兄さんなかなかの好人物で、関西人らしい軽妙な語り口を聞きながらあれよあれよという間に杯が進み酒瓶一本が空。
それからやめればいいのに、お兄さんが大好きな芋焼酎をあおったもんだから、疲れた体にそれを受け止められる余裕はなく、完全にノックアウト。
ブログどころではなかった。

そのせいか今朝はとてつもなく体がだるく、神社巡りどころか自走で松江に戻ることも無理と判断。
しかも飲み物は飲んだそばから吐き出してしまうような最悪のコンディションときてる。

幸い、キャンプ場から二十分ほどの距離にJR木次線亀嵩駅があった。
次の電車は一時間半後。
輪行をセットして駅前のベンチでひと眠り。
そうこうするうちに電車がやってきて昼前には松江のマンションに到着することができた。

ちなみに昨日飲んだ原酒、アルコール度数が十九度もあった。
走り終わった達成感で酒を飲むのは楽しい。
でもさすがに激坂が連続した昨日には原酒は強過ぎた。
今後の教訓。
走ったあとの酒は加水してあるソフトなものにしておこう。
失敗からひとつ学ぶことができた。

【FATBIKE古社巡礼!】出雲国「プチ移住」日記、16日目。

毎日、神社を回っていると、少しずつだけど終わりに近づきつつあることを感じるようになってきた。

それは今日の話。
杵築大社、つまり出雲大社に関わることである。
出雲大社ももちろん式内社、しかも出雲国唯二(もう一社は意宇郡の熊野坐神社)の名神大社でもある。
これまで式内社を訪ねている割にはなかなか(出雲大社を)意識することがなかったのに、今日、稲佐の浜をへて大社前の道路を横切り、出雲大社摂社を数社回っただけなんだけど、もうすぐ出雲大社かぁ、終わりに近づくなぁ、とやけに感傷的にな気分になった。

出雲大社を最後に行こうと考えているわけではないけど、JRでも一畑電車でも思い立てばいつでも行けそうである。
難敵が多い出雲国で少しずつ可能なところから攻めていき、ときをうかがいながら本丸を、という作戦である。

本当は松江に来てすぐにでも大国主命に「プチ移住」の報告しなくてはいけなかったんだけど。
今後はある日の予定のなかの一社として回るのではなく、出雲大社をメーンに、何か特別な回り方はできないだろうか。
僕の「プチ移住」は出雲の神社を訪ねるためのもの。
だから出雲大社の回り方にはラグジュアリー感を求めたいのだ。
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FATBIKEというタイヤの太い自転車に乗って延喜式内社を訪ねる旅に出ています。屋根神さまから式内社へ。自転車に乗って神社を訪ね、写真を撮りブログを書く、そんな楽しみに浸る毎日です!
ライブドア 天気
管理人紹介
1973年7月生まれ。以前は名古屋や愛知県の屋根神さまを探しては写真に残していたが、2015年に岡谷公二著「神社の起源と古代朝鮮」に触発されて敦賀市の式内白城神社を訪れたことから式内社に関心を持つ。現在は介護の現場で働く傍ら、各地の式内社をFATBIKEに乗って訪ねる日々を送っている。
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お知らせ
2016年8月現在、屋根神さまの残存確認は行っておらず、「市内屋根神所在地一覧」(2006年作成)に掲載されている屋根神さまのうちすでに消滅したお社もあると思われます。今のところ内容を更新する予定はありませんので、屋根神さまを訪ねる際は消滅したお社があることをご承知おきいただいた上で、「参考資料」としてご活用いただければと思います。
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