■JRに乗って、いざ、岐阜の屋根神さまを見に行く

 三連休の最終日である3月21日、かねてから屋根神さまの撮影にと考えていた岐阜市を訪れた。春の陽気を思わせる暖かな気候の中、最近の屋根神撮影で活躍している6インチの小径自転車であるHANDYBIKEを折り畳み、最寄り駅の金山からJRに乗った。岐阜までは快速を使えば20分ほどで着いてしまうが、久しぶりのJRである。ちょうど岐阜行の各駅停車がやってきた、しかも乗客はまばらなので、これに乗ることにした。

 前の晩に、岐阜の屋根神さまについて少し調べておいた。岐阜市内の観光地を扱ったホームページによると金華山の麓で長良川沿いの玉井町には昔からの町並みが残る地区があると書かれており、そこには一階のひさし屋根の上に木製の社殿をまつっている写真まで掲載されている。愛知県の尾張や三河地方の屋根神さまを自分の目で確かめたように、岐阜の屋根神さまも一度この目で確かめてみたいと思った。

 そもそもなぜ岐阜の屋根神さまの存在を知ったかといえば、それは偶然の産物である。以前、美濃や郡上に行く際にバスを利用したのだが、岐阜市内を走る車窓を眺めていたときに偶然、軒下にまつられている祠を数社発見した。そのときはすでに名古屋市内の屋根神さまの写真を買ったばかりのデジタルカメラで撮っていたので、屋根神さまが名古屋独特のものでないことを認識したきっかけが岐阜の屋根神さまだった。それ以来、美濃や高山など岐阜市以外では神さまを目にする機会が何度かあったが、岐阜市自体を屋根神さまを目的に訪れるのはこれが初めてである。

 列車内では本を読んでいたので、心なしか早く到着したようだ。改札を出て自転車を組み立てる。HANDYBIKEは組み立てるというより、寝かしてあるハンドルとシートを立ち上げるという表現がぴったりなくらい簡単に乗車態勢に戻すことができる。慣れれば時間にして30秒もかからないくらいか。普通の自転車に比べ、タイヤの径が極端に小さいことと一回こいでも進む距離が短いので乗り心地という点では到底及ばないが、携帯性(この場合、機能的である点も加えてモバイル性とでもいうべきか)はこれに勝るものなし。

 地図を見ると駅から玉井町までは長良橋方面行のバスに乗るといいが、時間もあることだしとそのまま自転車で向かう。名鉄岐阜駅(旧・新岐阜駅)前を3月末で営業終了となる岐阜市内線を横目に北に向かってペダルをこぐ。屋根神さまを見に来たのに大通りだけを走るのはどうかと道路際に立てられた地図のついた案内板に目をやると、走ってきた国道256号線と平走する形で「鮨街道」なる道を見つけた。街道というくらいだから昔からの町並みも残っているはずだ。

 大通りから街道へ。それほど多くはないが、防火壁である卯達がそびえ立つ立派な家や連司格子の似合う木造家屋が道路際に軒を連ねる光景を目にすることができた。もちろん初めての土地でするように目線は屋根の上にある。

 ここまで屋根の上に社殿を見つけることはできなかったが、長良川に上がる手前の道端に置かれた社殿を発見、秋葉神社と書かれた札がかかっている。かなり大形の覆殿の中には以前高所にまつられていたと思われる神棚が納められている。秋葉神社と書かれているものの神棚自体は三社用である。覆殿下部は備品を収める倉庫になっているようで、鍵がかかっていた。

 再び地図を見ると古い町並みが残る玉井町まではあと少し。犬の散歩をしていたおばさんに念のために聞いてみると「ここからすぐ近くだよ」と行き方を詳しく教えてくれた。言葉通りに自転車をこぐこと約3分、長良川の支流に沿うように曲がりくねった道を行くと木造の家が道の両側に見えてきた。自転車のブレーキをかけながら目線を家の屋根にゆっくり進むと、あったあった! ホームページに出ていた屋根神さまだ。社殿は四軒続く長屋のひさし屋根にまつられている。丸型屋根で祭礼日ではないので木製の扉は閉じられている。名古屋でも見られるようなオーソドックスな形態だが、神紋は見当たらない。偶然その家に住む方が家に入ろうとしていたので、まつっている神さまは何かを聞いてみると「伊奈波神社だよ」との返事が返ってきたので、えっ、と思い反射的に「一社だけなんですか」と聞き返してしまった。するとその家の人はぶ然とした表情をしたので、「いやあ、秋葉さんとかはまつられていないんですか」と尋ねると、「ここではまつっとらんよ」。

 古い町並である玉井町の屋根神さまはその一社だけだった。なんだか拍子抜けしてしまったが、時間はまだまだたっぷりある。

 岐阜に行かれた方ならご存知かも知れないが、地図を見ると町名はじつに細かい。特に岐阜駅の南側から長良川にかけては一区画一町内といった感じを受ける。これは岐阜が金華山にそびえ立つ岐阜城を中心に広がるように発展した歴史ある町、ということの証で、まさに京都のようだ。各町内に一社、神さまがまつられていたとしたら、とてつもなく膨大な数になるではないか。そんなことを思いながら自転車をこいでいると家の角に見つけた。今町の神さまも元は屋根の上にまつられていたのではないだろうか。丸型屋根の社殿を石垣の上にまつっている。向きはまつる場所の関係上、西向きになっている。

 さらに進むと、久屋町には屋根の上に神さまを発見した。時代物のコーラの看板が出ていたことから以前は商店をやっていたと思われる建物のひさし屋根の上にまつられている。一見すると箱型の社殿のように見えるものは覆殿で、そのガラス窓からは丸型社殿の屋根部分が顔をのぞかせていた。中にまつられている社殿を元の状態で補強する目的で作られたのか。しかも屋根の上に設けられた階段に手すりまで取り付けられているのは名古屋を含めはじめて目にした。

 その後、岐阜駅方面に南下を続けるが、屋根の上にまつられている神さまはほとんど見られず、その代わりに台上にまつられているものや秋葉堂といわれるお堂形式のものが見られた。そこには秋葉神社であることを示すように石柱や板に「秋葉神社」と刻み込んでいるケースが多かった。

 昼食後は柳ヶ瀬商店街から金町を通って岐阜市内線の駅がある忠節に向かった。途中、秋葉神社を数社見かけたが、コンクリートの台上にまつられているもの、鉄製のやぐら上にまつられているものなど様々だ。秋葉神社が火伏の神であることから社殿の脇に消化器が置かれていたり、また町内の神さまということから町内に住む人の名札を張り付けた看板(というのか)が数社の社殿の近くに取り付けられていた。商店街から近い高野町では塀の上にまつられた社殿下に件の看板を取り付けていた。社の隣家の人によると、今でも一年に四回ほど祭礼を行う。祭礼時には社殿の周りに町内の人々が集まり金(こがね)神社から来た宮司が祝詞を上げるとのことだ。

 その後、忠節まで行き、3月いっぱいで廃線になる市内線に乗り名鉄岐阜駅に向かい帰途についた。市内線の車窓からも何社か発見したので、岐阜市内にある神さまの数はもしかしたら名古屋よりも多いのではないかとさえ思った。ただし玉井町の神さま以外はほとんどが秋葉神社一社のみをまつっているようなので、名古屋のものと同列に比較していいものかどうかは悩むところだが、「町内」という小さな集団によって守られる地域の神さまであることには変わりない。そういう面では名古屋よりも岐阜の方が伝統を守り続けている社会なのかも知れないと思う。